第十七話 次代
おまたせしました。少しごり押し感が有ります。
それでも良ければお付き合い下さいませ。。。
一週間後、万千代一行は何事にも巻き込まれる事無く、無事に西土佐へ帰還した。
予定よりも早く帰ってきた万千代達を迎えた港の兵士は、使いの兵士を出してその事を中村御所の番兵に伝える。この一週間で中村御所の空気は途轍もなく重かった為、家臣達はこぞって万千代のいる港へ押し寄せた。千代と基親は中村御所でその知らせを聞くと二人ともホッとした様だった。だか同時に房基の事で何と言えばいいのか考える。中村御所に来るまで二人は思い浸った。
港では知らせを聞いてやってきた家臣達が喜びながら万千代達を出迎えていた。
「若!無事に帰ってこられて安心しましたぞ!」
「何やら出て行く前より若の顔が締まっておられるような気がする。本州で色々あったのだろうか?」
「それよりも某は正直殿の後ろに居る三人が気になりまする。」
「おぉ…!何と見目麗しい女子が二人もおるぞ!後の一人は男、つまり新たな家臣という訳じゃな?」
「ではあの二人は?」
「それは勿論、若が選んできた妻となる者達であろうよ。しかしなかなかどうして…。」
「二人ともお美しいのう……。」
家臣達の興味は万千代から直ぐに見た事が無い三人の姿に向いていた。
宗珊も正直も『やっぱり気になるか』と思っている。しかしやはりと言うかなんというか。
岩鶴丸と秀孝は家臣一同女と勘違いされてしまっている。清介はそんな光景を見て一人『プッ』と笑っていた。万千代は溜息を吐きながら家臣達に話しかけた。
「おい。二人とも男だぞ。」
その言葉を聞いた家臣達は『なんですとぉぉぉぉ!?』とハモり叫んだ。
「やはり若は男にしか興味が無いのでは……。」
「あぁ何という事じゃ…若は衆道に目覚めてしまったのか。よくよく考えれば基親殿の時も…。」
「というか勿体無いじゃろ。これほど美しいのに男とは…天は何をお望みか!」
「天も男好きという事じゃろうて。でなければこのような者が生まれる訳が無い。」
「寧ろ某はそれで良いで御座る!女子であったならば近づく事が出来ぬではないか!」
「「「「それもそうよな」」」」
なんなんだこの一体感と変態達は…。
そう心で呟いた万千代だったが、いつまでも此処に居るわけにはいかないと思考を切り替える。
こんな所に居ては色々邪魔だろうし、何より早く城に帰って房基に役目が果たせなかった事を伝えなくてはいけないと思い、岩鶴丸たちをジロジロ見ている家臣達に声をかけた。
「あ~いろいろお前達に言いたい事があるんだけど、それは置いておく事にして…。此処に居ては港の者達の邪魔になる。話しながらでいいから城に帰ろう。父上にも言いたい事があるし。」
その言葉を聞いた家臣達はハッとして表情を曇らせる。
既に房基はこの世を去っていることを、万千代は知らないのだ。
何とも言い難い空気がその場を駆け巡る。先程まで各々言いたい放題言っていたのにいきなり皆黙り込んでしまったので宗珊は「何かあったのか?」と問いかけた。
だが家臣達は一様に「詳しくは城でお話いたしまする」と言って質問に答えなかった。
怪訝に思いつつも、考えていては始まらない為、万千代達は大名行列の様になって中村御所を目指し歩き始めた。
道中秀孝・岩鶴丸・清介は家臣達に質問攻めをされながらもなんとか答えて行く内に、ゆっくりとではあるが家臣達と打ち解けていった。無論まだまだ緊張している三人ではあるが。
そうこうしている内に一行は徐々に本拠地である中村御所へ近づいていく。
秀孝達は見えて来た中村御所に目を奪われた。なんと見栄えの良い城なのだ。
