キスしてくれないと悪戯しちゃうぞ!
文化祭が終わった午後五時。
それぞれの教室では、生徒達が持ち寄ったジュースとスナック菓子を広げて、打ち上げが始まった。
我が校の文化祭は、ここ最近は、時期が重なるハロウィンが統一テーマになっていて、コスプレカフェも屋台の売り子さんも、お化け屋敷のお化けまで、とにかく、生徒全員がハロウィン関連の何かを身に付けることになっていた。うちのクラスでも、ハロウィン風デザインのアクセサリーを付けているだけの人から、ジャック・オー・ランタンの全身着ぐるみの人や、金髪の長いウィッグを付けてドレスを着ている完全コスプレの人までいて、学校にいるとは思えない雰囲気だった。
我がクラスは、「ハロウィン・パーティ」と銘打って、輪投げや射的、金魚すくいなど縁日の夜店のような模擬店を教室に作って、かなりの盛況だった。
その後片付けは明日にすることになっていて、文化祭の熱気がそのまま残る教室の中で、我が二年D組も、文化祭委員の乾杯の音頭で打ち上げが始まった。
各自が持ち寄ってきたスナック菓子を、教室の真ん中に置いた机の上に広げたり、お互いに交換したりして、それぞれの場所で、生徒達の話の輪ができていた。
「朋香! お疲れ!」
黒いとんがり帽子に黒いローブという魔法使いのコスプレをしている私に、なぜかトナカイのかぶり物をかぶっている奈那が自分の持って来たポテチを差し出した。
「奈那もお疲れ!」
私は、奈那の差し出したポテチの袋から一枚、ポテチを取り出すと、今度は自分が持っているビスケットの袋を奈那に差し出した。
「おお! 私、これ、好きなんだ」
奈那は、笑顔でビスケットを頬張った。
「トリック・オワ・トリート! お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ!」
女の子の声が教室に響いた。教室の入り口から、他のクラスの女子が三人、そう言いながら中に入ってきた。
「はい、どうぞ」
うちのクラスメイトがその女子達に自分が持っているお菓子を差し出していた。
いつの頃からか、文化祭の打ち上げの時には、同じ学年の別のクラスに行っては、「トリック・オワ・トリート! お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ!」と言って、お菓子をもらうことが、特に女生徒に流行っていた。
というのも、普段はなかなか行きづらい別のクラスの教室に行き、好きな男子と話すきっかけにしようということで流行りだしたみたいだ。文化祭が終わった直後の雰囲気も手伝って、いつもよりは少し大胆になって、意中の男子に話し掛けることもできるのだ。
などと、私が言い切れるのも、去年の打ち上げで、私が隣のクラスだった雅紀に話し掛けて、つきあえるようになったからだ。
「ねえねえ、朋香! 一緒にB組に行こうよ」
私の腕を掴んで、一緒に行くまでは離さないという勢いで、奈那が言った。奈那は、B組の藤原君が好きだって言っていたから、アタックするつもりなのだろう。
「朋香は、そのまま大島君と話してたら良いじゃん」
大島君とは雅紀のことだ。
「分かったよ。行こうか」
奈那には笑顔で答えたが、内心は少し憂鬱だった。
実は、雅紀とは、昨日、電話で話していて、喧嘩別れしてしまっていたから、面と向かって話をすることができるだろうかと不安だった。
喧嘩の原因は些細なことだ。
今度の週末、二人で見に行く約束をしていた映画の前売り券を、雅紀が入手しておくと言っていたのに、それを雅紀が忘れていて、今、話題の映画だけあって、既に満席で見に行けなくなってしまったからだ。
電話では、私が一方的に怒ってしまったけど、今日、文化祭委員として、二年B組で忙しそうにしている雅紀を遠目に見て、雅紀に謝らなくっちゃと思った。
でも、昨日の今日で、素直になれない自分に少し苛ついていた。
奈那と一緒に二年B組の教室に入ると、私と同じ魔法使いのコスチュームをまとっている雅紀と目が合った。
「トリック・オワ・トリート! お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ!」
奈那が大きな声で言うと、何人かの女子が近寄って来てくれて、お菓子の袋を差し出してくれた。
「ありがとー!」
奈那は、本来の目的を忘れているかのように、もらったお菓子を頬張っていた。
奈那の隣で、チラチラと雅紀を見ると、ときどき、目が合った。雅紀も何か言いたげだった。
「奈那。私、雅紀と話があるから」
「分かった」
もぐもぐと口を動かしている奈那を置いて、私は、同じクラスの男子と話をしている雅紀に近づいた。
私が雅紀とつきあっていることは、もう学校中に知れ渡っているから、雅紀の側にいた男子も気を使ってくれて、雅紀から離れていった。
「ト、トリック・オワ・トリート。お菓子をくれないと、悪戯しちゃうぞ」
脳天気に弾けることができなくて、少し噛んでしまった。
「ほい」
雅紀は、普通のものよりもチョコがたっぷり掛かっているポッキーの箱を差し出してくれた。私の好物をわざわざ持って来てくれたのだろうか?
「あ、ありがとう」
少しぎこちない動きで、ポッキーを一つ取り出して、口に入れた。
「美味しい」
「朋香、このポッキー、好きだもんな」
「うん」
私がポッキーを食べ終わると、雅紀がすぐに「もう一本、食うか?」と、また、ポッキーの箱を差し出してくれた。
「うん」
私は、素直に、ポッキーを一本取り出してから、雅紀の顔を見た。
「雅紀。昨日は、その、……ごめんなさい」
「予約を忘れたのは、俺だし。何で、朋香が謝るんだよ?」
「本当は、雅紀、すごく忙しかったんでしょう? それなのに、私」
「朋香」
私の言葉を遮るように、雅紀が呼んだ。
「来週の週末には、あの映画、見に行こうぜ。必ず、チケットを手に入れておくからさ」
雅紀は、何事もなかったかのように、笑顔で私を許してくれた。
「雅紀、優しいね」
「な、何、言ってるんだよ。褒めたって、何も出ないぞ」
私は、雅紀のすぐ隣に立って、二年B組の教室を見渡した。
奈那が、汗を掻きながら、藤原君と話しているのが見えた。
――頑張れ、奈那!
私は、心の中で奈那に声援を送った。そして、隣の雅紀の横顔を見つめた。
「雅紀」
「うん?」
「仲直りしてもらっても良い?」
「当たり前だろ」
「じゃあ、仲直りのキス、したいな」
「えっ、ここでか?」
「まさか! 二人きりの時に」
「お、おう。ちょっと、焦った」
本当に焦っていた雅紀の顔が可愛くて、私は、くすりと笑ってしまった。
「うふふ。さっきの焦った雅紀の顔、可愛かったよ」
「ちゃ、茶化すなよ」
「本当だって! ねえねえ」
「何だよ?」
「やっぱり、ここでキスして」
二人揃っての魔法使いのコスチュームは、いつもより私を大胆にしてくれた。
「じょ、冗談だろ?」
「冗談なんかじゃないよ」
「で、でも」
「キスしてくれないと悪戯しちゃうぞ!」




