第九話 招かねざる敵
この前自分の作品に対する評価ポイントというもの見たとき、
こんな作品が多くの方々にみられていることに驚きました・・・・。
本当にありがとうございます!
これからもお付き合いのほどよろしくお願いします!
空が満点の星で埋め尽くされた頃、馬から降りた万千代と宗珊が中村御所の門の近くまで歩くと門の所に門番とは違う人物が四人並んでいた。
万千代と宗珊は二人して「誰だ?」と考えたが、四人のうちの一人が直ぐに言葉を発したので直ぐにわかった。
「全く、二人ともそんな泥だらけになりおって・・・・。いや、泥だらけなのは構わんがせめてもう少し早く帰ってこんか。既に日が落ちてどれ位経ったと思っておるんじゃ?」
万千代の父・房基だった。
万千代は目を凝らして隣の三人を見ると、左から順に母の千代・広姫・千姫が並んでいた。次女の広姫は千代の裾を握って万千代を見ていて、長女の千姫は万千代にどんどん近づいていく。なにやら不満そうな顔なので万千代は理由を聞く。
「千どうしたんだよ?どうしてそんな眉間に皺を寄せているんだ?」
「兄様のせいでまだご飯食べてないの!兄様が帰ってこないから私だけ我慢してたの!どうしてもっと早く帰ってこなかったのよ!」
そう言って万千代に怒って話しかけていると、千姫は万千代の背中にいた人物に気付いた。同じくそれに気付いた房基・千代夫妻も広姫を連れて万千代の背中を見る。そして房基は驚きながら言葉を告げた。
「万千代、こやつは何者じゃ?どうして布一枚でお主の背中で寝ておるんじゃ?場合によってはただでは済まさぬぞ?」
「ち、違います!この人は木の陰でもたれかけていたのです!宗珊と一緒に近づくと既に虫の息でしたが、宗珊の手厚い介護のおかげで生き長らえたのです。」
「いやいや、介護と申されましたが、水と握り飯を食わせただけで御座いますれば。それに拙者だけだとこやつには気が付きませんでした。全ては若の手柄ですぞ。」
余り注目されることが好きではないのか、宗珊は控えめにそう告げた。
房基はそれを聞くと、改めて万千代の背中で寝ている男を見た。
農民ではない。体の肉付きや髪の美しさを見るに、何処か大名に仕えている武士の息子か。だが筋肉がそれほどない事からその考えは消える。ならばどこぞの大名の息子だろうか?。男を見る限り余程大切に育てられたであろう事が伺えられる。
男と言うが、女物の着物を着ればただの綺麗な女子にしか見えない。
それ程の奴がどうして此処・一条領の中にいたのだろうか。
そんな事を考えている房基を置いて、隣では千姫が男を見ながら少し顔を赤くして言葉を発した。
「とても綺麗な方ですが・・・少し汚いですね・・・色々な所が・・・」
先程の万千代に怒っていた時の言葉使いとは打って変わり、今は普通の姫らしい言葉使いに戻っていた。だが千姫の指摘で、早々に風呂に入れなければならないことに気付いた万千代は千代に言葉を告げる。
「母上!風呂は沸いていますか!?早くこの方を風呂に入れなくては・・・」
「分かっています。さ、私についてきなさい。」
千代も男の事は気になるが、まずは手当をしなくてはいけないので急いで中村御所の風呂場まで万千代を連れていく事にした。
万千代は男を背負いながら小走りで千代の後についていく。妹の千姫と広姫も万千代を追ってその場から去って行った。
残っていた房基も宗珊を連れて御所の中に戻ろうとするが、その前に房基は宗珊にある事を話し始めた。
「宗珊。実は話す事があるんじゃが、良いか?」
「拙者は構いませぬ。何かあったのですか?」
「まぁここではなんじゃ、儂の自室で話すとしよう。」
そう言って房基は宗珊を連れて御所の自分の部屋に連れていくのであった。
途中で羽生監物にも合流して話をすることになった。
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「さて・・・殿、話の続きを聞きましょう」
中村御所内の房基の部屋に入った宗珊は改めて房基の話を聞く。
隣にいた監物はあらかた知っているので、監物はジッと耳を傾けるだけにした。
「うむ。実はな、豪族撲滅の件なんじゃが、殆ど領内の豪族達は殲滅したのじゃ。じゃがな、厄介なことになってしまった。」
「厄介・・・とは?」
「・・・・北の伊予から西園寺が出張ってきよった・・・」
そう聞くと宗珊は目を見開いて驚いた。今の一条家は西園寺家に何もしていない。どうして西土佐を攻めに来るのか分からなかった。