元居た場所の城程ではないが、これから仕える主人の家だと思うと不思議と心が躍った。
それだけではない。余談ではあるが、元々土佐一条氏が治める西土佐の町並みは京都を模して作られており、別名『土佐の小京都』と言われる程に美しいのだ。勿論ちゃんと基盤の目状に町が区画されている。京都から来た一条氏がこの地を治めなかったらこの様になってはいなかったであろう。後に起こる1946年の南海地震によってこの町並みの大半は無くなってしまうのだが、今なおその名残が高知県四万十市中村に残っている。
他にも北方に位置する石見寺山は、京の比叡山に見立てられ、山の中腹には延暦寺を模して造られた石見寺が建っている。もし京都に行った人がいるならば是非四万十市中村に行ってその眼で見て頂きたい。
閑話休題。
城の入口には門を守るために番兵が立っている。その隣には万千代の母である千代姫と千姫と基親が立っており万千代の帰宅を待ち構えていた。
しかしその表情は何とも言えない物だった。
万千代が無事に帰ってこられたという安堵と、房基が死んでしまった事実を万千代に伝えなければならないという悲壮感が入り混じっている状態だ。
そんな事は露知らず、万千代は家臣達を引き連れて入口にまで戻ってきた。
乗っていた馬を降りると、笑顔で三人に声をかけた。
「ただいま帰りました母上!弥三郎も千も元気だったか?」
「兄様!おかえりなさい!お土産あるぅ?ねぇねぇ~。」
千姫は兄である万千代に抱き付くと同時にそう聞く。その後ろから基親が歩いてくる。とりあえずは万千代の身が無事でよかった旨を伝える為に。
「ご無事で何よりです兄上。ですが帰って来るのが少し早い気もしますが、何かあったのですか?」
「あぁ。実はな……」
基親に聞かれた万千代は、今まであった出来事を事細かく基親に伝える。秀孝・岩鶴丸・清介の事もすべて話した。
「なんと…そのような事があったのですか。」
「おう。あいつらは俺やお前と一緒でまだまだ若いが、俺の見立てでは、成長すれば化けるだろう。いや化ける。間違いなくな。だから早い内に引き抜いて来たのさ。確証は無いけど…。」
「いや、兄上がそう言うのでしたらそうなるのでしょう。無論ちゃんと教育しないとそうならないかもしれませんが、宗珊殿や正直殿、もっと言えば監物殿も居られます。まず間違いなくその三人にこってり絞られる事でしょう。」
「だろうな。俺的には秀孝には宗珊が、清介には正直が、岩鶴丸には監物が教育するだろうと思っている。てかさせる。拒否は認めない。」
「そうですね。彼らの事はまだ多く分かりませんが、兄上がそう言うのであればそうなのでしょう。それよりも兄上、一つお知らせせねばならない事があります。構いませんか?」
「うん?どうした?また西園寺が攻めて来たのか?」
そう万千代が言った後、母である千代姫が万千代を呼んだ。千代姫は基親に耳打ちをした。
『宗珊殿の元へ行って事の次第を伝えなさい。』
そう基親に耳打ちすると、基親は頭を下げて「失礼致します」と言った後、その場を去った。
万千代は言われるがまま、千代姫の後について行った。
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千代姫について行くと、千代姫の部屋に通された万千代。何の話なのか気になって仕方がない万千代であったが、その事実を伝えらえると、万千代は全身から力が抜けるのを感じた。
自分が旅をしている最中、家で父が死んだと言われたのだ。落胆してしまうのも仕方の無い事だった。
だがその事実を受け入れられず、万千代は千代姫に抗議する。
