第十四話 思い
お待たせしました。最近中々執筆作業が出来なくなっておりどうしても時間をかけてしまいます。お許しください…。
「この度は某の息子がご迷惑をおかけし申した。おい!お主も謝らんか!。」
そう言ったのは織田弾正忠家当主・織田信秀。その隣には喜六郎が「ごめんなさい~」と頭を下げている。
「いえいえ、お気になさらないで下さい。我々は殆ど何もしていませんから。それより大きな傷が無くて本当に良かったです。」
そして信秀の言葉に対応している万千代。現在彼らは那古屋城内の一室にお邪魔していた。
あの後万千代一行は喜六郎を万千代の後ろに乗せて那古屋城へ向かい、その門前で喜六郎を降ろした所、
喜六郎が「此処で待ってて下さい!父上を呼んできます!」と言って那古屋城内に走って行った。
万千代が「まさか父上って…」と呟くと、後ろに居た宗珊が「そのまさかかも知れませぬなこれは…」と万千代の疑問に答える。そう。万千代一行は喜六郎がどこぞの御曹司とは夢にも思っていなかったのだ。
何故なら喜六郎が着ていた服は町などでよく見かける普通の服で、しかもお供もいなかったので一行は「どこかの町人の子供だろう」と完全に思い込んでいたのだ。
喜六郎が「那古屋城へ!」と言った時も「あぁ、父親が城で勤めているのだろう」としか思わなかった。
だがそれなら門前で織田家兵士に頼んでそこで待てばいいのだが、喜六郎は何食わぬ顔で城の中へ走っていく。それを見て初めて一行は疑問に思ったのだ。
それから十分ほど万千代達が門前で待っていると、奥から喜六郎が出てくるなり大声で叫んだ。
「皆さーん!こちらに来て下さーい!」
そう言われたので万千代達は言われるがまま仕方なく那古屋城内へ入っていく。
城へ入ってくる万千代達を見ていた城兵達は、皆が皆物珍しい顔で万千代達を見る。
「あれはなんだ?商人か?」「後ろの二人は分かるがどうして子供が?」「殿がまた何かするのか?」
織田兵の憶測が飛び交う中、万千代一行は那古屋城の一室に連れてこられ今に至る。
「しかし驚きましたぞ。まさかこの尾張に土佐一条家のご嫡男がおいでになられているとは夢にも思っていませんでしたからな。しかも我らのような分家の分家の者に会われるとは、感激いたしますぞ。」
「いやぁそこまで畏まられなくてもいいですよ、家格なんて気にしませんから。自分達は旅の道中で尾張を抜けるために来ただけですので。それで偶然喜六郎殿に会っただけですのでそこまで気を回さなくても良いです。寧ろ城に招待して下さり本当にありがとうございます。礼を尽くしても尽くしきれません。」
そういって信秀に頭を下げる万千代。それに続いて後ろにいる宗珊・正直も深々と頭を下げる。
それを見た信秀は「流石は名門土佐一条家の嫡男。礼儀も弁えられている。」と心で呟く。
今こうして万千代に関心を寄せる男、『尾張の虎』という異名を持つ信秀は、頭の中で策を練り始めた。
(土佐一条家は名門中の名門。宗家は公家で後ろ盾も大きく、何より朝廷への影響力が凄まじい。何とかしてこの名家と繋がりを持っておきたいが婚姻は無理か。我が家に婚姻できる女がおらぬ。なにか手を打ちたい所だが…。さてどうするか。)
信秀が一人で「う~む」考えていると万千代から声をかけられた。
「本日は城に招待して頂き本当にありがとうございます。ですが失礼ながらそろそろお暇させて頂きます。日が沈む前に宿を見つけなければなりませんので。」
そういって万千代達は立ち上がろうとすると信秀に待ったをかけられた。
万千代は不思議に思いつつも信秀に対して「どうかなされましたか?」と問いかける。
そう言うと信秀の口からありがたい言葉が出てきた。
「もしよろしければ今夜は我が那古屋城に泊まっていきませぬか?。此方としても、喜六郎の礼をしたいので是非お受けしていただきたい。」
「なんと!よろしいのですか!?」
「勿論にございますれば。無論要望があれば女も用意いたしますぞ。是非泊まっていって下され。歓迎いたしまする。」
そう言われたら泊まっていくしかない。てか泊まりたい。
