手をつないでて
「なあ、陽菜! 約束忘れてないか?」
「何の約束?」
「また同じクラスになったら、手をつないで登校するって約束!」
「そんな約束した覚えはないけど?」
「したじゃん! 二年の終業式の後に!」
「記憶にないし。それに恥ずかしいよ」
私、橋本陽菜と幼馴染みの男子、戸田隆司は、家が隣だったこともあり、物心ついた時には一緒に遊んでいたし、小学校、中学校そして今の高校二年の春まで連続して同じクラスだということを考えたら、もうこれは運命なのかなって思う。
学校中のみんなからも両思いの恋人同士だと思われている。登下校ともいつも一緒だから、そう思われるのも当然だ。
でも、エッチもキスもしたことないし、そもそも手をつないだことすらない。
誠司も口では「キスくらいしようぜ!」といつも言っているが、強引に迫ってきたことはない。
私だってお年頃の女の子なんだから、そういうことにもちょっとは興味があるけど、今の二人の距離感というか、一緒にいるときの居心地の良さが大好きで、キスやエッチをすることでそんな関係が壊れてしまわないか怖かった。
朝、私が家を出ると、約束している訳じゃないけど、誠司が玄関前で待っている。
夕方は、私が所属している書道部が、誠司の所属しているサッカー部よりも終わるのが早いけど、私は校庭の隅で、サッカー部の練習が終わるのを何となく待っている。
そして、学校から家まで片道十五分ほどの道を一緒に歩く。
その間、会話は途切れることなく続く。
月曜から金曜日の毎日がこの繰り返し。
今朝も同じ。
「なあ、陽菜」
「何?」
「おまえは、俺のこと、どう思ってるの?」
「う~ん、……よく分からない」
「恋人だって言ってくれないのか?」
「そうかもしれないね」
「まるで人ごとみたいだな」
「だってさ、小学校の時からずっと一緒に遊んでいるから、兄と妹みたいな感覚になってるんじゃないかな」
「誕生日は俺の方が早いけど、陽菜は妹って感じじゃないぞ」
「じゃあ、お姉さん?」
「どっちかと言うとな」
「隆司みたいないい加減な弟がいたら嫌だな」
「いい加減で悪かったな! そういう陽菜は真面目すぎるんだよ」
交差点まで差し掛かった私たちは赤信号で立ち止まった。
私は隆司の左側に立ち、隆司の顔を見て話をしていると、右側からスピードを出した車がふらつきながら走ってきているのが見えた。
「隆司!」
私は咄嗟に後ろに下がりながら隆司の手を引いた。
車は歩道に少し乗り上げたが、何事もなかったように元の車線に戻り、そのまま走り去ってしまった。
「何だ、あの野郎! 居眠りでもしてやがったのか!」
隆司は車が走り去った方を怒りの眼差しで見つめていたが、私は体が震えて動くことができなかった。あの車がもっと歩道に乗り上げるように走って来てたら、二人とも車にはねられていたかもしれない。
「あっ、手……」
「えっ?」
隆司に言われて気づくと、私は隆司と手を握ったままであった。
「陽菜、俺を助けてくれたんだ」
「……」
「陽菜?」
目から涙が出てきた。
「……隆司」
「うん?」
「私の前からいなくならないでよ」
「えっ?」
「さっき、隆司が事故に遭って、そのまま死んでしまったらなんて、最悪なことが頭の中を駆け巡ったの」
「おいおい、縁起でもないこと言うなよ」
「違うの。隆司はずっと私のそばにいてくれるって思ってた。いることが当然だって思ってた。でも、いなくなっちゃうこともあるんだって、今、分かった。そしたら、すごく怖くなって……」
「陽菜……」
「隆司! 今日、ずっと手をつないでて」




