雨がやむ前に
吹奏楽部の練習が終わって、クラリネットをケースに仕舞っていると、先に楽器を仕舞って、窓の側に立っていた千鶴が、私の方に振り返りながら訊いてきた。
「とも。雨、降ってるよ。傘、持ってる?」
窓の外を見ると、細かい雨が降っていた。
「持ってるよ。ちづは持ってないの? 入れていってあげようか?」
「おお! ともとの相合い傘は嬉しいけど、残念ながら、私も持ってるんだ」
「な~んだあ。……でも、私が持ってなかったら、入れてくれるつもりだったの? 帰る方向が全然違うのに」
「もちだよ。今度、相合い傘しようね」
「はははは。ば~か」
ちづが外を見ていた窓の隣の窓の前には、中村先輩と名倉先輩が立って、窓の外を見ていた。
「参ったなあ。俺、傘、持ってきてないぜ」
「俺が入れていってやろうか?」
「お前、全然、方向違うじゃん。それに、中村と名倉はホモ達だなんて噂が立ったら嫌だからな」
「俺は全然構わないでえ~、中村く~ん」
名倉先輩が、目を閉じ唇を尖らせながら、中村先輩をハグするポーズをすると、中村先輩は眩しい笑顔を浮かべながら、名倉先輩の頭を叩く仕草をした。
「ば~か。……まあ、少し待てば、雨、上がりそうだから、良いよ。ありがとうな」
「そうか。何か残念だな。はははは」
――何だか、私達と同じような話をしてる。
「それじゃあな」
「おう、お疲れ」
「それでは諸君! お先に!」
名倉先輩は、まだ部室に残っていた人達に大きな声で挨拶をして出て行った。
「じゃあね、とも。ばいばい」
「ばいばい」
ちづも私に手を振りながら部室から出て行った。
部室には、私と中村先輩を含めて6人の生徒が残っていた。私以外のみんなは傘を持ってきていないようで、窓の外を恨めしそうに眺めていた。
後片付けの終わった私は、折り畳み傘を鞄から出した。今、いる生徒の中で、帰る方向が同じなのは中村先輩だけだ。
中村先輩に彼女がいるなんて話は聞いたことないけど、後輩の面倒見も良くて優しいから、吹奏楽部の女子にも先輩のファンは多い。何でも飽きっぽい私が、ずっと吹奏楽を続けることができたのは、中村先輩がいてくれたからかもしれない。
私が吹奏楽部に入部して間もない頃、登校している私に、中村先輩の方から声を掛けてくれた。二人で並んで歩いて、私は舞い上がってしまって、その時、何をおしゃべりしたのか全然、憶えていない。でも、教室に入ってからも、胸がドキドキしてたことだけは憶えてる。
中村先輩が側にいると、それだけで胸が爆発しそうになっちゃう。だから、ちゃんと話しもできないし、顔をまともに見ることもできない、意気地無しの私……。
――神様! 私に少しだけ勇気をください!
私は、折り畳み傘を握りしめて、中村先輩に近づいて行った。