女も用意してくれると言うが、自分はまだ子供なのでそれだけは辞退した。今大事なのは美味い飯と暖かい風呂と寝やすい布団だ。船の中にいる時から体を洗いたくて仕方がない。
そんな欲望に心を占領された万千代は信秀の提案を快く受け入れた。
するとそんな所にある人物が派手に襖をあけ放って入ってきた。
「ここにいたか父上!!ん?誰だその小童は?」
そう。入ってきた人物は織田三郎信長。『尾張の大うつけ』から後に『第六天魔王』と言われるほどの苛烈な政策と先進的な政策を実施し、そして自分に反抗する数々の諸大名を次から次へと駆逐していき、遂に天下統一まで後一歩という所まで行くが、そこで重臣である明智光秀に謀反を起こされ本能寺で夢半ばにして死に、最後まで平穏という日々が無かった男。戦国乱世を誰よりも先にひた走るが故に、結局誰にもその考えを理解されなかった男。後々の日本史に多大な影響を及ぼした人物であり、もし彼がいなかったら戦国時代はもう百年続いたとも言われる程の風雲児である。
だがそんな彼も今はただの大うつけ。誰もそんな未来を知る由も無い。万千代を除いて。
「吉法師!御客人が来られているのだ!用があるのであれば後にせい!」
「そんなの見れば分かる!それよりこいつは誰なんだ?」
そう言って万千代を睨む信長。視線を感じ取った万千代は信長の方に身体を向けて自己紹介をする。
「自己紹介が遅れて申し訳ありませんでした。自分は土佐一条家から来た者です。名は一条万千代と申します。恥ずかしながら、まだ元服前です。よろしくお願いいたします。」
「うんまぁ…お前を見れば元服してないくらい俺にもわかる。年もまだ十にも満たなそうだしな。俺は織田三郎信長だ。父上が吉法師と呼んだが、それは俺の幼名だ。此処であったのも何かの縁だ、宜しくな!」
そう言って信長は万千代の隣まで来て笑いながら肩をバンバン叩いた。その様子を見ていた宗珊と正直も信長に自己紹介をするが、信長は「おう」とだけしか言わなかった。因みにその事を二人とも気にしてはいない。だがその信長の態度を見ていた信秀は溜息を吐きながら苦言を言う。
「申し訳ない万千代殿。こやつ以外の息子は基本的に普通なのだが、何故かこやつだけ手に負えなくてな。守役の平手政秀にも苦労をかけておるのだ。どうか某の顔に免じて許してほしい。」
「僕からもお願いします。兄上がご迷惑をおかけしてごめんなさい…。」
信秀がそう言うと隣にいる喜六郎までもが万千代に対して謝罪をする。
そんな様子を見て信長は鼻をフンッと吹かせると立ち上がった。
「そういえば父上に用事があったのだが…どんな内容か忘れてしまったわ。まぁ忘れる程心底どうでもよかったのかもな。それよりも万千代、後で俺の部屋に来い!面白い物を見せてやるぞ!」
そう言うと信長はそそくさと部屋から出て行ってしまった。それを見た信秀は再度溜息を吐きながら話を続けた。
「話を戻しまして…部屋は喜六郎に案内させまする。短い間ではありますが、是非尾張の味を堪能して頂きたい。よいな喜六郎?、ちゃんと部屋までお連れするのだぞ?」
「大丈夫です!無事お役目を果たしてきます!」
そう言うと喜六郎は万千代達を連れて部屋に連れていく為襖から出ていく。その後ろから万千代達は各自信秀に一瞥して部屋を出て行った。
そして一人になった信秀は静かにそこで思案し始める。
(なんとか時間を伸ばすことはできた。が、如何せん打開策が生まれた訳でもない…。この際思い切って身内の者を小姓として連れて行かせるか。しかし身内でそのような…。)
うーんうーんと手を胸の前で組みながら少し頭を捻らせていた信秀だったが、そこで「あっ」と小声で言う。別に悩むほどの事ではなかったのだ。
(喜六郎を連れて行かせれば良いではないか。あやつなら万千代殿も嫌とは言うまい。それにあやつはすぐに泣く癖がある。それを治す意味でも、武者修行をさせるか。万千代殿の元について行かせよう。もしやしたら化けるかもしれぬ。)
