第十五話 決意
最近暑いですね。うちのPCも調子が悪くなって青い画面になったりしましたが、何とか復旧してこうやって執筆できています。(汗)
今回は今迄書いてきた中で一番多く書いています。見にくいかも知れません。
それと、一番初めの人物紹介を更新しました。
いつもの様に駄文ですが、それでも良ければお付き合い下さいませ…。
「は~なるほどねぇ。俺の意識が無い間にそんな事があったのか。」
「うんそうだよ。なのでこれからよろしくね、『お殿様』!必要であれば何でもするからね!例えば夜のお供とか…。」
「はぁ…今ほどお前が女だったらと思う日は無いよ…。なんでその顔と身体で男なんだ…。ていうかソレやめろ!普通に万千代って呼んでくれ!お殿様はやめろ!先に言っておくが、俺はそっちの趣味に興味は無いぞ!!」
今、万千代達は尾張国を出て美濃国に入り北近江に向けて進んでいる。
その道中、万千代は意識の無い時の事を宗珊達に聞いていた。意識が回復した時こそ「なんでお前此処に居るの!?」と喜六郎の存在に驚いていたが、宗珊が順を追って話をしてくれたお陰で何とか万千代は理解したのである。もっとも万千代本人は喜六郎本人から直接聞くまで半信半疑だったのだが。
そして冒頭の言葉に至る。
「そうなの?お兄様みたいに男に興味があるかと思ったよ~。それと僕は家臣になったわけだから、やっぱりお殿様って呼ばなきゃおかしいでしょ?」
「まぁそうなんだけどって…信長にそんな趣味あったのか…待てよ?下手したら俺は昨日抱かれてたかも知れないって事かそれ!?考えたら相当ヤバかったじゃん!?ナイス宗珊!お前が来てくれなかったら俺は今頃…。」
「それはまぁ当然の事をしたまでに御座る。それよりその『ないす』って言葉はなんですかな?聞いた事が有りませぬ。」
「あぁ『ナイス』っていうのは、南蛮語で『見事』って意味だよ。つまり『見事だ宗珊!』って事。」
「おぉそうでございましたか!お褒め頂き有難う御座いまする!」
万千代による貞操の危機と英語の解説話で、一行はこれと言った問題はなく順調に美濃国を進んでいた。
だがそんな話をしていた万千代は、徐々に見えてくる大きな山に目を奪われていく。
万千代は山と思ったが、近づけば近づく程その考えが間違いである事に気付いた。
山の上に城が有るかと思えば、それが城なのだ。それが何の変哲もない只の山城なら何も思わなかったのだが、その山と一体化している城は如何せん大きすぎた。
その山と一体化している城こそ、後に信長が清州城から居城を移した難攻不落の城と名高い山城『稲葉山城』である。後に信長によって『岐阜城』と改名するが、現在は稲葉山城という名前だ。
元々は清和天皇を祖とする清和源氏の一流である摂津源氏の流れを汲む美濃源氏嫡流の土岐氏が此処に住んでいた。因みに本能寺の変で名高い明智光秀の血筋である明智氏は土岐氏の分家にあたる。
だが土岐氏は1542年に斎藤利政…後に斎藤道三と改名し、近隣諸国に『美濃の蝮』という異名を轟かせる男によって国を追われてしまったのである。
なので今の美濃国を支配しているのは斎藤氏なのだ。なお後世で有名になる斎藤道三の名前だが、道三という名前は、息子の義龍に家督を譲った後に剃髪して名乗った名前である。現在はまだ剃髪前の名前である利政の名前で通っている。
「うわぁでっかいなぁ…。てっぺんから見える景色が色々凄そうだ。でもあんな所にいたらションベンちびっちゃうな…。」
「はい。まこと大きな城で御座いまする。この城を落とすには数千…いや八万以上の兵がいりまするな。流石は難攻不落と謳われる程の大きな城に御座いますれば。これを奪い取った斎藤利政殿は間違いなく天下に響く名将で御座いまする。そして同時に下剋上を成し遂げた極悪人ですな。」
そこまで宗珊が話すと秀孝がおもむろに話を繋げた。
