序 ~ 初陣 ~
序 ~ 初陣 ~
人一人が椅子に座り、多少体を動かせる位の狭い空間にある座席に腰掛け、佐々木優、いや今は悠陽か、彼はドキドキと早鐘のごとく脈打つうるさい心臓の鼓動をどうにかおさめようと深呼吸を繰り返した。ポツポツと脈打つようなこの薄暗い空間、人型機動兵器“トルーパー”のコクピットの中を照らす計器の灯りに極度の緊張で青ざめた顔を浮かび上がらせるたび、真新しいコンソールの表面が強張った表情を浮かべた顔を映し出す。
「敵予想索敵範囲到達まで約三十秒。有効射程距離まで約九十秒」
通信機のスピーカーから阿求亜と紹介されたオペレーターの少女が刻一刻と進む状況を報告する声が聞こえ、コンソールの右端の通信者の表情を映すモニターにも真剣な表情で、数字を読み上げる蒼いセミロングの髪をポニーテールにした少し釣り目がちな少女が映っている。この少女が阿求亜で、年齢などはその整った笑顔で詳しく聞くことは出来なかった。もちろんマナーの面でも悠陽に聞く度胸などなかっただろう。
悠陽は落ち着かない様子で握った操縦桿を人差し指で、コツコツと拍子を刻むように叩きながらその声を聞く。先ほどまでしていた深呼吸は、あまり効果が表れていないようだ。それでも時間はやはり確実に過ぎていき、悠陽達の出番が刻一刻と近づいてくる。
「五、四、三、二、一……予想索敵範囲内に入りました。敵艦反応まだありません」
阿求亜の声に多少の失望と大きな歓喜が篭る。
この海域を荒らす海賊のような相手は、こちらが予想していたよりもその錬度は低かったようだ。
悠陽は“ホゥ”とひとつ息を吐き出し、体に入る余計な力を抜こうとその行為が報われるかは別として努力はしてみる。強く握り締められている操縦桿を見る限り、その効果が表れているとはいえないようではあったが。
「さぁ坊や達、もうすぐ私達の出番だよ。若干拍子抜けするような相手のようだけど気を抜くんじゃないよ、いいね!」
コンソールに新たな通信相手が浮かび上がり、威勢の良いハキハキとした声が通信機のスピーカーから聞こえてきた。悠陽の姉、佐々木瞳、いや此方も今はRainと言うべきなのだろう、モニターに映る彼女はその整った顔にニヤリと不敵な笑顔を浮かべて悠陽を、いや通信を聞いているトルーパーパイロット全員を見ている。
「今日はスポンサーが大盤振る舞いしてくれているから、いつもはケチってる花火をバンバン打ち上げるよ! スポンサーは派手な戦いをご所望のようだからね」
「姐さんが一番うれしいんじゃないんですかい?」
Rainの言葉にアルターと名乗ったトルーパーパイロットが軽口を合わせると他のパイロット達も“違いない”“一番派手好きなのは姐さんじゃないか”等々通信機から言葉が次々と流れ出てくる。
「うるさいよ! いいかい坊や達。この敵艦は今回のミッションの前哨戦だよ。こんなカスい艦一隻で終わるわけじゃない長い長いミッションだ。こんなとこで撃墜されるんじゃないよ、いいね!」
Rainは軽口からワイワイと騒ぎ始めたパイロット達を一喝して黙らせると発破をかける物言いから一転、真剣な表情でパイロット達に注意を促す。それを聞いているパイロット達もこれが初陣の悠陽以外は落ち着いたもので、皆、その表情には自信が表れておりRain同様獰猛で不敵な笑みを浮かべていた。
「わかってますよ、姐さん。俺らもいったいいくつミッションこなしてきたとおもってんで?」
「そうそう。一応はこれでもプレイヤースキルはそこそこあるつもりなんですけどねぇ」
「でもカスパーはうっかりと撃墜されるんじゃないか?」
「おいおい待てよ。それはオレが下手だってことかぁ? 喧嘩なら買うぞ」
「おっ、いいねぇ。誰が撃墜数トップか競争するか?」
