実況者は、
静かな昼下がり。
今日も今日とて、俺は録画ボタンを押す。
「はい、どうもエレキです。それでは今回も実況を始めて行くんで、よろしくお願いします」
――この前のことだが。
何故、パソコンでゲームをしているだけだというのに録画等の機能を使っているのかという我が妹、結衣の質問……というか脅迫だな、あれは。
それに上手く誤魔化すことさえできなかった俺は、あれよという間に全てを白状してしまった。
そう、いわゆる身バレしてしまったってことだ。
しかも一番ばれたくなかった相手に。
その日の晩は実況者をやめる、やめないで頭の中が一杯になって眠れなかったがとりあえず実況は続けることにした。
偶にそれをかなり後悔するときもあるけど。
理由はまあ、後で。
そんなこともあったが、今俺は最近出来た余り知名度のないゲームの収録を始めている。
何で知名度の低いゲームをやるのかというとあまり有名なゲームをやってしまうと、既に人気実況者の方々がやっている可能性があるからやりにくいのだ。
そのゲーム名のタグが人気になって、俺の実況動画の閲覧数が増えるっていう利点もあるけど、その反対にコメントが
「〇〇の方が面白い」
「〇〇はもっと上手くやってた」
等で溢れかえってしまう難点が。
特に俺は探索が甘いところがあるし、トークもそこまで上手くないから余計に怖い。
そういうわけで、俺は有名なゲームよりも隠れた名作ゲームを好んで実況する。
人気にあやかれない分、再生数も低いけど。
「それじゃあ、今回もフリーホラーゲームです。突然の俺の悲鳴にご注意下さい」
最近、嬉しいことに
「ゲームの演出より主の悲鳴にびっくりする」
なんてリアクション系実況者にとっては嬉しいコメントが増えてきたから、一応これからこの注意をして実況に入ることにした。
あとの注意は……編集で画面の下の方にテロップでもいれておくか。
あまりゲームの前にグダグダされても視聴者は面白くないだろうし。
「では今回実況させていただくゲームは、学校の廊下をメインとした――」
「あっお兄ちゃん、勝手に実況しないでって言ったのに何してるわけ!?」
「うっわ……ここカットで」
これだよ。
俺が実況を満更でもないが続けざるをえなくなった理由と、すっっごく続けたことを後悔した理由は。
「はい、皆さんこんにちはー。今回も登場しました、エレキの妹でーっす」
これ見よがしに俺が吐き捨てた溜息をものともせずに結衣は俺からマイクを奪い取ると、まだそんなに実況の回数もこなしてないというのに実に手馴れた様子で結衣は挨拶を終わらせた。
何で俺よりもベテランみたいな顔して挨拶してんだよ、という俺の文句は心の中に仕舞っておく。
あとで編集すればいいとは言え、一応今も収録中なわけだから内輪もめをするわけにはいかない。
俺も身バレしてしまった時の実況中に喋りが上手い相方が欲しいなとは思ったが、何で俺は今……実の妹と実況してるんだろう。
遠くなりそうな意識をなんとか保って、現状の原因となった『あの日』の光景を思い出した。
「――はあ? ゲームの実況を録ってた?」
「……はい」
最悪だ。
よりによって結衣にばれてしまうなんて。
どうするんだ。
この場を切り抜ける方法を今すぐ考えろ、俺。
何とかしないと色んな意味で終わるぞ。
いつもなら結衣が喚きたてるから、それを適当にあしらって違う方に話題を向ければどうにでもなるがまずいことに何故か結衣が全く喋らない。
何でもいい。
頼むから何か喋ってくれ、この際、俺を罵る言葉でもいいから……!