「はい。去年父上がこの城を攻めこんだ時も、此方側が攻めたてていた筈なのに、籠城戦で父上率いる織田軍を壊滅寸前にまで追い込みましたから。言うなれば『攻めの籠城』というやつですね!でもその後父上と和睦して、利政様のご息女である帰蝶様が兄上に嫁ぎました。そういえば昨日は一度も見なかったような…。」
「某は見ておりませんよ?それよか昨日の記憶が曖昧で何があったのやらサッパリで----」
「それは正直殿が飲みすぎて潰れていたからですぞ!全く、若の護衛という立場でありながら無用に大量の酒を浴びるように飲むなど…若の護衛として恥ずかしい行為ですぞ!それにですな----」
それから一行は宗珊による正直の説教を聞きながら美濃国を歩いた。
宗珊が正直を説教し始めて五時間以上経った頃、日はまだ明るいが宗珊が「事を急いては事を仕損じるので、余裕があるうちにどこかの宿に泊まりましょう。」と言ったので、一行は少し早く宿へ向かう事になった。因みに正直が泣きながら喜んだのは公然の秘密である。よほど宗珊による説法が応えたのだろう。
そうして何事もなく宿を見つけた一行は、そこに泊まることにした。ただ泊まる訳ではない。これから通る道や必要になる物を決めたり買ったりし、いつ何時山賊が襲い掛かって来るかも分からない状況に備えて武具の手入れをしたりするのだ。それぞれ各自が明日に向けて準備をしている中、秀孝は父である織田信秀からもらった名刀『国次』を大切に手入れする。そして誰にも聞こえない程の小さな声で一人呟いた。
「………絶対に強くなってみせるよ…父上…!」
那古屋城を出た時にも言った言葉であるが、秀孝は自分に暗示を掛けるように何度もそう呟いた。
強くなって欲しい。信秀が秀孝に対して言った言葉は、その後の秀孝の人生に大きく響いた。
泣いてはいけない。弱くてはいけない。強くならなければならない。何故なら自分は『尾張の虎』の子だから。虎の子は虎だ。なら絶対に自分は虎になれる。父がそう言ってくれたのだから。
一人そう考えている時、後ろから声をかけられた。万千代だ。
「もう明日の準備は済んだのか喜六郎…いや秀孝と呼ばなきゃだめか。」
「ううん。どんな呼び方でもいいよ。殿が呼びやすい名前で良ければ何でもいいよ。」
「そうか。じゃあこれからも喜六郎と呼ばせてもらうぞ。公の場では秀孝と呼ばせてもらうけどな。それより準備は済んだのか?宗珊と正直は既に準備を済ませて風呂に向かった。お前はどうする?一緒に風呂に行くか?」
「いや、僕はまだ済んでないから先に入ってきていいよ。誰かに荷物が盗まれないように見張らないといけないしね。」
「大丈夫なのか?直ぐに泣いちゃっても助けは来ないぞ?」
万千代がからかって秀孝にそう告げると、秀孝はキリッとした目で万千代を見た。
その目は武士の目であり、まごうことなき虎の目をしていた。
「大丈夫だよ…絶対に護ってみせる。」
そんな秀孝をみて万千代は「お、おぅ」と呟く。万千代は秀孝に冗談が通じなかったと思い込んでしまい一人とぼとぼ風呂へ向かった。実際には荷物だけではなく、万千代も護るという意味を込めて返答したのだが、万千代はそれに気付かなかっただけなのだ。余談だがこの時代の風呂というのは、現代でいう所のサウナに近い。沢山汗をかいてそれを拭うのだ。サウナが苦手な人は戦国時代は生きにくいかもしれない。確かに湯舟という物も存在するが、お湯を沸かすために必要な薪が大量に必要なので、基本的に大名かお金持ちの家にしか存在しない。普通の庶民は一年中川の水を使って体を洗ったりするのだが、それはまた別の話。
そうしてやはり何事もなくその日は過ぎていき、無事日没となったのだが…。
「ふぇぇ…暗いの怖いよぅ…怖いよぅ…ふぇぇ…。」