言葉通りのものを持っているのだろうパイロット達の迷走し始めた言葉をRainは笑顔で聴く。実際口で言うほどこのパイロット達を心配していないのだろう。率いるものとしての責任感が注意を促し、パイロット達はパイロット達で初陣の緊張に固まっている悠陽を解してやろうと軽口と威勢の良い言葉を繰り返している。
「三、二、一……有効射程距離に入ります。全砲門照準よろし。一斉射を秒間十で三回行った後、トルーパー射出します。皆さん、準備よろしく願います」
パイロット達の軽口の間にも続けていた阿求亜の状況報告が軽口が途切れた、いや軽口の間にもしっかりと阿求亜の声に注意を向けて聞いていたパイロット達がタイミング良く軽口を切り上げ、阿求亜の声だけがコクピットの中に流れることになったのだろう。
「さぁ聞いての通り狩りの時間だよ、坊や達。気合を入れな!」
阿求亜の報告通り始まった砲撃だろう低く腹の底に響くような振動の中、阿求亜の後を引き継いでRainが声を張る。
「坊や達、あたし等はなんだい?」
「俺達は狩人!」
「坊や達、目の前の艦はなんだい?」
「俺達に狙われた哀れな獲物!」
「なら坊や達、あたし等の狩りを始めるよ。哀れな獲物にあたし等の狩りの恐ろしさ、存分に教えてやりな!」
「Yes,Mom!」
Rainの問いかけに悠陽以外のパイロット達が腹の底から張るような声を揃えて答える。出撃前のいつもの精神を高揚させ、スイッチを切り替えるための大事な儀式。彼らはこれをすることで戦いに集中する。
「Rainさん、アルターさん、カタパルト接続完了。五、四、三、二……射出します」
ゆっくりと格納庫のハッチが外側に倒れるように開き、そこにカタパルトのガイドレールが現れた。
一番デッキ、二番デッキに固定されていたRainとアルターのトルーパーがデッキごとカタパルトへとベルトコンベアーの上を滑るように流れていったその後ろではベイト機、カスパー機がRain達の後を追うように次の射出に向け、カタパルトへと流れていく。
阿求亜のカウントダウンでカタパルトに固定されたRainとアルターのトルーパーが強力な磁力を用いたリニアカタパルトに押し出されるように前へ前へと加速していく。その勢いによるGに負けないように前傾姿勢になったトルーパーは、カタパルトの終点で伸び上がるように飛び出し、カタパルトの勢いも加えて突然の砲撃に慌てている敵艦へ向けて矢のように突き進んでいった。
Rain、アルターに続いてベイト、カスパーもカタパルトによって外に広がる宇宙空間へと飛び出していく。彼等の鮮やかな出撃を、ハッチが開いたことにより明るく周囲の光景を映し始めたモニターで見た悠陽の心に不安の影がさす。
チュートリアルで発艦、着艦、戦闘と一通りのことを経験はした。
しかしチュートリアルはあくまでもチュートリアル。
本番の緊張と外の宇宙空間の広がりに早くも悠陽の心はくじけ掛け、さらにその体に余計な力を込め固くしていく。
「悠陽さん、カタパルト接続完了……」
阿求亜の声にビクンと見た人間が誰もがわかるような大げさな反応をし、操縦桿を思いっきり固く握り締める。目の前が暗くなるように視界が狭まり、モニターの遠くに点のような敵艦だけしか見えなくなっていく。歯を食いしばり、いつカタパルトが動き出して体にGがかかっても大丈夫なように身構えるが、その体勢もはっきり言って体に余計な力が入りすぎて、とてもではないが見れたものではなかった。
「何、そんなにガチガチになってるのよ、胆が小さい。そんなザマじゃナニも小さいだろうから女性を満足させることなんてできないんじゃないの?」