そう結論付けると信秀は立ち上がりその部屋から出て行く。万千代の旅が徐々に賑やかになっていくのは火を見るよりも明らかであった。そして喜六郎は後の一条家には欠かせない傑物となるのだが、それはまだ先の話である。
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「どうだ!!お前はこんな物見た事なんてないだろう!?これ全部俺が集めたものだ!特にこれを見ろ!この丸い奴はな、『地球儀』って言うんだ!それでここを見てみろ、分かるか?この小さい島が日ノ本なんだぜ?信じられるか?。こんな小さい島の中で俺達は争いを続けているんだ。本当に馬鹿な話だろ?」
ここは信長の自室であり、万千代は今此処に来ている。
いや、殆ど無理矢理信長によって連れて来られたという方が正しいであろう。
万千代が尾張の食事に舌鼓を打っていると、どこからともなく表れた信長に拉致されたのだ。
宗珊は信秀に「いいのですか?」と言われると「構いませぬ。若の自由にさせましょう」と気にも留めなかった。なお正直は酒のせいでベロンベロンに酔いつぶれていた。
「俺達日ノ本の人間が争っている最中、南蛮人共は故郷の反対側にあるこの日ノ本にまでその手を伸ばしているというのに、俺達は争いを止める所が益々戦火が広がっている。全く持って嫌な事だ。だから俺は早くこの日ノ本を治めて外の国に行きたい。」
「そんなに焦らなくても大丈夫だと思うけどなぁ。なんだかんだ言いつつもヨーロッパだって一枚岩じゃないんだから。ポルトガルやオランダだって今だけだよ。後にイギリスという世界の王者が表れるんだし。」
それとなく未来の出来事を言った万千代。彼がタメ口なのは、信長に「いつも通りの口調でいい」と言われたからである。それはさておき、万千代が欧州やらイギリスなど言った所、信長はその単語を聞いて不思議に感じてしまう。そしてその意味を万千代に求めた。
「おい。『よーろっぱ』ってなんだ?『いぎりす』ってなんだ?それになんだよ『世界の王者』って。ちゃんと教えろ。」
「あー…そうだなぁ。俺もあんまり詳しくないから多く教えられないけどそれでもいいなら教えるよ。」
「ならお前が知ってる事を全部話して貰おうか。全部話さないと部屋には返さないからな?」
「……え?」
その日、万千代が部屋に戻ることはなかった。なまじ未来の事を言ってしまったのが万千代の運の尽きであった。織田信長という人物は凄まじい知識欲がある。史実の彼が行ったその政策の中には南蛮から得た知識や、それを利用して戦に応用したりしている。鉄砲を多量に使用した『長篠の戦い』が、その代表例であろう。ただ鉄砲に関しては『三段撃ち』という逸話があるが、実際には『三段撃ち』ではなく、隣にいる兵士と分担して弾込めと打ち手を行ったと言う説もあるが実際は分からない。だが弓や騎馬隊が主力という戦国時代において鉄砲という南蛮由来の兵器を集中運用して、その有用性を知らしめたのは事実である。そのお陰で後の戦においても、鉄砲という兵器は戦には絶対に欠かせない重要な存在になっていくのである。
話を戻そう。つまり万千代が言った言葉は、信長の知識欲を刺激するには十分な要素であった。
そしてその万千代から得た知識は、後の信長の人生において多大な影響を与えることになる。
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「此度は本当にありがとうござい申した。尾張の食材は本当に素晴らしい物で御座いました。」
「なんのなんの。此度の事は私達がお願いしてやらせて頂いたものです。礼を言われる筋合いは御座いませぬ。それよりも吉法師の事で本当にご迷惑をおかけし申した。あー…万千代殿、大丈夫ですかな?」
「ハハハ…。徹夜は慣れている事と今まで思っていたのですが…そんな事は無かったデス…。ネムイ。」
あの後万千代は信長に付き合わされ、その頭に覚えている限りの知識を徹夜付けで信長に吸い取られてしまった。確かに徹夜に慣れていた筈の万千代であったが、ただの徹夜なら兎も角、ひたすら質問され続けるという行為なのが駄目だった。朝に宗珊が信長の部屋を訪れた時に見た物は、へたり込んでいるレイプ目の万千代とその横で気持ちよさそうに爆睡する信長の姿であった。