「お前泣かないんじゃなかったのかよッ!!!おもっくそ泣いてんじゃねぇかッ!!俺に引っ付くなぁ!お前にはお前の布団があるだろうがぁ!!さっさともどれぇ!」
やはり人はいきなり変わらない物だという事である。なお宗珊と正直は熟睡中で、万千代の叫びは気付かなかった。
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その日の夜、宗珊は夢を見た。
いつもは夢など見なかったのに、珍しく夢を見たのだ。
だがその夢は、遭ってはほしくない嫌な夢だった。
場所はいつもの中村御所、何の変哲もないいつもの館だ。出てくる人の中には万千代や主君である房基の奥方の千代姫、その隣には千姫と広姫がおり、その隣には基親や正直もいる。
だが何かがおかしかった。出てくる人々はそれぞれ悲しげな顔をしていたのだ。
そして一番おかしいのは、宗珊が唯一無二の忠誠を誓っている主君の一条房基がそこには居なかった。
宗珊は夢の中で駆けた。夢というのは、自分の意思に反して何かを夢の中ですることが大きい。
故にその宗珊の行動も自分の意思に反して動いていた。そしてとある一室の襖を開くとそこに房基が居た。
布団に寝そべり全く動かない主君が、そこには居たのだ。
宗珊はその顔を覗いた。しかし房基は動かない。宗珊は自分でも何を言っているか分からない声を房基にかける。すると房基はスーッと目を開けた。そして口を小さく開けると、何かを宗珊に伝えた。それがどんな内容だったのか分からないまま、そこで夢が終わった。
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気が付くと朝になっていた。耳をすませば鳥が鳴いている。
なんとも嫌な夢だった。そう思いながら宗珊が起きると、隣から物音が聞こえた。既に一人宗珊よりも早く起きていた人物がいたのだ。
「おはようございます。宗珊様。」
「う、うむ。いつもは某が最初に目を覚ますので御座るが…秀孝殿は早起きですな、良い心がけですぞ。武士は早寝早起きが大事。豪勢な飯は避け、質素な飯を食べる。そしていつ戦が起こっても良い様に鍛錬を怠らない。これらは基本中の基本ですぞ、努々(ゆめゆめ)お忘れなきように。さすれば秀孝殿は信秀殿が仰っていた強い武将になられましょう。」
「は、はい。頑張りましゅ!」
宗珊は夢の中の出来事が気になるが、所詮夢は夢だ。起こり得ない出来事だと結論を付けると、秀孝に武士の教訓を教える。それを聞いた秀孝は意気揚々と宗珊の言葉に答えたのだが、しかしどこか抜けているのか、噛んでしまった。秀孝の目指す目標は、まだまだ遠い。
因みにどうして秀孝が早く起きていたのか、少しだけ説明しよう。
簡単にいえば、殆ど寝れなかったのだ。好き好んで寝なかった訳ではない。
実は宿に泊まるという経験が、秀孝には無かった。夜の暗闇には少し慣れたが、いつも寝ている部屋じゃないと思うと、逆に目が冴えてしまったのが原因である。
なので宗珊が夢でうなされている時、秀孝は懸命に寝ようと努力した。
ある時は頭に何かを考えて。ある時は万千代に抱き付いて。ある時は寝ている場所が悪いと考え、万千代の股の間で寝たりした。(因みに枕となる部位にはアレがある。万千代の身体がもう少し大きくなっていけば、また違った感触の枕になっているだろう。)
だが寝られない。結局元の位置にまで戻り、横になると少しだけ睡眠できた。しかし深い眠りにつけた訳ではないので早く起きてしまい、皆が起きるまで荷物の確認をしていたのだ。
「まだ出発までに時間が有りまする。暇であるなら某が稽古をつけても良いですぞ?」
「ほ、本当ですか!?」
「構いませぬ。宿の裏で致しましょうぞ。ある程度加減は致すが、油断は無きようお願いしますぞ。」
「はい!是非よろしくお願いします!」
そう言うや否や秀孝は国次を持って駆け足で部屋から出ていく。
