お姉さんは恋のライバル?
高校に入学して以来、ずっと憧れの的だった島崎君と、二年生になったこの四月に同じクラスになれた。
島崎君が同じ電車で通学していると分かってからは、島崎君がいつも乗っている時間帯の電車に乗るため、起きる時間を十五分早めたくらいだけど、一年の時には、島崎君に悟られないように、密かに見つめているだけだった。
でも、クラスメイトとなった今は、雑談程度はできるようになった。
島崎君は、勉強もスポーツもできて、顔も超イケメンなんだから、女子からモテない訳がないんだけど、彼女はいないという噂があり、私も雑談混じりに、それとなく訊いてみたら、「いねえよ」という答えだった。
だから、私もいつかは告白しようと思っていたけど、他の女子が次から次に玉砕しているのを見て、その勇気がなくなってしまっていた。
そんな時、私は見てしまったのだ。
島崎君が別の学校の女生徒と一緒に歩いているところを!
その女生徒の長い黒髪はサラサラで、瞳はぱっちり、スタイルも良くて、もう、私なんが敵うところは一つもない。いや、私なんて足元にも及ばなくて、うちの学校一の美少女と噂の女生徒だって霞んでしまうくらいの美しい人だった。
島崎君が、うちの学校の女子を相手にしないことも納得だよ。
次の日の朝。
さすがに、朝から島崎君に会うのが辛くて、かといって日直の仕事もあったから、いつもより一つ早い電車で登校した。
教室に入ると、同級生の由美が「ねえ、知ってる?」と話し掛けてきた。
私の他にも、島崎君と美少女とを見掛けた人がいたようだ。あれだけのイケメンと美少女のカップルが目立たない訳がないよね。
島崎君が教室に入って来ると、早速、男子が島崎君を取り囲んだ。
「島崎! 昨日、すげえ綺麗な人と一緒に歩いていたそうじゃないか。ひょっとして、彼女か?」
女子の耳がダンボになったことは言うまでもない。
「えっ、何時頃の話だよ?」
「とぼけちゃって! 六時頃、駅前を並んで歩いていたんだろう?」
「俺、実際に見たぜ。あれ、双葉坂女学園の制服だよな」
「ああ、何だ。姉貴だよ、姉貴」
「へっ?」
「姉貴と駅前でたまたま会ったんで、一緒に帰ってただけだよ」
「そ、そうなのか。でも、すげえ美人だったって」
「ま、まあ、弟の俺から見ても、美人だとは思う」
島崎君は照れたような顔で言った。
「おっ、何だ、何だ? 島崎って、お姉さん大好きっ子なのか?」
「否定はしねえよ。姉貴からもシスコンって言われたことあるし」
一難去ってまた一難!
恋のライバルはお姉さん?
その日の放課後。
自分が所属しているテニス部の練習が終わり、部室で着替えて、校門に向かっていると、前から、陸上部の練習を終えた島崎君が部室に向かって来ていた。
「藤村、もう上がりか?」
「う、うん」
「お疲れ!」
もう笑顔が眩しすぎて、「待ってるから、一緒に帰ろう!」のひと言が出ない。
「島崎君もお疲れ様! じゃあ、お先に」
「ああ、藤村!」
島崎君に呼び止められて、振り向く。
「今朝、いつもの電車に乗ってなかったな?」
「今日、日直だったから」
「あっ、そうか。……それでさ、藤村」
「な、何?」
「あのさ」
島崎君も何かを言いたげだった。
「お~い、島崎! 早く着替えないと部室を閉めるぞ!」
「あっ、すみません! すぐ行きます!」
三年生に逆らえる訳もなく、島崎君は、「じゃあ!」と言って、部室に駈けて行った。
駅のホームで、十五分に一本程度の電車を待っていると、後ろを良い匂いが通り抜けた。
見ると、島崎君のお姉さんだった。
私のすぐ近くで立ち止まって、腕時計を見るその姿は、私も見とれてしまうほどだった。
私がジロジロと見つめていたのが分かったのか、ふと、お姉さんと目が合った。
私は焦って目をそらそうとしたけど、その前に、お姉さんが優しく微笑んでくれた。
「こんにちは」
鈴の音のように、耳に心地良い声だった。
「こ、こんにちは」
「山城高校の方ですね?」
「は、はい」
「ひょっとして、二年生の島崎篤志をご存じですか?」
「あ、あの、同級生です」
「そうですか。篤志の姉です。いつも篤志がお世話になってます」
優雅にお辞儀をするお姉さんは、一歳だけ年上なのに、見た目も所作も、すごく大人な人だった。
「い、いえ。私の方こそ、ですっ!」
「ふふふ」
焦って答えた私の言い方が面白かったのか、お姉さんは、口に手をやり、お淑やかに笑った。
「お名前をうかがってもよろしいですか?」
「藤村爽子と言います」
「そうこさん?」
「爽快の爽に、子どもの子です」
「可愛い名前ですね。あっ、もちろん、爽子さんご自身も可愛いですよ」
いきなりそんなことを言われて、私も照れるしかなかった。
「お、お姉さんもすごく素敵です!」
「まあ、ありがとうございます」
「本当です! 島崎君のお姉さんだから言ってるんじゃないです! ……あっ」
自爆……。
「爽子さん」
「は、はい」
「篤志って、学校でモテてるんですってね?」
「そ、それはもう! ……」
また、自爆……。
「爽子さんもかな?」
「……」
「でもね、爽子さん」
顔を上げると、お姉さんが優しく微笑んでいた。
「ああ見えて、篤志、けっこう、シャイなんですよ。だから、好きな女の子に告白できなくて、ずっと悩んでいるみたいなの」
「そ、そうなんですか」
「うん。何でも、二年生から同じクラスになったその子とは、朝、いつも同じ電車で通ってるんだけど、話していて、すごく楽しいんですって」
「……」
「その子から『彼女はいないのか?』って訊かれて、『いない』って答えたんだけど、本当は、『お前以外には』って言いたかったらしいのよ。でも、言えなかったんですって。本当に意気地なしだよね」
「……」
「爽子さん。篤志が好きなその女の子のこと、知ってる?」
「い、いえ……」
ちょうど、三両編成の電車がやって来た。
開いたドアから乗り込もうとしたお姉さんは、立ち止まったままの私に振り向いた。
「乗らないの?」
「あ、あの、お姉さん! 私、次の電車で帰ります!」
「そう。じゃあ、さよなら」
「さ、さよなら」
発車のベルが鳴り、閉まった電車のドア越しに、お姉さんが優しく微笑みながら、何かを言った。
もちろん、その声は聞こえなかったけど、こう言った気がした。
「頑張ってね」