「う…嘘でしょう母上?信じられませんよそんな事!」
「ですが事実です。既に遺体はこちらで火葬致しました。墓もあります。ですが私が貴方に伝えたいのはそれだけではありません。辛いでしょうが悲しむのは後にしなさい。良いですね?」
「……はい。」
万千代は今すぐにでも泣きたい気持ちだったが、母から別に伝えたい事もあると言われ、それを耐えた。
他にも何かあるのか。そんな事を万千代は胸の中で呟いた。
しかしそれは万千代の考えとは違った話だった。
「いいですか?心してお聞きなさい。今の土佐一条家は当主・一条房基という柱を失ってしまいました。この後を継ぐのは紛れもなく貴方です。貴方しか殿方が居ないのですから当然です。ですが、貴方はまだ幼いのです。柱としてこの家を支えるには未だ力不足、それをあの人は分かっていたのでしょう。あの人は亡くなる直前、貴方に伝えてほしい事があると仰っていました。」
「それは…?」
「『六年耐えよ』と。貴方ならばこの言葉の意味が分かるのでは?」
「…六年という準備期間ですね。同時に自分は幼いので、ちゃんと成長させてから事を起こせ…と自分は思います。父上は最後まで自分の事を思っていてくれたのですね…。」
「当たり前です。自分の子の事を考えない父親はいませんよ?」
そう言われると万千代は無念だった。せめて最後は見届けたかった。だがこんなにも早く当主が死ぬと誰が思うのか。誰も思わないだろう。だからこそ万千代は無念だった。
「私には戦の事が分かりません。ですがこれを好機と見て攻めてくる輩が居る事くらい分かります。そう、貴方には悲しむ時間など無いのです。誰かに攻め込まれる前に、貴方は一刻も早く、土佐一条氏の次期当主として、色々学ばなければなりません。遺言である六年とはその為にもあると私は思っています。当主としての振る舞いは勿論、様々な教養も覚えなくてはいけません。でも安心しなさい。この土佐一条家には宗珊殿や監物殿がおられます。それだけでなく、京にある本家の一条家からは叔父の一条房通様がこの西土佐に来られます。未だ幼い貴方を補佐する為にです。」
「叔父上がこられるのですか?!」
万千代が驚くのも無理はない。
この一条房通という人物もまた、一条家の偉大な人物の一人に入る。
父は土佐一条氏二代目当主である一条房家の次男で、兄の房冬はそのまま三代目の当主となったのだが、房通は公卿の叔父である京一条家の一条冬良の婿養子となった。
彼もまた幼い頃から苦労をした人物である。
1517年4月30日に九歳という若さで元服し正五位に叙せられるが、同年に従四位上、右少将・左中将に叙せられ、翌年の1518年にはなんと十歳にして従三位に叙任するという偉業を達成しているのだ。
1542年には従一位左大臣となり、1545年には養父である冬良と同じ関白になった。土佐一条氏という家から関白に就任した者は、彼の祖父であり土佐一条家の祖である一条教房公以来二人目と言う事になる。
しかも藤氏長者であり、簡単にいえば大貴族である藤原氏を束ねる代表者なのだ。
その一条房通は、あの豊臣秀吉が就任した関白に現在進行形でなっているのである。
その関白が態々分家の土佐一条家の為に来ると言ったのだ。
まぁ房基が家督を継いだ時も来てくれたのだが。それは置いておこう。
つまり今の万千代の代わりに家を支えてくれるというのだ。
「大叔父上が来るだなんて…驚きです…。」
「そうでしょうね。あの人が亡くなった後、その事を文で本家の一条家に教えると、直ぐにその様に返事が来たのです。間違いはないでしょう。ですがあくまで少しの間支えてくれるだけです。貴方が大きくなるまでの間だけ。それを理解なさい。」