その後ろ姿を見ながら宗珊も自身の持つ刀をもって、ゆっくり後から追いかけた。
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「ふぅん。それで二人とも汗だくなのか。全くご苦労な事で…。」
「まっふぁふえふな。あふぁはあくからふぇいおふぁんふぇ(ゴクッ)二人とも元気すぎますって…。」
(訳:全くですな。朝早くから稽古なんて)
秀孝が宗珊に稽古をつけてもらった後、部屋に戻ると残りの万千代と正直が起きてご飯を食べていた。
因みに正直はお代わりをして二杯目に突入している。正直が口にご飯を含んで喋ったが殆ど言えてない事を無視して宗珊はそれに答えた。
「何を申されるかと思えば…!若も正直殿も本当はしなくてはいけない事なのですぞ!?百歩譲って若は仕方ないと致しましょう。ですが正直殿は違いましょうぞ!護衛という立場なら、日々自堕落に酒やら飯などを貪っている場合ではありませんぞ!それこそ酒を慎み、飯は腹八分目に抑え、鍛錬に励まねばなりませぬ!!いくら若いからと言って、今からその様な生活をしていては自身の体を壊すだけではなく、主君に仕える気概すらも-------」
そこまで言うと宗珊はハッと夢の事を思い出した。何かに苦しんでいる主君の面影が脳裏をよぎったのだ。
稽古をしている間はそっちに夢中になって忘れていたが、思い出してしまった。
いきなり宗珊が黙るので隣にいた秀孝は宗珊に声をかける。
「宗珊様?どうかなされましたか?」
「……いや…なんでもござらん。某は話しすぎましたな。秀孝殿。早く食事を頂きましょうぞ。」
「え?あ?は、はい。」
宗珊がいきなり態度を変えたのでしどろもどろしてしまった秀孝だったが、お腹がすいていたので早足で自分の分の御膳に座り、ご飯を食べ始める。
前に座っている正直は「某だって…頑張っているのに…」と項垂れていた。万千代は宗珊の説教を無視して食べ続けていたのでその茶碗や皿には殆ど何も残っていなかった。
宗珊は夢の出来事を気にしながらも、御膳の前に座り食べることにした。
秀孝と宗珊が遅れてご飯を食べている時、万千代は一人ある事を呟いた。
「加賀国って…雪国だよなぁ…。」
その言葉に一行は気に留めなかったのだが、偶然部屋に来た宿の主人が何気なくそれに答えた。
「そうですねぇ。今頃の時期になると越前から上は雪で埋もれていますからねぇ。道も塞がって行けないでしょうねぇ。」
その言葉を聞いた瞬間、一行は固まった。そして直ぐに万千代が主人に駆け寄った。
「しゅ、主人!!道がふさがっているって、それは本当か!!?嘘じゃないのか!?季節はまだ秋だぞ!?まだ10月の中旬だぞ!?」
「は、はい。あそこは秋でも早めに雪が降るんです。それこそ秋なんて一瞬で終わります。『じゅうがつ』という言葉の意味は分かりませんが、神無月の今ならあそこらはもう冬同然です。行けて北近江が限界かと…。」
それを聞いた万千代は「やっちまった」と激しく落ち込んでしまった。
そう。北陸は秋は一瞬でそこから長い冬が待っているのだ。かの朝倉家が遠い地に遠征できない理由の一つがまさにこれである。積もるだけなら雪を退かせばいいが、この季節の北陸というのは、吹雪が殆ど止まないのだ。あの上杉謙信も雪という自然には勝てなかった。故に北陸大名は毎年二月の雪解けを待たなくては戦が出来ない。賤ヶ岳の戦いでは、羽柴秀吉に後れを取らないために柴田勝家は二月の雪解けを待たずに出陣したが、やはり吹雪となると戦は仕掛けられなかった。現代日本ですらこの雪によって電車や高速道路が止まる事もある。現代ですら雪という自然には敵わないのだ。
つまり今この時点で万千代の務めは果たせなくなった。
