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隠し持ったチョコの行方

「ねえ、あずさ。あずさって男の子にチョコ渡したことあるの?」

 二月十四日の朝。

 一緒に学校に向かって歩く新見玲子ちゃんが、唐突に問いかけてきた。

 玲子ちゃんとは高校一年から二年の今までずっと同じクラスの友達だ。

 もっとも親友と呼べるほどは親しくはなくて、私は、何事にも積極的で明朗活発、自他共に認めるほどに可愛い玲子ちゃんの大勢いる友達の一人にすぎない。

「な、ないよ」

「好きな男の子っていないの?」

「いないこともないけど……、私のチョコが欲しいなんて男の子がいるわけないよ」

「そんなことはないと思うよ」

 なんとなく社交辞令的な雰囲気が感じられた。

 玲子ちゃんとは対照的に、引っ込み思案だし、面白いことも言えないし、全然、可愛くはない。こんな私に彼氏なんてできるはずはない。

 だけど、高校に入って二年間、ずっと気になっている男の子はいる。ずっと同じクラスで、運動神経抜群でいつも爽やかな渋谷君だ。

 一年前の二月十四日。渋谷君にチョコを渡そうと思って学校に持ってきていたけど、結局、渡す勇気がなくて、そのまま家に持って帰った。

 今日も私のスクールバッグの中には、渋谷君に渡そうと思っているチョコが入っている。

 でも、今年も渡せない気がする。私なんかからチョコもらったって、渋谷君、迷惑だろうし。

「玲子ちゃんは誰かに渡すの?」

「今年は渋谷に渡そうと思う」

「えっ……」

「うん? 何?」

「な、何でもない。玲子ちゃん、去年は四組の内藤君に渡したんじゃあ……?」

「内藤とは夏休み中に別れたよ。言ってなかったっけ?」

「ど、どうだろ」

 私は驚きながらも、なんとなく安心しているような自分に気づいた。

 玲子ちゃんの恋を邪魔することはできないからという、自分がチョコを渡すことを諦める理由が見つかったからだ。

「玲子ちゃんからチョコもらったら、きっと、渋谷君もうれしいに違いないよ」

「そうだと良いけど、渋谷とは、全然、目が合わなくてさあ。それほど注目されていない気がするし。まあ、友チョコだよって予防線張って渡すよ」

 今まで男の子に何かをプレゼントしたこともない私にとって、バレンタインのチョコを渡すことは清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気がいることだ。

 私も玲子ちゃんみたいに気軽に渡せたら良いのにな。



 その日のお昼休み。

 玲子ちゃんはクラスのみんなが見ている中で、堂々と渋谷君にチョコを渡していた。

「サンキュー、新見」

「い、一応、友チョコだから」

 朝、言っていた予防線を張っていた。

 渋谷君には玲子ちゃんの他にもクラスの内外から七人ほどの女生徒がチョコを渡していた。その全員に渋谷君は爽やかに対応していて、玲子ちゃんにも同じような対応で、自分が特別じゃないって、玲子ちゃんもすぐに分かったのだろう。

 私といえば、渋谷君を目で追うのが精一杯。

 渋谷君と目が合うと、咄嗟に視線をそらせてしまう私って、本当に意気地無し。



 結局、チョコを渡せないまま、放課後になった。

 一人で学校を出て、学校の最寄り駅まで向かう。

「よっ、遠野!」

 突然、後ろから渋谷君が隣に並んだ。

「……」

 私は何も反応できずに、ただ渋谷君を見つめることしかできなかった。そして激しくなる鼓動。

「ごめん。そんなにびっくりさせるつもりはなかったんだ」

「う、ううん。大丈夫。し、渋谷君、部活は?」

「いや~、レギュラーメンバーが三人もインフルになっちゃってさ。今日はお休み」

「そ、そうなんだ」

「駅まで一緒に帰って良いか?」

「い、良いけど」

「良かった」

 にこりと笑った渋谷君に見とれて、歩き出すのに一瞬遅れてしまった。

 初めて渋谷君と、いや、そもそも男子と一緒に並んで歩くのも初めてで、私は何も話せずに、ただ渋谷君の話に相づちを打つことしかできなかった。

 どうしよう。チョコを渡す千載一遇のチャンスだ。

 心の中で「渡す」と「渡さない」のせめぎ合いが始まった。

「遠野……。遠野!」

 ハッと気づくと、渋谷君が心配げな顔で私を見つめていた。

「俺の話、聞いてる?」

「ご、ごめんなさい」

 渋谷君、怒っちゃったのかな?

 一緒に下校していて、話を無視するなんて失礼すぎるよね。

「考え事してて」

「何か心配事でもあるのか?」

 あなたが心配事そのものなんですけど……、なんて言えるわけがない。

 でも、本当に私のことを心配してくれているような渋谷君の目を見ていると、なぜだか涙が出てきた。

「お、おい。俺、何かひどいこと言っちゃった?」

 渋谷君の申し訳なさそうな顔に胸が痛くなった。

「違う! ……違うの」

「じゃあ……?」

「あ、あのね。……チョコ、渡したいの」

 自分の気持ちがこらえきれずに小さな声になって出てきた。

「……ひょっとして俺に?」

 こくりとうなずくと、私は、自分でラッピングした小さなチョコの箱をバッグから取り出した。

「……ずっと渡したかったの」

 立ち止まって涙を指でぬぐう私に渋谷君が一歩近づいた。

「……ごめんな」

「えっ?」

「遠野って、そんな女の子なんだよな。二年も同じクラスだったんだから、すぐに気づけよ、俺!」

 渋谷君は何だか自分に腹を立てているように見えた。

「でも、男の方からチョコくれって言うのも変かなって思って、俺も言えなかったんだ」

「……」

「俺も遠野のチョコ、ずっと欲しかったんだ」

 

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