「……はい母上。自分はこの土佐一条家を護り、後世へ残していく為に、この身を賭して生きていきたいと思います。父上が居なくなったのは悲しいですが、そうも言ってられない事も理解しております。これでも武士ですから。母上は千達と家の中を護って下さい。外は自分が護って見せます。」
先程までの泣きたい気持ちは何処へ行ったのか。今の万千代の心の中は『自分が土佐一条家を大きくさせる』という気持ちが渦巻いていた。勿論家を護る意思もある。しかし自分が当主になると思うと、転生前の記憶が薄らいできたせいなのか、何処からともなくその野望が湧き出ていた。
その果て無き野望は一体何処まで続くのか。それは万千代にも分からなかった。
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少しして月日が11月に入ると、京から遂にその人物はやってきた。
見た目は正に公家の代名詞であるお歯黒に小さな丸い眉毛、頭には烏帽子を被っている。
服装は大きな着物を着ており、手にはちゃんと笏を持っている。
しかしその体からは、お人好しな雰囲気ではなく、関白たる威厳が醸し出されていた。
一条房通。
史実に置いてもその評価は高い。彼がいたからこそ、史実の土佐一条家は房基という名将が居なくなった後も余り混乱せずに運営されていた。彼の死後、史実の土佐一条家は徐々にその綻びを見せ始める。
土佐一条家が滅びる大きな原因となったのは間違いなく一条兼定なのだが、兼定を支えていた一条房通という人物が居なくなったのも一つの要因であろう。
もう少し彼が長生きしていれば、土佐一条家は生き残っていたかもしれない。一条兼定も馬鹿な事はしなかっただろう。同じ一族であり、よく補佐してくれていたのだ。その信頼はとても厚かった筈である。
一条房通亡き後も、初めこそ一条兼定は何とか苦労して家を運営していったのだが、一条房通という抑えがなくなった後は、政務を放り出し家臣の進言も聞かず、酒に溺れてしまった。
そして正常な判断が出来なくなった兼定は長宗我部元親が流した流言に騙され、遂に土居宗珊という土佐一条家には過ぎたる名将を殺してしまう。その行動を見た家臣達からは見放され、それを好機とみた長宗我部元親に攻め滅ぼされてしまった。
しかし待ってほしい。一条兼定を無能と断定するのは些か語弊がある。
当時史実の土佐一条家では長宗我部元親による家臣の切り崩しが行われており、これ以上家臣達の寝返りを止める為に、一条兼定は苦肉の策として見せしめに土居宗珊を粛清したと言われている。
しかもこの粛清は土佐一条家だけが珍しいのではない。上杉謙信も同じ流言で家臣を粛清したという話もあり、武田信玄や徳川家康に至っては実の息子を粛清しているのだから。
武田義信の粛清に関しては明らかに信玄が悪く、自分の父親からいきなり「お前の嫁の実家を滅ぼすから」などと言われてしまえば、夫の義信の反対行動は当たり前である。
また土居宗珊が本当に裏で長宗我部元親と通じていたという説もあるのだ。
しかし宗珊を粛清し裏目に出てしまったのが問題だった。裏で通じていたとしても、表向きは土佐一条家に仕える唯一無二の忠臣であり、それを殺したとなれば誰しもが兼定を見限るだろう。
しかし数少ない重臣達はそれでも兼定を守り、豊後の大友家に逃がしている。
後に大友宗麟から僅かな兵を借りて西土佐に再上陸した時は、かつての旧臣や地元の人から大歓迎を受けており、少なくとも三千五百の兵が集まったのだ。本当に無能で人徳が無かったらこの様な数の人は集まらないだろう。