そんな宗珊の考えを見抜いた監物は、ゆっくりと口を開いて宗珊に言葉を告げた。
「生き残った豪族たちが西園寺家に助けを乞うたのだ。そして西園寺は兵を起こしたという事よ。しかもな、その隣の河野家とも停戦したらしいのだ。これは明らかに我らが治めるこの西土佐が欲しいがためよ。まだ領土侵攻には至っていないが、物見によると豪族達と合わせて既に三千五百の兵が集まっているらしい。」
「なんという事でござるか・・・・」
宗珊はそう言いつつも、これからどうすべきか考えていた。
大友家に援軍を頼むか?いやそれだと一条領内に大友家の影響力を持ち込んでしまう事になる。なるべく他家の力を借りるべきではない。
ではどうすればいいのか。今一条領内で徴兵は避けるべきなのだ。
今の農民達は万千代の内政改革途中で手一杯であり、もし戦なんぞしようものなら大事な労働力が失われてしまうかもしれない。たしかに領土を守ることも大事だが戦で勝っても内政基盤が壊れてしまったのでは元も子もない。だがこのままでは負けてしまうだろう。今の一条軍の数はおよそ千五百、西園寺軍より二千足りない。
豪族達は各個撃破が出来たので千五百でも問題なかったが、今回は既に兵が集結しており各個撃破が出来ない。今一条家は危機に陥ってしまった。
「・・・・これは某の考えですので軽く考えていただきたいのですが、若様に一度聞いてみるのはどうでしょうか?ただこれは某がなんとなく考えただけですので、却下していただいても構いませぬ。」
監物が考え込んでしまっていた二人にそう告げた。
それを聞いた房基は監物を睨んだ。だが口元は少しだけ笑っているのを、監物は見逃さなかった。そして宗珊も同じく見逃さなかった。
「・・・この際仕方あるまい。この件はまた明日の夜話すとして、その時万千代も呼ぶことにする。とりあえず今日は飯を食べて早く寝た方が良かろう。明日も田畑へ出かけるのであろう?西園寺の事も気がかりであろうが、奴も儂の事を知らぬ訳ではあるまい。まだ手は出してこないであろうよ。宗珊、万千代の事をくれぐれも頼むぞ?」
「承知にございまする。殿は安心してこれからの策を考えていて下され。拙者は今から若の様子を見にいき、その後休ませていただきまする。」
宗珊はそういうと房基の部屋から退出して万千代のいる風呂場へ向かった。
監物も「用がある」と言って宗珊に続いて部屋から出て宗珊とは逆の方へ歩いて行った。残った房基は自室で少し思案していた。
「万千代の背中にいた男・・・・まさか・・・・」
そう一人で呟くと房基も自室から出て風呂場へ向かうのだった。
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宗珊と房基が風呂場へ向かう頃、風呂場では少し賑やかな状態になっていた。
万千代は風呂場へ男を背負っていき、男を洗ってあげるために自分も泥だらけになった服を脱いで、また男を背負う時、男は目を覚ましてしまった。
男は今の自分の状況が把握できてなかったので、タジタジになっていた。
「あの・・・どうして僕たち裸なんですか?」
「あ、起きたのか!いやぁよかったぁ!!このまま目を覚まさないのかと思ったよ~!。名前を読んで起こそうにも君の名前知らないから呼べなくてさ~。いやぁ起きてよかった!」
男の質問に答えるどころか、全然そんなこと気にせずに万千代は喜んだ。
なにぶん馬に乗っている時からずっと起きないのだ。途中から万千代が「こいつ生きてるのか?」と思うほど目を覚まさなかったのだから仕方ない。
万千代が自分の名前を知らない事に気付いたので、男は改めて自己紹介をすることにした。
「は、初めまして!僕は弥三郎と言います!先ほどは助けて頂き、本当にありがとうございました!あとどうして僕と貴方は裸なのですか?」
さっき質問しても返答がなかった質問を自己紹介に混じって聞いた万千代は、今度こそその質問に対して返答した。
「弥三郎かぁ!いい名だね!それよりまずは質問の返答だな!少し長くなるがいいか?」
そういうと万千代は弥三郎が今の経緯に至るまでの事を全て大まかに話した。
聞いている弥三郎も徐々に薄れていた記憶が甦る。
そう、僕はあれ程会いたかった一条家の嫡男・万千代様に助けられたんだ。
どうしてあそこでもたれ掛かっていたのかも思い出す。
食べる物がなく、衣服もなく、歩き疲れたあと気を失ったのだ。