「ね、お兄ちゃん」
「な、何」
待ちに待った結衣の言葉に俯きかけていた顔をあげる。
そのとき俺は、気付くべきだったんだ。
何かあればここぞとばかりに騒ぎ立てる結衣が、至極冷静な声を出していたことに。
この状況を打破しようと必死になっていたその時の俺には……分かるはずも無かった。
別に実況自体を見られるのは特に何も思わないから、俺は素直に最近に投稿した動画を見せることにした。
動画を見せている間にこの後どうするかを考える良い時間稼ぎにもなるし。
『どーも! 初見さんの方は初めまして。俺の前回の作品を見てくれた方はお久しぶりです、エレキと申します。今回俺が実況させていただくゲーム、フリーホラー『化け物の住む館』それではパート1、始めていきたいと思いまーす』
「うわ、ほんとにお兄ちゃんだ。でさ、エレキって何?」
「名前に関しては何も言うな」
エレキって名前は俺が名前を考えていた時に、学校で俺の隣の席のやつが休み時間に
「オレさ、ギター始めたんだよねー。いやいやいや、アコギじゃなくてエレキのやつ。かっこいいだろ」
って話してて、そのときにエレキってなんか言葉の響きいいなと思ってそのまま即決で決めてしまったとか、そんなどうでもいい話は置いておく。
動画を見せている間、結衣は最初の第一声以外は静かに動画を見ていた。
もっと色々言われるかと思っていた俺には拍子抜けしたが。
――どうしよう。
特に何の対策も考え付かないまま動画が終わってしまった。
しかも見終わったっていうのに結衣が一言も発さないんだけど。
「……一応聞くけど動画、どうだった?」
「ね、お兄ちゃんこれどうやって録ってるの?」
「俺の発言は無視かよ。これ? これはマイクとか機材が――」
「何言ってるか全然わかんない」
「まだほとんど何も言ってないぞ」
聞いておいて理解する気はないらしい結衣に本日何度目かの溜息を吐く。
感想については流されたが、動画の録り方を聞いてきたということは少しは実況に興味をもったってことだろうからそんなに俺の実況は不評ではなかった……とは思いたい。
「次はいつ録るの?」
「次? 次は母さんとお前がいないとき」
「へー」
……そして、今に至る。
あれから何度か実況を録る機会があったのだが、目敏く結衣がそのことに気付いて俺の実況に割り込むようになった。
理由は教えてくれないが、どうせ結衣のことだ。
コメントで自分が褒められてるのを見て嬉しくなったんだろう。
褒め言葉に弱いというか、お世辞や嫌味にも気付かないくらい単純だからなあいつ。
確かに、俺は以前から“いい感じのリアクションをしてくれる相方が欲しい”とは思ってた。
でも
「おわぁあああああ!!」
「お兄ちゃん叫びすぎでしょ。って、ちゃんと操作してないと終わる……あーあ、ゲームオーバーだ」
「えっと、多分この仕掛けはさっきのメモで」
「全然わかんないんだけどー。どういうこと? なんでこの数字になるの?」
「後で説明するから静かにしてくれ」
妹に相方になって欲しいとか一言も言ってない。
何でこいつがちゃっかり参加してるんだよ意味が分からないんだが。
しかも結衣が参加してから男性リスナーからのコメントがかなり増えた。
まあ、否定的というか批判するコメントも徐々に増えてきたのだが。
結衣は俺よりゲームの操作が上手くて、大人数に追いかけられる系のゲームでも、難なく逃げることができる程なのだが謎解きが極端に苦手で特にそのことに関してのコメントが多い。
「そういえば、あたしの実況者名考えてきたんだけどあ――」
「ゲストでいいだろ。次の動画から俺の友達呼んで実況するから、呼ばれてきた人は全員ゲストって呼ぶ」
「はあ!? あたしはもうメインメンバーでしょ」
「そんなわけないだろ。勝手に割り込んできて何言ってんだ」
ありえないんだけどとか騒ぐ結衣を放置して実況を進めていく。
俺はトークが下手だ。
操作も得意じゃない。
で、だ。
妹が参入して色んな意味で賑やかになってきた俺の動画を見直して、いくつか思ったことがある。
それは、苦手な部分を補える誰かを呼んだらいいってこと。
トークが得意な人、操作が上手い人を呼んで二人か三人で実況したらいい。
ただし妹は除く。
確か実況に興味ありそうなやつが数人知り合いにいたから、今度落ち着いてきたら頼んでみよう。
編集の仕方を変えてみるのもいいかもしれない。
次の実況するゲームはトークが得意な人を呼ぶ場合はいつも俺がやっているようなフリーホラーじゃなくて、もっとゆっくりできそうな――
「ねえ、お兄ちゃん。今度あたしも生放送やりたいからプレミア会員になってコミュニティ作って」
「頼むから一回黙ってくれ」
目下の最大の悩みは、結衣をどうするかで決まりそうだな。
先か思いやられる。
……さて、そろそろ時間だ。
両親が寝て、さっきまでうるさかった妹が寝て……
物音一つしない薄暗い部屋で今日も俺は――
「はい、どうもエレキです。それでは前回の続きから始めていきましょう」
実況者は、続けるのが大変でたまに身バレした上に乱入者が現れるピンチが訪れたりするけど楽しい、から。
俺は多分、これからも実況を録り続けるのだろう。
やっと終わらせることが出来ました。
ちょっと終わり方が雑なのが申し訳ない。
ちょっと思い入れの強いお話だったので書き終えることができてよかったです。
それでは、長々とすみません。
前話、前々話…そしてこの最終話を見てくださった方本当にありがとうございました。