「迂闊でしたな…。我ら土佐に住む者からしてみれば雪という敵が無かったせいで気付きませんでしたな…。とても残念に御座いまするが、此度は引き返して来年にもう一度行くしかありますまい。」
持っていた茶碗を置き宗珊はそう言って万千代に近づいた。
「若。無念なのは分かりまするが、時には耐え忍ぶ事も必要で御座る。今がその時に御座いましょうぞ。事情を話せば殿もきっと分かってくれる筈ですぞ。」
「あぁ…仕方ないな。また来年来るか。でもそうなると今年は家で過ごせるから嬉しいと言えば嬉しいな。勿論務めを果たせないのが一番残念だけど。」
「落ち込めば落ち込むほど運気は逃げていきまする。今回は潔く土佐に帰りましょうぞ。秀孝殿も正直殿も、準備ができ次第宿を発つ故よろしくお願い致し申す。」
宗珊がそう言うと秀孝・正直の二人は素直に了承する。もはや加賀国に行く事が不可能になった今、やるべき事は一刻も早く本領の西土佐に戻る事だ。
一行は自身の荷物を確認すると、早々に宿から出ることにした。
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一行は宿屋の主人に御代を渡し礼を言うと、一路来た道を引き返す事にした。
口惜しいが仕方のない事だと思い一行は馬に跨り歩き始める。
行きとは違い少し哀愁が漂う一行だったが、歩いている最中に宗珊が妙な気配を感じた。
その場所は既に稲葉山城下より離れているが、未だ人の往来は激しく、隠れられる所もある。
誰かに見られている。だが忍びの類ではない。明らかに素人だ。では誰なのか。
一人宗珊は刀に手をかけ気配を感じた方へ叫んだ。
「そこにいるのは何者だッ!出て来ぬと問答無用で切り捨てるぞッ!命が惜しければ早々に出てくるがよい!!」
宗珊がいきなり叫んだので万千代と秀孝は口から心臓が出るかと思うくらい大いに驚いた。
その近くを歩いていた人々も驚きながらもそそくさとその場から退散していく。
正直は既に刀に手をかけており気配の感じる方へ眼を細めていた。かっこいいぞ正直。
気が付けば周りにいた人々は疎らになっている。すると気配を感じた物陰から二人の人影が近づいて来た。
背丈は秀孝と同じぐらいだが、どう見ても農民の子だと分かった。
何故なら、その風貌は土の汚れが顔だけではなく体の各部位についており、お世辞にも良い所の出自とは思えなかったからだ。
そんな二人を見て宗珊は短く問いかける。
「お主ら一体何故我らを見ていた?素直に答えよ。」
「あ、あ、あの!お侍様達が守っているそ、その方はお、お殿様…ですか?」
二人の内、右側に居た少年は宗珊の問いに答えるどころか逆に宗珊に問いかけた。
左側に居た少年は「何言ってるんだ!」とも言いたげな顔でもう一人の少年に顔を向けた。
だがそんな二人の事など全く知らない宗珊は問いかけられた質問に答える。
「ほぅ…。お主は勘が鋭いな。何故こやつが殿様だと思った?」
「えぇと…服とか…その、馬とか…それにその方を守る様に歩いていたのでもしかしたらと思ったので…」
「本当にそう思ったのか?たかが農民風情にその様な事が分かる訳がない。それを言えば商人かも知れんではないか。お前はどうして殿様だと断定できるのかね?」
少年の言う事が疑わしいので宗珊の隣に居た正直が怒気を強めて少年に言葉をかける。
「自分は…今まで子供の商人なんて見た事が有りません。だから…そう思いました。」
そう言った少年の眼を見る宗珊。少年の眼は揺るがない。宗珊は決断した。
刀に掛けていた手を離したのだ。その行動に正直も驚く。まだ敵かも分からない者を目の前にして刀から手を放すなど危険極まりない。もし敵ならその一瞬の隙を見逃す筈が無いからだ。
だが、その少年は何もしてこなかった。それを確認した宗珊はニヤリとしながら少年に答えた。