その後宗珊に着替えを持ってきてもらい、尾張の冷たい水で洗顔する事で多少の気力を回復した万千代だが、現在那古屋城前で信秀と別れの挨拶をしている中、その気力は既に尽きかけていた。
なお信長は爆睡中により此処には来なかった。来ているのは万千代一行を見送りに来た信秀とその護衛達である。喜六郎はまだ来ていない。
「吉法師の事で大変なご迷惑をおかけし申した。そしてそれに付け加え是非お願いしたい事が御座いまするがよろしいか?」
完全に自我を失いかけている万千代に代わり、宗珊が信秀の提案を聞く。
「信秀殿には一宿一飯の恩義が御座いますれば、是非何なりと我らにお申し付け下され。今此処で腹を切れと申されれば切りますぞ?」
「いやいや!そんな物騒な事では御座らん!恥ずかしながら、我が息子の喜六郎の事に御座る。あやつはまだ万千代殿と近い年頃では御座いますが、如何せん万千代殿程の才があやつにはまだありませぬ。そこで、万千代殿の小姓として旅にあやつも連れて行ってやって下さらりませぬか?。そして旅が終わった後も土佐一条家の一家臣として仕えさせてやって下さりませぬか?。それに付け加え、迷惑なのは承知でお願い申す。宗珊殿にはあやつを鍛えてやっては下さらぬか?。これは土佐一条家の出来人である宗珊殿にしかお願いできませぬ。どうか聞き入れては下されぬか?」
要するに喜六郎を家臣として召し抱え、宗珊に鍛えてほしいのだ。
だが宗珊は提案を聞くや否や、気持ちのいいほどの笑顔を見せてそれに答えた。
「そんな事に御座いましたか。是非某で良ければ若と一緒に厳しく鍛えますぞ!。喜六郎殿は鍛えれば必ず化けると思っていると思っておりますれば。若も意識を取り戻したとしても頷く事でしょう。」
「そうですか聞き入れて貰えまするか!いやぁ本当に有難うございまする!是非我が息子をお願いしまする!」
そう言う信秀の心の中では「これで土佐一条家と繋がりが出来たわ。後はこの芽がどう出るか。」と考えている。勿論それは半分の気持ちで、もう半分は喜六郎を鍛えて立派な武将として育ててほしいという親心がある。そんな話をしていると喜六郎が馬に乗って万千代達の元へ来た。
「父上~!言われた通り荷物と馬を持ってきました~!でもこの荷物は何なのですか?中身は殆ど僕の物で溢れておりますが…。」
馬を下りてそう話す喜六郎に信秀は答える。
「うむ。今回お主を呼んだのは他でもない。今より万千代殿に仕えて付いて行け。既に話はついておる。儂や他の兄弟に構わず、土佐で一武将として生きてゆくのだ。良いな?」
それを聞いた喜六郎は目をパチクリさせる。それもそうだろう。いきなり家を出て行けと言われたのだから。そして徐々に信秀に言われた事を理解していくと、喜六郎は女性顔負けの顔についている大きく綺麗な瞳に水を溜めて呟いた。
「………やっぱり父上は…僕がいらないんですね……ヒック………ヒック…。」
そう言うと喜六郎は手の甲で目を拭いながら、しかし手の甲から溢れる水を抑えられずそこから滂沱の涙を流す。それを見た信秀は少し溜息を吐きながらも、喜六郎に近づき抱きしめながら喜六郎に言葉をかける。
「馬鹿者。何処に息子を嫌う親がいる者か。儂がそう言うのにはちゃんと理由がある。よいか、心して聞け。お主はまだまだ幼い。それは歳的にも、精神的にもだ。だが如何せんお主は直ぐに泣く。それが些細な事でもだ。ただの民草の子としてならそれでも構わんが、お前はこの信秀の子、つまりは武士の子よ。そんなお前が泣いてばかりでは将来一軍の将として兵を率いる時、他の者に示しが付かぬであろう?。ならどうすればよいか。それはお主自身が強くならねばならん。お前は『尾張の虎』と呼ばれる儂の子だ、ならば必ずお主は何かを成し遂げる男になると、儂は信じておる。感情に任せてお主を家から出て行かせるわけではない。儂はお主に強くなって欲しいのだ。何処へ行っても織田の名に恥じぬ立派な武将にな。」