今か今かと待っていたカタパルトのGの代わりに、今まで落ち着いた優しげな声で状況報告をしていた阿求亜の声で言われた言葉に、悠陽は呆気にとられて思わずコンソールに映る、穴よ開けとばかりに阿求亜の恥ずかしそうに真っ赤に染まってそっぽを向いている顔を見つめてしまう。
「真ぁ理ぃぃぃぃいいい! いつそんな言葉使いを覚えた! 誰だ! そんな言葉を教えた奴はぁぁああ!」
一瞬の沈黙の後、先に発艦してすでに戦闘状態に入っているはずのベイトの絶叫がスピーカーから音割れとともに流れ出る。
「ここでは真理ではありません。阿求亜です」
「そんなことはどうでも」
「阿求亜です」
「だから真」
「阿求阿」
「……阿求亜、そんな言葉をだな……」
「ハッパをかけるなら私だとああいったことを言ったほうがインパクトがあるとコングさんが」
「あいつか! 後で絶対泣かす! 待ってろ、コング!」
興奮するベイトと冷静な阿求亜のまるで漫才のような言葉のやり取りに唖然としていた悠陽は、さらに毒気が抜かれたように呆然とコンソールに映る二人を見る。
「いいかげんにしな、ベイト。阿求亜ちゃんがいくら可愛い妹だとしても束縛ばかりだと嫌われるよ」
「あ、姐さん。しかしですね、あの言葉は……」
「いいかげんにしろと言ったよ。もっと気合を入れて攻撃しな、シスコン」
「右手がお留守だぞ、シスコン」
「こっちもしっかり援護しろよ、シスコン」
Rainのお叱りを皮切りにアルター、カスパーもその言葉に乗り、それぞれが敵艦や相手側のトルーパーの撃ったミサイルを打ち落としながらベイトをからかう。
「シスコン、シスコンうるせいやい」
ベイトも阿求亜とのやり取りの間もそこまで言われるほど手を抜いていたことはなく、正確にミサイルを落とし、敵性トルーパーに痛手を負わせているが集中が散漫になっていないとはとてもではないが言えないため、一応シスコンの部分に対して不満を表しながらも攻撃することに集中する。
「阿求亜。今回の件は後でしっかり聴くからな!」
けれども諦めたわけではなく一旦脇に置いただけのようだ。
そんな過保護なベイトに向かって阿求亜は“ベェ”っと舌を出して彼女の不満を表す。
兄妹のほのぼのとした日常的なケンカという光景に初陣だ、戦いだと緊張していた空気を完膚なきまでに壊された悠陽はこみ上げてくる笑いを抑えることができなかった。
頬を膨らませてベイトを睨みつけていた阿求亜は聞こえてきた悠陽の笑い声に頬を緩ませ、Rainは阿求亜にウィンクを送る。アルターにカスパーも笑みを浮かべてモニターの中で笑いの発作に襲われている悠陽を見るが、ベイトだけは本気で阿求亜の言った言葉が引っかかっているようで不満気な雰囲気ではあるが、空気をよんで何も言わなかった。
「落ち着きました?」
しばらく笑い続けて何とか笑いの衝動も治まり、今までの消費を取り戻すため喘ぐように呼吸をする悠陽に阿求亜はそっと話しかける。
一瞬阿求亜の声に先ほどまでのベイトとのやり取りを思い出し、また悠陽は噴出しかけるがここは何とか堪えた。
「なんとかね。……ありがとう、阿求亜さん」
「いえいえ、どういたしまして。落ち着いたところでカウントダウンを再開しますね。発艦のタイミングが完全にずれてしまいましたので、目標を変更します」
阿求亜の言葉に“了解”と返事しながらも、悠陽はコンソールをいじり自分のトルーパーの設定を再度確認する。
左右の手に持ったマシンガン。背部のマウントに設置された六連装短距離ミサイルランチャーと予備のマシンガン。腰部マウントラッチに設置された高速振動ナイフ二本。
機体に不具合はもちろんなし、武装も近距離仕様な武装構成だが不具合はなし。近接距離に踏み込まれたときのためのナイフもしっかり準備してある。
周りは何度もミッションをこなした歴戦のパイロット達。