「お主の見立て通り、この方は土佐一条家の御嫡男に有らせられる。そしてもう一度問おう。お主達の目的はなんだ?」
宗珊がそう言うと、二人は顔を見合わせ、そして覚悟を決めその場で土下座をした。
「「お願いします!自分達を貴方様達の家臣にしてください!」」
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いきなり家臣にしてくれと頼んできた少年二人。万千代達は事情を詳しく聞く事にした。
彼らの名前は、それぞれ「岩鶴丸」「清介」と言う。一番初めに質問してきた少年は岩鶴丸である。御多分に漏れず、彼らは良い顔をしている。歳は共に九歳だが、苦労をしたのか二人とも大人びている。現代と違い戦国時代なので成長の差がというのもあるのかも知れない。
岩鶴丸と名乗る少年は、一見気弱そうに見えるが、芯が強い。そしてその顔は基親や秀孝に負けない程の美形である。例えるなら、基親が美人系で秀孝は可愛い系に入る。岩鶴丸は美人ではあるが、その眼とてもキリッとしており、何も喋らなければその様はとても凛々しいと言う新たな系統だ。(無論男なので美人ではあるがそれを忘れてはいけない。)
清介と名乗る少年は正に熱血を体現していると言ってもいいだろう。その性格はあの前田利家にも劣らないが、流石に初期の前田利家みたいな横暴さは無いので、どちらかというと加藤清正タイプに入る。顔は中の上という所だろう。特徴は頬に傷が付いている所か。
彼らは元々浅井家が治める北近江で同じ村に住んでいたのだが、共に両親が戦に巻き込まれて死んでしまった。生き残った二人は北近江という故郷が危険だと考え、難を逃れるために美濃国に逃げて来たのだ。
だが、何も持たずに逃げてきてしまったのが仇となってしまった。お金も無ければ売る物もない。耕したくても土地が無いし、そもそも耕す道具が無い。それでも彼らは生きる為に様々な事をした。
初めは誰かの手伝いをし、報酬として少量の食料を分けて貰っていた。だがそれでは腹が膨れず、彼らは他にも色々した。報酬が貰えるのであれば何でもする思いだった。岩鶴丸に至っては、寺の腐った坊主の慰み者となってでも、その日々を凌ぐための金を稼いでいたという。清介はそんな坊主を見て直ぐにでも殺したかったらしい。今でもその思いは消えていないという。
そんなこんなで日々を過ごしていた二人だったが、その暮らしに嫌気がさした清介は遂にある事を岩鶴丸に宣言した。
「どこでもいい。どんな事でもやるから、何処かに仕官しよう。仕官すれば今の暮らしから抜け出せられる筈だ。」
その宣言に岩鶴丸も喜んで了承する。誰が好き好んで男に、しかもクズ同然の坊主に抱かれなくてはいけないのか。そう言う思いが岩鶴丸にもあったので、この宣言は直ぐに受け入れられた。
そう決めたら後は行動あるのみ。彼らは美濃国を歩き回った。何処でもいいというが、ここを支配しているのは斎藤家である。なので何処かに斎藤家の家臣と思わしき人がいないか探していた矢先、万千代達が泊まる宿に入っていくのを二人は見た。
腰に刀を携えた自分達と同じくらいの子供が一人、同じく刀を携えた大の大人が二人、そして最後に自分達よりも少し小さい子供が何も持たずに一人という異様な光景は、とても目立った。
凡そ庶民ではない一向に二人は賭けた。別に斎藤家に執着がある訳でもないので、二人は万千代達が宿から出てくるのを待った。次の日万千代一行が宿屋から出て来たので、二人は隠れながら一行を追いかけていたが、宗珊に見破られてしまった。そして現在に至る。
彼らの話を聞いていた正直と秀孝は涙と鼻水を垂れ流して二人に駆け寄った。
正直と秀孝は二人の手を取り濁音交じりの日本語を話す。
「ぐろぉじだんだなぁ!ざぞづだがっだだろうでぃだぁ!ぐふっがふっ!」(注:正直)
(訳:苦労したんだな!さぞ辛かっただろうになぁ!)
