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夏だ! 海だ! 失恋だ!

「夏木君って好きな女の子、いるの?」

「えっと……、まあ」

「そうなんだ。ひょっとして、同じ学校の女の子?」

「うん」

「クラスも同じ?」

「い、いや、別のクラスだけど」

「……そ、そう」

 二年生で初めてクラスメイトになった夏木君への想いは、打ち上げ花火のように華々しく散った。



「あかり、どんまい! 男は夏木君だけじゃないって!」

「そうそう! 人口の半分は男なんだから!」

 私、大崎あかりは、一年から引き続き同じクラスの美貴と恵子との三人で、近くの海に来ていた。

 私の傷心を癒やすためなどと銘打ってはいたが、未だかつて彼氏ができたことがない美貴と恵子が、「良い男」をゲットするという野望を胸に秘めていることは明らかだった。

「うおっ! 恵子、本気だ!」

 更衣室から出て来た恵子を見た美貴が叫んだ。

 私や美貴もビキニだったけど、恵子のビキニは布の面積が私たちの半分くらいしかない!

「これで、このビーチの男どもの視線を釘付けにしてやるぜ!」

 野望、垂れ流しすぎる……。



「あ、あれは」

 戸惑いながら言った美貴の視線の先には、夏木君がいた。

 レジャーシートに仲良く座っているのは、確か、二組の飯田さんだ。

 同じクラスになったことはなくて、話をしたこともないけど、廊下で見掛ける限りは、少し控え目に話す清楚な感じの人だ。

 その飯田さんが、トロピカルな柄の水着にパレオを巻いて、あぐらをかいた夏木君の隣で体育座りをしていた。

 夏木君は、いつもの爽やかな笑顔で、盛んに飯田さんに話し掛けていた。

 飯田さんは、聞き役に徹していて、夏木君の言葉を聞き漏らすまいと、その目を見つめながら、時折、相づちを打っていた。また、夏木君が冗談を言った時だろう。両手で口を覆い、肩をすくめて笑う仕草が、同じ女性から見ても可愛くて、それもブリッ子らしさを感じさせることなく、自然だった。

 夏木君と一緒になって騒ぐ私とは大違いだ。

 やっぱり、夏木君は、少し後ろからついてきてくれるような女の子が好きだったんだな。

 それにしても、ここまで来て、この仕打ちかあ!



 美貴と恵子が気を使ってくれて、二人が見えない所に私たちもレジャーシートを敷いて、砂浜を歩く男子たちをウォッチした。

「あの男の子、可愛くない?」

「え~、チャラいよ」

「そうかな」

「それより、向こうの三人組は?」

「あのムキムキがキモい」

「何で~」

 などと盛り上がっている美貴と恵子だったけど、夏木君と飯田さんの仲睦まじい様子を見て、少なからずショックを受けていた私は、二人と一緒に騒ぐことはできなかった。

 気分転換に少し歩いてこようと思った私は、ジュースを買いに、一人で海の家の近くにある自販機に向かった。

 自販機の前まで来ると、女の子が、ペットボトルを一つ左手に持ちながら、もう一つのペットボトルを右手だけで取り出し口から取り出そうとしていたけど、ペットボトルが取り出し口に変に挟まっているようで、取り出すのに苦労していた。

 パレオの柄から、飯田さんだとすぐに分かった。

「ねえ!」

 私が声を掛けると、びっくりして、飯田さんが振り向いた。

「それ、持っててあげる」

 私が飯田さんの持っているペットボトルを指差して言うと、「ありがとうございます」と飯田さんも素直にそれを私に渡した。

 もう一つのペットボトルを両手で自販機から取り出した飯田さんは、すぐに振り向き、「助かりました。ありがとうございました」と頭を下げた。

「いえいえ。はい、これ」

 預かっていたペットボトルを手渡すと、飯田さんは私に笑顔を向けた。

「あ、あの、同じ学校の方ですよね?」

「ええ。四組の大崎だよ。二組の飯田さんだよね?」

「はい」

 今までじっくりと顔を見たこともなかったけど、近くで見ると、すごく可愛い人だ。

 身長は私より低く、かなり小柄だけど、それが可愛さを倍増させていた。そして、全身から、ほんわかとしたオーラが出ていて、どことなく憎めない雰囲気を持っていた。

「今日、夏木君と一緒に来てるんだ?」

「は、はい」

「デート?」

「そ、そんなんじゃないですぅ~。一緒に遊びに来ているだけですぅ~」

 焦って、ペットボトルを握っている両手を振りながら、言い訳する飯田さんが初々しくて、これ、絶対に私じゃ敵わないと引導を渡された気分になってしまった。

 ちなみにそれ、炭酸なんだけど……。

「じゃあ、二人で遊びに来たのは、初めて?」

「はい。一週間前に誘われて」

「そうなんだ。でも、夏木君と二人で海水浴なんて羨ましいよ」

「夏木君のことを好きな女の子はいっぱいいるって、同級生から聞いて、私なんかで良いのかなって、今日も思っているんです」

 謙遜して言う飯田さんからは、密かに勝ち誇っているような雰囲気は微塵も感じられなかった。

「良いに決まってるじゃない!」

 私も思わず、力が入ってしまった。

「二人、お似合いだし!」

 何か、飯田さんなら、夏木君とカップルになっても悔しくない。

 他の女子が相手だったら、「何であんたが?」と思ってしまいそうだけど、見た目も性格も可愛く見える飯田さんとなら、何だか、応援したくなってきた。

「飯田さん、そろそろ行かないと、夏木君が待ちかねているんじゃない?」

「あっ、そうでした。それじゃ、失礼します」

 私にぺこりと頭を下げてから、両手にペットボトルを持った飯田さんは、踵を返して、砂に足を取られながら、ひょこひょこと小走りに去って行った。

 その小動物的な可愛い後ろ姿を目で追っていると、夏木君が迎えに来ているのが見えた。ジュースを買うのに時間が掛かっていたので心配になったのだろう。

 夏木君の前で立ち止まった飯田さんが、二・三言、何かを夏木君に話すと、飯田さんと一緒に夏木君が私を見た。

 そして、飯田さんが会釈をするのと同時に、夏木君が私に向けて、敬礼のように手を一度だけ振った。

 私も笑顔で手を振ると、振り返り、自販機でジュースを買った。

 ペットボトルの栓を開け、ひとくち飲むと、爽やかな桃の風味が全身を行き渡ってから溶けていった。

 ――こんなに爽やかに失恋することってあるんだなあ。

 足取りが軽くなった私は、思わず、スキップをしながら、美貴と恵子の元へと向かった。

「よーし! 待ってろよ、良い男! 今日こそ、ゲットしてやるぜ!」

 

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