四万十川の戦いにおいては、兼定は四万十川の地形を最大限に利用して長宗我部軍を迎撃するという作戦を発案しており、なんとか指揮を執って序盤こそ耐えていた一条軍だったが、しかし数で劣っていた一条軍では歯が立たず、それよりも倍の数で来た長宗我部軍に半日も掛からず敗北してしまった。
現代では長宗我部元親の華々しい戦歴と、一条具足制度の有用性を物語っているが、むしろ二倍の差がありながらも果敢に立ち向かった一条兼定は勇敢であり無能では無いと思っている。
閑話休題。
一条房通は港に降りると、港で待っていた監物から歓迎を受けた。
「遠路はるばる京の都よりおいで下さいまして、誠に有難う御座います。某は羽生監物と申しまする。後ろに控えているのは殿下をお乗せさせる駕籠を持つ者達に御座います。」
そう言って監物は駕籠持ちを呼ぶと、彼らも頭を下げた。
「うむ。苦しゅうないぞ監物。そちも元気そうで何よりじゃ。此度の事はほんに悲しい事じゃった。麿の兄もまた若くして逝ってしもうた。そしてその息子はそれよりも早く逝ってしもうた。麿はが思うにこれはもう呪いの類じゃと思うのじゃ。一度あの城をお祓いしてもろうた方が良いぞよ?」
「それは某も同意致しまする。何やら不吉な物が憑いているやもしれません。」
「そうじゃろうそうじゃろう。お祓いをするのであれば、麿に言うが良い。融通して進ぜようぞ。それよりもじゃ、早う城へ連れて行くが良いぞよ。麿は一刻も早く甥の姿が見たいのじゃ。」
そう言って房通は置いてあった駕籠に乗ると「早うせい」と催促する。
監物は駕籠持ちに合図を出すと、監物もそれについて行った。
道中房通から色々な質問を受けた。
「あの田畑はなんじゃ?昔見た時よりも遥かに綺麗に整っておるのぅ。」
「それは若様が指示してくださったおかげで御座います。若様のお陰で西土佐の米の量はとても分かりやすくなりました。」
「一つ一つの田畑の大きさが均一となっておるからじゃな。他の所ではこのような均一化された田畑など見た事が無いでおじゃる。」
見た目では全然驚いている感じのしない一条房通だが、内心は驚愕していた。
田畑を均一化するといえば米の量なども分かり易くなる。ではなぜそれを他の所でしないのかと言われれば理由はわからない。その発想は無かったという感じか。それ以外にも言えば、食うか食われるかの時代なので米の量を計算しやすい様にするなんて余裕は無く、簡単に言うとこの時代は空いている土地があればとにかく開墾していくスタイルなのだ。勿論厳密に言えば水が引ける場所、少し傾斜になっている所など条件を見つけそれに合わせて開墾していく。誰もそんな事考えなかったのだろう。因みに史実では織田信長による改革の一環で田畑の均一化が進められていた。
「早う会いたいものじゃ…。」
房通は一人呟きながら、中村御所に向かった。
まだ見ぬ甥に会いに行く為に…。
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万千代は今自らの膝をつねって耐えていた。
耐えているのは笑い。目の前に居る房通の顔を直視しているが、頬の筋肉が引き攣っている。
いつから自分はお笑い芸人を見ていたのだろうか…。
来る前までは相手が関白なのを知っていたのでガチガチに緊張していたのだが、いざ会ってみるとその強烈な公家顔に思いっきり吹き出してしまったのだ。
「ほぉ!お主が麿の甥でおじゃるか!会いたかったぞよ!」と言われると、何とかその顔を隠すために深々とお辞儀をして顔を見せないようにする。
(マジで麿とか言っちゃうのかよ…クフ…クヒヒヒ…耐えられる…じ、自信がないぞこここの野郎…!!)