「よぐがんばっだでぇ…がんばっだでぇ…がんどうじだよぉぉ!ひっぐ…えっぐ…」(注:秀孝)
(訳:よく頑張ったねぇ…頑張ったねぇ…感動したよぉぉ!)
岩鶴丸と清介共にドン引きである。嘘はついていないが、そこまで泣かれると心が痛いと思う二人。
だが宗珊は正直と秀孝を無視して、岩鶴丸と清介に話しかけた。
「ふぅむ。そんな事情があったとは…。某としては別に構わぬが、我らの役目は若の護衛に御座る。我らは若の決断に従うのみに御座る。若、どうなさいますか?」
そう問いかけて万千代の方を見ると、万千代も涙を流していた。流石に正直と秀孝程ではないが。
だがはっきりと万千代は二人に言葉を話した。
「本当に…いいのか?故郷に帰れなくなるぞ?」
「構いません。貴方様が許して下さるのであれば、自分達はついて行きます。故郷と言っても、既に戦によって村は無くなっています。今あるのはこの身一つだけです。お願いします。絶対に裏切りません。死ねと申されるのでしたら潔く自刃させて頂きます。どうか、お願いします。」
「俺も…じゃなかった自分もお願いします!細かい事は苦手だけど、戦で必ず役に立って見せます!今は無理でもいつか必ず戦働きをします!なので!どうか!どうか!」
二人が土下座をして万千代に頼み込むと、正直・秀孝も土下座をしてきた。
「殿ぉ!某からもお願い致します!これでは彼らは救われませぬぅ!ぜひ雇って下さるなら某の禄を分けてやっても構いませぬゆえぇ!」
「僕からもお願いします…彼らが…可哀想です。僕も禄を分けてもいいです。どうかお願いします。」
「……………」
万千代が黙るので、四人は「やっぱり無理か」と諦めかけたその時、続けて万千代は話を続けた。
「分かった。土佐一条家嫡男であるこの万千代が、お前たち二人を家臣に取り立てよう。但し禄は正直と喜六郎の二人から半分ずつ出す。それでもいいか?」
その問いに四人は喜んで承諾した。こうして万千代は新たに岩鶴丸と清介を召し抱えた。彼らはこれからの土佐一条家を支える重臣となり、後に岩鶴丸は『天下の宰相』という異名を、清介は『一条の鬼侍』という異名を取る事になり、基親と秀孝を含む『一条四名臣』という歴史的人物となっていく。
だが、それはまだまだ先の話。今は万千代に召し抱えられたただの農民上がりである。
そして新たな仲間が増えた一行は、西土佐へ向けて再度歩み始めたのだった。
今回出てくる岩鶴丸は1545年生まれと言われていますが、筆者の作品では1540年説で通させて頂きました。
同様に清介も生誕不明ですが、同じ1540年生まれにしました。
色々ややこしくなって申し訳ありません(汗)