泣いていた喜六郎は、信秀の話を聞くと徐々にだが泣き止んでいく。それを確認した信秀は話を続ける。
「だからお主を万千代殿について行かせるのだ。土佐一条家家臣としてな。それと再度言っておく。息子を嫌う親はいない。わかったか?」
喜六郎は黙り込む。その目はまだ赤いが涙は止まっていた。
「……僕の…為…なんですね父上。」
「そうだ。お主の為だ。もしかしたらこれが最後の顔合わせになるかもしれん。だが、それでもお主を行かせる。よいな?」
そう聞くと喜六郎は心を決めたのか、服の袖で目を拭うと信秀に言葉をかける。
「わかりました。織田の名に恥じぬよう、頑張ります。そして…もっともっと強くなります!次に父上と会った時、父上が驚いて白髪になるくらい頑張ります!!!」
「うむ。ではお主に名をやろう。少し早いが元服させるとする。これより『織田喜六郎秀孝』と名乗れ。元服の儀が出来ない代わりと言っては何だが、お主にこの刀をやろう。」
そういって信秀は腰につけていた刀を喜六郎に渡す。その刀の名は『国次』と言われ、本来であれば1581年に信長が秀吉に褒美として与えられる刀である。
「こ、これを頂いてもいいんですか!?」
そんな刀を貰えるとは思ってもいなかった喜六郎は先ほどまでの泣き顔から一転、目を光らせてその刀をまじまじと見る。そんな様子が可笑しかったのか信秀は喜六郎を見ながら少し吹いてしまった。
「フフッ。この刀を使いこなす時こそ、お主が織田の名に恥じぬ武将となったときであろうな。」
そんな織田親子のやり取りを遠目で見ていた宗珊と正直はお互いに「家族とはこうありたいものですな」と話し合っていた。この戦国乱世においては、身内ですら敵となってしまうのだ。
そんな時代において父である信秀と子の喜六郎のやり取りは、まさに日本男児として斯くありたいと思ってしまう。だが油断していては直ぐに殺されてしまうのがこの戦国乱世。その時代の中で一瞬でも家族の温かみを噛み締める喜六郎を、宗珊と正直は羨んでいた。二人共既に親が居ない身としてはそれは叶わぬ思いであった。
「さ、そろそろ参りましょうぞ。いつまでも此処に滞在していては旅の目的が達成できませぬ。」
宗珊がそう切り出すと喜六郎は持ってきた馬に跨る。その腰には『国次』があり、その姿は幼いながらも一武士としては立派だ。喜六郎が跨ったのを見ると、万千代が完全に意識を失ったのに気にも留めず、宗珊達は信秀に一瞥して那古屋城から出ていく。因みに万千代が乗っている馬は正直に引っ張られている。那古屋城門前から一行を見守っている信秀がギリギリ見えるくらいになった頃、喜六郎は張り裂けんばかりの声で叫んだ。
「父上~!絶対に僕強くなるからね~!!」
その声が聞こえたのか、信秀は片手を振る。その様子を見た喜六郎は新たに気持ちを引き締めながら那古屋城から離れて行く。そんなやり取りを城の陰から見ていた男がいた。
「………大きくなれよ。わが弟よ。俺もお前に負けず大きくなってみせよう。織田家を拡大させ、この日ノ本を統一し、この地に産業革命を起こす程になッ!」
声高々に己が野望を発した男は、自室で寝ていた筈の信長である。彼は寝ているふりをしていたのである。厳密にいえば、宗珊が万千代を迎えに信長の部屋へ迎えに来た時から起きていたのだ。
その後、信秀の門前のやり取りを聞いていた信長は一人野望を吐露する。
徹夜で万千代から吸い取った知識は、信長の野望計画を大きく修正されていた。
「俺の野望を実現させるにはまだまだ時間と問題が有る。まずは父上を説得して尾張を統一させねばならんな。もう本家など必要ない。格式すらも必要ない。力無き者は滅びるだけだ。クックック……。」
万千代が意識を失っている間、戦国乱戦の風雲児が動き始めていた。
Twitter始めました。「鉄の男@小説家になろう」で探してくれれば見つかるかと思います。
主に小説の進行状況を呟きます。ですがそんなに呟きません(汗)。
はい、それだけです(汗)




