表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/70

笑顔でさよならを言える日

 今年も桜が咲いた。

 通学路でもある川沿いの道に延びる桜並木。

 私は、ふと足を止めて、その中でもひときわ大きな桜の木を見上げた。

 同じように咲き誇っていた、この桜を見ながら、一緒に登校した政志まさしは、もういない。

 二年前の今頃。

 あんなに元気だったのに、ちょっと検査しに入院するって言って、一週間もしないうちに天国に行っちゃった。

花梨かりん!」

 名前を呼ばれて振り向く。

 少し呆れ顔をした綾乃あやのがいた。

「また、あの桜を見とれて」

「う、うん。この季節になると、どうしてもね」

「まあ、気持ちは分かるけど、そろそろ、前を向こうよ」

「……そうだね」

 綾乃は、あの日、泣きじゃくっていた私の側にずっと付いていてくれた。そんな綾乃が言ってくれることだから、私もそうしなきゃって思う。

 でも、まだ、忘れられない私がいる。

「花梨は可愛いんだから、花梨とつきあいたいって男子は山ほどいるんだよ」

「そんなことないでしょ?」

「そんなことあるんだよ」

 実際に、街で声を掛けられたこともある。

 でも、まだ、男の子と遊びに行く気持ちになんてなれない。

「もうちょっと、時間が欲しいかな」

「忘れるのに、まだ、時間が足りない?」

「忘れることなんてできないよ」

「それはそうだろうけどさ。せめて思い出にしなよ」

「……うん」

 私は、桜から視線を落とし、綾乃と一緒に学校に向かった。



 今日から私達も高校三年生。

 高校生活もいよいよ最後の年だ。

 クラス替えがあったけど、綾乃とは、また同じクラスになれた。神様に感謝!

 しかも、新しい担任は、一年の時にも担任だった清水先生だ。新任の教師として赴任してきた若い女性の先生で、政志のお葬式にも来て、私と一緒に泣いてくれた。

 ホームルームが終わると、教室を出て行こうとした清水先生が、何かを思い出したかのように、踵を返して、私の机に向かって来た。

「花梨さん」

「はい」

「ちょっと良いかな」

 清水先生の跡について教室を出ると、中庭を見下ろす廊下の窓にもたれ掛かるようにして並んで立った。

「去年は別のクラスの担任になって、なかなか、花梨さんとこうやって話す時間もなかったけど、思っていたより元気そうで良かった」

 あの時、食事も喉を通らず、精神的にも追い詰められていて、自傷行為もたびたび起こした。そのたびに清水先生は自宅に駆け付けてくれて、私を慰めてくれた。

「はい。あの時は、本当に迷惑を掛けてしまって、すみませんでした」

「その言葉なら、もう、何度も言ってくれたわよ。でも、今は、本当に落ちついているようで安心したわ」

「でも、まだ、吹っ切れてはなくて……。今朝も綾乃に叱られました」

「綾乃さんも花梨さんのことが心配だからだよ」

「私ならもう大丈夫です。少なくとも、政志の所に行こうだなんては考えることはなくなりました。綾乃や先生に、これ以上、迷惑を掛けることはしたくないので」

「うん。でも、これからも悩んでいることがあれば、何でも相談してね」

「はい。ありがとうございます」

 清水先生は、優しい笑顔を見せて、職員室の方に去って行った。



 放課後。

「花梨。今年の新入生達を偵察して帰ろうよ」

「偵察って……」

 私の呆れ顔を意に介することなく、階段を降りる綾乃の跡について一階まで降りる。

 政志と四日間だけ一緒に過ごした、一年三組の教室の前を通る。

 懐かしさが胸にこみ上げてくる。

 一階の廊下には、新入生達がたむろしていた。

 中学を卒業したばかりで、私と同じくらいの身長の男の子達が廊下でふざけていて、その中の一人が急に後ろ向きに下がって来て、私とぶつかった。

 そんなに強くではなかったので、私もよろめくことはなかったけど、その男の子は驚いて振り向き、私の顔を見た。

「こらっ! 廊下でふざけちゃ駄目でしょ!」

 私が何か言う前に、隣にいた綾乃が注意をすると、男の子達は、焦って教室の中に逃げ帰った。

「綾乃、新入生を怖がらせてどうするのよ?」

「いやいや、最初からバシッと言っておかないと。それに、上級生にぶつかってきて、謝らないのはどうなのよ」

「後ろには目はないんだから仕方ないじゃない」

「花梨はほんと、優しすぎだよ。でも、今、花梨にぶつかった男の子、けっこう、可愛くなかった?」

「何? 綾乃は年下好きだっけ?」

「三歳下までなら許容範囲だね」

「そうなんだ」

「花梨は、優しいお姉さんってイメージがあるから、下級生からもモテそうだね」

「どうだろ」

 興味なさげに言った私の耳に懐かしい声が聞こえた。

「花梨!」

「えっ?」

 政志の声だ!

 辺りを見渡すが、もちろん、政志はいない。

「どうしたの?」

 綾乃が心配そうな顔で私を見つめていた。

「う、ううん。何でもない」

 私は、再び、一年三組の教室を見た。

「二年二組の青木っていう先輩が可愛いのなんのって!」

 前の席から、政志がにやけた顔で言った。

「知ってるよ。黒髪ロングで、政志、好きそうだもんね」

「彼氏もいないことは調査済みさ! 今度の休み時間に告白してくるから!」

「どうぞ、ご勝手に」

「花梨もイケメンの彼氏を見つければ良いじゃないか」

「イケメンが私なんかに見向いてくれるはずがないじゃない」

「そんなことないって! 少なくとも、俺は見向いてしまったぜ」

「政志が?」

「おう! 高校の制服を着ている花梨を見て、『あれっ、こいつ、こんなに可愛かったかなあ』って思ったぜ」

「じゃあ、なぜ、私に告白しないの?」

「幼稚園からずっと一緒の幼馴染みだからなあ。今さら、告白なんていらないだろ?」

「でも、一度は聞きたいかな」

「面と向かって言いづらいぜ。でも、……ありがとうな」

 照れる政志の顔が薄らいでいく。

 政志に笑顔で「さよなら」を言える日が来るのかな?

「先輩!」

 男の子の声で我に返ると、さっき、私にぶつかった男の子がいた。

「さっきは、すみませんでした」と頭を下げた、

 その少し怯えたような顔は、確かに可愛いかも。

 あの頃の政志に似ている気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