神様の悪戯で始まる恋もある?
「松田!」
部活が終わり、家に帰ろうと、校門に向かった私を呼び止めたのは、同じテニス部の坂本だ。
「明日はよろしく!」
私は、「はあ~」とため息を吐いて、呆れ顔で振り向いた。
「ねえ、坂本。バレンタインチョコなんてのは、催促するもんじゃないでしょ?」
「いやいや、今年もオニャサス!」
手を合わせて、私を拝んだ坂本に、私は、更にため息を吐いて、肩を落とすしかなかった。
去年のバレンタインでは、私は、テニス部の男子全員にチョコをあげた。
もっとも、本命の一人にだけ、デパートで買った超高級チョコをあげたけど、他の男子には、スーパーの義理チョココーナーで買ったチョコだ。
坂本にあげたのは、もちろん、義理だったのだけど、坂本は、今までバレンタインにチョコをもらったことがなかったそうで、えらく感激して、その後、私に馴れ馴れしく絡むようになった。
坂本は、とにかく、軽い男子で、私とのやり取りは、まるで漫才みたいだとテニス部では言われていて、私としては不本意だった。
なぜって、私の本命は、同じテニス部にいる安藤君だからだ。
引退した三年生の跡を継いで、テニス部のキャプテンを務めている安藤君は、坂本と違って、口数は少ないけど誠実で、テニスも上手い。なるべくしてキャプテンになったという感じだ。
そんな安藤君に、私は入部以来、ずっと憧れていた。
それにしても、義理チョコなんて誰がやり始めたのか知らないけど、きっと、大人の世界のしがらみで、やむなく渡していたものが、学生の間でも浸透してしまったのだろう。
モテない男子への慈善事業といえば、そうなのかもしれないけど、渡す方の身にもなってほしい。渡す男子と渡さない男子の線引きって本当にややこしい。
去年は、クラスの男子にはどうしようかと迷ったけど、お財布の負担も馬鹿にならなかったから、結局、テニス部の男子に限定することにした。
なぜかって、それは、安藤君には絶対に渡したかったけど、安藤君一人にだけ渡すことは、さすがに恥ずかしかったから、あとの義理チョコを「テニス部の男子全員に渡しているんだから」と言って渡すことで、カムフラージュとして利用したのだ。
義理チョコの大きさを本命チョコと合わせて、同じ包装紙でくるんで、見た目は同じようにしておき、本命チョコには赤色のリボン、義理チョコには緑色のリボンを付けて区別できるようにした。
そして、安藤君にだけ、赤色のリボンを付けたチョコをあげて、渡す時には、「これ、当たりだから!」って、ちょっと回りくどいけど、このチョコだけは特別だからとアピールしたつもりだった。
でも、伝わらなかったみたいで、その後も、安藤君からのリアクションはなかった。
だから、今年も再チャレンジ!
今年は、ちゃんと「本命です!」って言って渡すんだから!
「なあ、松田」
安藤君とデートしている妄想に取り憑かれていた私を、坂本が現実に引き戻した。
「な、何? てか、あんた、まだ、いたの?」
「まだ、いたの? って、帰り道は同じ方向なんだから、いるでしょ!」
「何か、並んで歩いていると誤解されるから、離れて歩いてくれる?」
「相変わらず、俺の扱いがひでえなあ。でも、松田、何か、ボ~と考え事しながら歩いていたから、一人で歩かせると危ないって思ったんだよ」
「わ、悪かったわね、ボ~ってしてて!」
と逆ギレしたものの、私のこと、心配してくれてたのかな?
「今年も坂本にはチョコをあげるわよ。義理だけど」
「マジで!」
義理なのに、何で、そんなに嬉しそうなのかなあ?
「でもさ、松田」
「何?」
「今年のチョコは、去年みたいに、お金を掛けなくて良いからさ」
「えっ?」
「去年さあ、松田からもらったチョコを妹に見せびらかしたら、すげえ、驚いていたんだよ。尊敬の眼差しっての? そんな目で見られて、俺も、ちょっと、鼻が高くなったんだ」
「あ、あのチョコで?」
「いや、だってさ、俺はよく分からなかったんだけど、妹が言うには、あれ、超高級チョコだっていうからさ」
「……」
「あれを、みんなに配ってたら、松田、破産しちゃうんじゃないかなって、ちょっと心配になったくらいだよ」
「……えっ! えーっ!」
「な、何だ?」
「坂本には、緑のリボンのチョコあげたよね?」
「よく憶えてないけど」
リボンを付け間違ったのか?
それとも、坂本に間違って赤いリボンのチョコを渡したのか?
「妹からは、『これ、本命チョコじゃない?』って言われて、『これが兄貴の実力よ!』って、自慢したんだけど、まあ、そんなこともあって、義理だとしても、正直、嬉しかったんだ」
「……」
「あっ、でも、高いチョコをくれたからってんじゃないからな! 俺、松田と同じクラブに入れて嬉しかったし、そ、その、松田と話していると楽しいし」
「……」
「義理でも、俺にチョコをくれたのは、松田が初めてだったから、……ほ、ほんと、ありがとうな」
「……」
「ということだから! じゃあ!」
照れ笑いの笑顔を残して、坂本は走って去って行った。
今さら、間違って渡したなんて言えないし、そもそも、あの高級チョコを義理チョコだと思っている坂本も鈍感すぎる。
でも、……坂本の笑顔って、あんなに可愛かったかな?