色々思い出しながら弥三郎は震え始めた。それは怖さ故の震えではない。
嬉しさ故の震えであった。確かに今の今まで悲惨な目にしか会っていなかったが、最後の最後に自分の目標は達成された。それが嬉しくてたまらないのだ。
弥三郎が震えているのに気が付いた万千代が「大丈夫?」と聞くと、弥三郎が万千代に抱き付いてきた。いきなりの行動だったのでさすがの万千代もバランスを崩して座り込んでしまった。因みに状況は弥三郎が万千代に対してだいしゅきホールドをしている感じである。
「ちょちょ!この体制は色々な意味で危ない!!早くどいて!誰か来たらまずいから!!」
「あ!すいません!余りの嬉しさに抱き付いてしまいました・・・・。でも本当に万千代様に助けられて感謝してもしきれません!もし万千代様が望むのであれば、この身体も心も全て万千代様に捧げます!」
そう言いながら万千代から離れる弥三郎であったが、万千代は直ぐに首を横に振った。
「いやいや!俺は衆道なんて趣味ないから!心だけで十分です!それよりも早く風呂に入ろう。君・・・じゃなかった、弥三郎君の体に付いた汚れを落とさないと、その後に弥三郎君の話を聞く事にするよ。」
それをきいた弥三郎は驚きながらも風呂に入ることにした。
身体を流し、風呂に浸かりながら弥三郎は考える。
彼は僕が何を話すのか分かっているのか。どうしてそう思ったのか。
弥三郎が質問すると万千代はこう答えた。
「いや、だって見た目からして絶対農民じゃないよね?何処かの国の家臣の息子だったんじゃないかなぁって思っただけだよ。話っていっても俺が色々聞きたいかな。だから殆ど感だよ。」
「そうだったのですか。あ、因みに僕は長宗我部国親の元嫡男です。元の家は東土佐の岡豊城です。」
「ふ~ん長宗我部国親の元嫡男だったのか~・・・・って」
万千代が勢いよく風呂から立ち上がったのでお湯が少し漏れてしまったが、
今の万千代はそんな事どうでもよかった。
直ぐに弥三郎に話しかける。
「ウソ!?本当に!?なんでご嫡男様が此処にいるの!?てか元ってなに!?家捨てたの!!??」
「はい!万千代様に会うために自ら廃嫡して城から抜け出してここまで来ました!
確かに寂しいかと聞かれればとても寂しいですが、何よりも自分の意思を信じて来たので悔いはありません!」
そう告げた弥三郎は胸を張って威張るが、万千代は逆にあきれ返っていた。
何処の家に進んで自ら廃嫡して別の家に行こうとする人間がいるのか。
いや万千代の目の前にまさしくそれが存在している訳だが。
だが逆に好都合だとも思い始める。
史実では姫若子から鬼若子に変貌をとげ、遂には四国を統一した人物が、
自分を慕って此処に来てくれたのだ。
もしうまくいけば、この一条家に史実の元親の息子、信親までもが仕えることになる。彼はとても素晴らしい人物で、誰からも未来ある人物として見られていたが、豊臣秀吉の九州征伐の折に討ち死してしまい、信親死後の元親の人の変わり様は凄まじかったと聞く。もしこの一条家にいれば、そんなことは起きないはずだ。
それだけではない、もし信親がいなくなってもその弟・盛親がいる。彼は猛将だったと聞くし、損はない。早めに手を打っておいた方がいいかもしれない。
万千代はそう結論付けると、再び風呂に浸かり弥三郎に向き直る。
「弥三郎君は一条家に仕えたいの?」
「弥三郎でいいですよ。そうですね、厳密にいえば、万千代様に仕えたいです。その理由もお風呂から上がった後お話しします。いいですか?」
「それは別に構わないからいいけど、俺からしてみれば是非仕えてほしいなぁ」
「大丈夫です。もう家に帰るつもりはないので、もし万千代様が良いというのであれば、一条家に仕えさせていただきます。」
「その言葉で安心したよ・・・。」
二人はほかにも日常的な会話をしながら風呂に入っていたが、風呂場の入口からずっと耳を立てて話を聞いていた人影が言葉を発す。
「まさか・・・あやつが国親殿の息子とは・・・・只者ではないと思っていましたが・・・・まさか・・・」
「やはりのう・・・さすが「姫若子」と呼ばれるだけあるわい。宗珊、儂たちはしばらく見守ってやった方がいいかと思うぞ?」
「分かっております殿。若に危害を加えなければ手は出しませぬ。」
人影・・・宗珊と房基はそう短く話をすると風呂場から離れて行った。
既に一条家の歯車は本来の歴史とはかけ離れて回り始めていた。
それは将来の元親になる人物、弥三郎の未来の悲劇をも救うのであった。




