恋のレギュラー入り
他の二人の女子マネージャーと一緒にジャージに着替えて、グラウンドに出てみると、右足の膝から下に包帯が巻かれ、松葉杖をついた山崎がベンチの側に立っていた。
「どうしたの?」
「ははは、家の階段で転んじまった」
「来週から地区大会が始まるって時に、何、ドジってるのよ!」
「面目ねえ」
いつもどおり、冗談ぽく話す山崎だったけど、落ち込んでいる気持ちを隠すことはできなかったみたい。
何と言っても、私達3年生にとって、公式戦は、来週から始まる春の大会を逃すと、次は秋の大会まで無いんだから、2回のチャンスのうち1回を棒に振ったということなのだ。
実は、1年生の時、お互いに野球部に入部したての頃、私は山崎から告白されたことがある。でも、そんなに顔がイケてる訳でもなく、いつも冗談ばかり言っていた山崎のことが、私は何か「軽い奴」って感じがして、嫌いじゃなかったけど、恋人として付き合う対象としては考えられずに、「友達として付き合おう」って言って、実質、振っていた。
でも、山崎は、そのことはおくびにも出さず、同じ野球部員として、私に明るく接してくれたし、私達女子マネージャーが重い荷物なんかを運んでいると、すぐに手伝ってくれる良い奴だって分かった。そして、練習中は本当に真剣に取り組んでいたし、いつも居残り練習をしていた。
山崎がそこまで頑張っていたのは、山崎がライトで9番バッターというレギュラー最後のポジションを、同じ3年生の松村と争っていたからだ。山崎が脱落してしまえば、自然と松村がレギュラーになるはずだ。
今日は、そのレギュラー発表がある日だった。
「全員集合!」
監督の前に、部員が全員集まった。山崎もみんなの後ろにいた。
私達、マネージャーは監督の後ろに並んだ。みんなの顔が心持ち緊張しているのが分かる。
「今から、今度の地区大会で、ベンチに入る選手を発表する」
監督が、手にした名簿を見ながら、打席順に発表していった。
「1番、ショート、村田!」
「はい」
村田が誇らしげに返事をした。その後、8番まで読み上げた。事前の予想どおりのメンバーだった。
「9番、ライト、松村!」
「はい」
松村も嬉しそうだった。2年間一生懸命練習してきて、念願のレギュラーだもんね。
その後、ベンチ入りする補欠選手の名前が呼ばれた。3年生で呼ばれなかったのは、山崎だけだった。
「松村! 俺の分も頑張ってくれよな!」
「おう、任しとけ」
「試合に出られない分、一番でかい声で応援するぜ」
練習が始まると、山崎はしばらく、ベンチに座って練習を見学していたけど、気がつくといなくなっていた。やっぱり、辛いのかもしれない。
私は、スポーツドリンク用の水を補給するため、大きな薬缶を持って、水飲み場がある校舎の中庭に行った。
山崎が水飲み場で松葉杖をついて立っているのが見えた。よく見ると、左腕で顔をこするように何回も動かしていた。
――山崎は泣いていた。
私は、側に行って良いものか、ちょっと躊躇したけど、いつもと変わらない顔をして、山崎の側に行った。
「あっ」
山崎は驚いたように、そっぽを向くように私に背を向けた。
私は気づかないふりをして、山崎の背中に話し掛けた。
「何、してるの、こんなところで?」
「……ちょっと喉が渇いたから、水を飲んでいたんだ」
「そう」
私は、薬缶に水を入れ終わると、背筋を伸ばして、山崎の背中を見つめた。
「山崎」
「何だよ?」
「練習が終わったら、……一緒に帰ろうか?」