肝試し
――カアカア!
「ひいいいいい!」
バサバサと派手な羽音をさせて、数羽のカラスが暗闇の中から一斉に飛び立って、私は思わず隣を歩いていた啓輔にしがみついた。
「何で夜にカラスが飛び立つのよ! もう!」
「カラスは夜行性なんだぜ。夜の方が活発に活動しているんだよ」
「そうなの? って、何、勝手に肩を抱いているのよ?」
「真智を守ってあげようと体が自然と動いたんだよ」
「何が守ってあげようだ!」
私は、にやけた顔の啓輔を押しのけるようにして、体を離した。
「下心満載の顔してるくせに!」
「そもそもさあ、男女ペアでやる肝試しって、男の下心を満たすためのものだぜ」
「何それ? ……いったいぜんたい、肝試しやろうって言い出したの誰よ?」
「俺だけど?」
「おまえかあ!」
今日は私の高校の臨海学校で、自主企画イベントでは、肝試しをすることになっていた。
くじ引きでできた男女のペアが、五分間隔でスタートし、宿舎の裏山にある小さな神社まで行って、実行委員の生徒が、昼間、賽銭箱の前に置いてきた「到達証明書」なる紙を持って、別の道を通って帰ってくるという内容だ。
神社に向かう道は、石畳の小さな参道で、まったく街灯がなく、真っ暗な道を行くしかないのだけど、ところどころに懐中電灯の明かりが見えていて、それが道しるべの役割を果たしてくれていた。
懐中電灯を持って立ってくれているのは引率の先生たちで、不慮の事故がないように見守ってくれているのと同時に、男女ペアということで「過ち」がないように見張っているのだ。
「先生たちももっと俺たちを信用してくれても良いのにな」
「あんたのような男子がいるからでしょ」
「どこがだ?」
高坂啓輔と私、相沢真智子は、高校一年生の時に同じクラスになり、二年生でクラス替えもあったけど、引き続き同級生になってしまった。
啓輔は、イケメンというわけではないけど、面白い話も真面目な話も上手いし、みんなをぐいぐいと引っ張っていく積極性もあって、全員一致でクラス委員に選ばれたくらいだ。
私とは、同じバスケットボール部で、授業中も部活中もとにかく気づくと、啓輔が近くにいるという感じだった。
かくいう私も意識しない間に、啓輔の近くにいる気がして、最近、ちょっとだけ、啓輔のことが気になってきていた。
「高坂と相沢か。二人の話し声は遠くからでも聞こえるな。これじゃあ、おばけも逃げてしまうのではないか?」
中間地点にいた、担任の長谷部先生が、懐中電灯を俺たちの足下に向けながら、笑いをかみ殺していた。
「声が大きいのは、こいつですよ」
私は啓輔を指さした。
「何、言ってんだよ! おまえの叫び声は音量規制違反だろ!」
「私の声は街宣車より大きいのか?」
「当たり前じゃないか。ある意味、声の暴力だな」
「うるさい!」
「おいおい、早く目的地に向かわないと、後ろの組がつかえちゃうぞ」
あきれ顔の長谷部先生にうながされて、私と啓輔は、再び、暗くて狭い道を歩き出した。
道のそばの草むらからガサガサと音がした。
私もまたも思わず啓輔の腕を掴んでしまった。
――あれ、意外とたくましい?
「真智、手をつないで行くか?」
「えっ? ど、どうして?」
「そっちの方が安心するだろ?」
私は掴んでいた啓輔の腕を離した。
「い、良いよ。怖くないし」
「いや、怖がってるやん」
「こ、怖くないよ!」
「じゃあ、俺が怖いから、手をつないでくれよ」
「えっ? 啓輔、そんな恐がりなんかじゃないでしょ?」
「本当は、暗いところは昔から怖かったんだ。でも、真智と一緒だから強がってるだけだよ」
「本当かなあ? 顔がにやついてるし」
「マジな顔で手をつないでくれって言えるかよ。はずかしいだろ」
――照れ隠し?
「……し、しかたないなあ。い、今だけだからね」
私が差し出した手を啓輔がやさしく握った。
「明日は?」
並んで歩き出した啓輔は、少し不安げな顔をしていた。
「……怖かったら……良いよ」
微笑んだ啓輔が、ギュッと私の手を強く握った。