その綺麗なお辞儀を見て房通は「うむうむ、良きお辞儀じゃ。流石は一条の血を受け継ぐ者じゃ。」と感心した。他人から見れば顔は別として綺麗なお辞儀をしているのだから仕方の無い事だった。
その後なんとか深呼吸をし、心を無にして大広間まで房通を万千代は連れて行く。
大広間まで通した後、万千代は監物に言われるがまま、今まで房基が座っていた場所に腰を下ろす。
この時改めて万千代は「あぁ、もうお殿様なんだな。」と心の中で呟いた。
万千代の前には房通が既に座っており、万千代をずっと観察していた。
「さてさて。我が甥よ。改めて言わせてもらうでおじゃるが、麿が関白一条房通じゃ。言うても後一月ほどで関白は終わりじゃがの。」
「え?関白辞めるんですか?」
「いや、辞めるという言葉は些か間違いがあるぞよ。関白職が後一月で終わるという事じゃ。」
「なんと勿体無い。」
「勿体無いとは異な事を言うでおじゃるな。関白とは今や名ばかりじゃ。何の力も持たぬ者が関白を名乗った所で日ノ本を変えられる訳ではないでおじゃる。そうでおじゃるなぁ…天下の半分を手中に治め、その後関白を名乗れば、日ノ本を変えられるかも知れんでおじゃる。」
「(天下の半分…なるほどね。要は豊臣秀吉レベルまで領土を広げればいい訳だ。)」
一人顎に手を乗せて考え始めていた万千代は、再び房通に声をかけられ再び現実に目を向けた。
「それでじゃ。我が甥の望み…いや野望はどのような物でおじゃるかな?麿に聞かせてたもれ。」
その一言は大広間に居た全員が驚愕した。
いきなり話を飛ばしたかと思えば、万千代に唐突に「お前の野望はなんだ」と言われたのだから。
核心を突いてきた質問に流石の万千代も少したじろいたが、気持ちを落ち着かせるとハッキリとした言葉でその質問に答えた。
「……私はこの四国を統一し、上洛したいと考えております。」
「上洛して何とする。今や京の都は地獄の様な所じゃ。禁裏近くの場所以外では白昼堂々盗みや殺しを働く輩がおるぞよ?京を治めた所で、天下が取れる訳でもなし。麿が聞きたいのはもっともっと先の事じゃ。」
先程までの朗らかそうな雰囲気は何処へ行ったのだろうか。
今の房通は戦国時代を生きる武士と何ら変わらない険しい表情をしている。
ここで万千代を見極めようとしているのだろう。
房通の言葉を聞き、真の意味を理解した万千代は、房通に宣言した。
「天下平定に御座います。もう一度、公家による天下再統一。但しそれは民が安心して暮らせる世の中であり、その民と言う言葉には、日ノ本全ての者達が含まれております。賤民から天皇陛下に至るまで、ありとあらゆる日ノ本の民を戦乱から救い出すために、我が土佐一条家は日ノ本を統一し、再びこの国を日出ずる国として世界に知らしめんが為に、まずは初手として四国を統一し、上洛したいと考えております。」
万千代は言ってからふと我に返る。
考えていた訳じゃない。だがその言葉はおもむろに口から出ていた。
自分で言っておいてなんという馬鹿な言葉なのだろう。
公家による天下統一。即ち建武政権以来の新政権樹立という途方もない夢物語。
高々六万石の小さな国を支配するだけの小大名が、なんと無謀極まりない事を言っているのだろうか。
言った後から万千代は顔を赤らめてしまう。
その場にいた千代姫を含め、家臣達は絶句していた。仕方の無い事だろう。いきなりそんな事を言われてしまえば誰でも驚いてしまう。
だが、房通はそんな戯言を聞くと顔を歪ませた。否、笑った。
「大きく出たておじゃるな。じゃがこの戦国乱世を生き延びるには十分な野望でおじゃる。相分かった!六年で麿がお主を何処へ行っても恥ずかしくない様に教育してやるでおじゃる!じゃが覚悟せよ。其方の行く道はとても激しく険しい道のりじゃ。それでも良いのじゃな?」
その問いに万千代は迷いなく頭を下げた。
途方もない夢物語を語った小さな主君に家臣達はしどろもどろしてしまうが、やはり房基以来の忠臣ばかりがいる土佐一条家、新しく入ってきた秀孝達もその夢物語を胸に、新たな主君に対して静かに頭を下げたのであった。
いつも一条兼定奮闘記を見て下さり有難う御座います!
次回から時間が六年後に飛びます。
名残惜しいですが、万千代という名前も今回で終わりです泣。
本当の意味で「一条兼定奮闘記」が始まります!
何カ月も幼少期を書いて申し訳ありませんでした!!
万千代が成長した姿が気になる方もいるでしょうが、今しばらく次回をお待ちください。m(__)m