自分が少しくらいヘマをしたところでどうにかなるような人たちではないと、いい意味で緊張が途切れた悠陽は思う。
「敵トルーパーはRainさん達が抑えます。悠陽さんは離脱行動をとり始めている敵艦に対して攻撃を敢行してください」
「了解。……悠陽、トルーパー05行きます!」
リニアカタパルトに押し出されることによって生み出されたGに耐えながら悠陽はチュートリアルで経験した発艦を思い出す。体はその思い出した経験をなぞるように動き、トルーパーに前傾姿勢をとらせる。
“五、四、三、二……”
心の中でタイミングを数え、踏み切り地点で思いっきりフットペダルを踏み込みトルーパーに伸び上がるようなジャンプと背中のスラスターノズルから盛大に推進剤を消費した排気炎を吐き出させる。
悠陽の乗るトルーパーはカタパルトに盛大な焦げ跡を残し、銃弾よりも速く敵艦目掛け宇宙を切り裂いていった。
Galaxy War Online
増えすぎた人口に苦悩した人類は一時的な猶予策として人口の大地たるスペースコロニーを建造する。しかしながらその大地でさえも増え続ける人類をまかなうには小さすぎた。世界各国の有識者達は口を揃えて百年前後で人類はスペースコロニーからも溢れ、宇宙を漂流することになると訴え続けた。
これを受け各国首脳達は我先にと火星への調査と惑星のテラフォーミング技術を進歩させていくことになる。
火星への第一次入植にロシアが多大なる犠牲の元成功するとアメリカ、中国、EU、オーストラリアが負けじと犠牲覚悟で入植を成功させ、急速に火星のテラフォーミングが進むことになった。火星という新たな惑星を生活圏として得た人類は、人口増加による危機を一時的に回避することが出来た。
けれどもこの爆発的な人口増加に対して根本的な解決策を見出さねば火星という惑星一つでは到底賄えるものではなかった。
真綿で首を絞められるような緩慢なる死を迎えようとしていた人類に元々小さな国土しか持たず、脆弱で無能を絵に描いたような政治力のため衰退の一途を辿っていた東洋の島国、日本が一つの方策をうち出した。
それはスペースコロニー自体を一隻の航宙移民船として改造し、何世代にも亘って新たに居住可能な惑星を探して宇宙を旅するという一昔前のアニメ作品そのものといった方策であった。
この荒唐無稽かと思われた方策は、前後するようにアメリカの研究者により発表された次元跳躍技術と地球=火星間の通信網のための光通信技術の発達により、半ば諦めと失敗を前提として国連の承認を受けることとなった。
世界各国の資本と技術を集め、日本主導の下行われた四隻のスペースコロニー航宙移民船を擁した第一次移民船団は、当初考えられていた時間よりも遥かに短い二十年という年月で最初の移民可能惑星を発見した旨を一隻の中型伝令艦が地球に持ち帰ったことで、成功を信じていなかった地球圏の人々に驚きと希望を齎し一大宇宙開拓ブームを巻き起こすことになる。
こうして人類が支配領域を拡大し続けること百七十年。
一つの不幸な邂逅がある辺境の開拓宙域に起こってしまう。
地球人類とは異なる起源を持つ生命体……所謂異星人との軍事的衝突である。
切欠は些細なことであったと伝えられる。
地球側の船から宇宙に投棄されたゴミが、たまたまその場に次元跳躍から出てきた異星人の艦船に当たり小さな損傷を与えてしまう。宇宙空間において小さな損傷といえどそれは重大な事態を引き起こしかねないため異星人達は、この行為を地球側の自分達に対する敵対的挑発行為と認定。この宙域にいた地球側の艦船に対して熾烈ともいえる攻撃を行い、弁明を与える隙も与えず地球側の艦船を全滅させてしまった。
こうして誤解から始まった戦争は誤解を解くことなく、互いの技術を刺激し合い五十年以上続いている……。