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敗者復活戦

 四月は出会いと別れの季節。

 去年の春、中学校を卒業した私の友達の半分くらいは、町外の高校に進学し、もう半分くらいは、地元にある公立高校に進学をした。

 町外の高校に進学した中に、中学一年生の時からつきあいだした晴人はるともいた。

 中学の時は校内でも有名なラブラブカップルで、二人の仲は永遠に続くと思っていた。高校が別れた去年も、週末にはいつもデートをしていたし、夏休みには、ほぼ毎日会っていた。

 でも、冬休みの前くらいから、何となく、晴人の態度がよそよそしくなった気がした。会いたいって言っても「その日は用事がある」とか言われて、会ってくれないことが何度も続いた。

 クリスマスや初詣といった、これまで二人で欠かさず過ごしてきたイベントの時にも、晴人は会ってくれなかった。

 当然だ。同じ高校で新しい彼女ができていたからだ。

 晴人からは、春休みに直に会って「別れよう」と言われた。

 なし崩し的に捨てられるよりは、ずっと良かったし、それが晴人なりの優しさなんだろうなと、自分で納得しようとした。それまでの晴人の態度から予想はできていたけど、面と向かって、別れを切り出されると辛くて、その日、涙が止まらなかった。



 そして、高校二年生になった四月。

 晴人にフラれた傷もそこそこ癒えて、クラス替えで新たなクラスメイトと過ごすことになる、二年三組の教室に、私は笑顔で入って行った。

美鈴みすず! ここ、ここ!」

 教室の真ん中の席に座った香奈かなが大きく手を振ってくれた。

 教室の入り口に貼られていた座席表では、私は香奈の後ろの席だった。

「香奈! また、よろしく!」

「こっちこそ!」

麻里まりは?」

「残念ながら二組」

「本当? 後は?」

 私の問いの「後」とは、同じ中学から進学して、一年の時も同じクラスで、今も友達としてつきあっている智明ともあき伸吾しんご、そして慎也しんやの三人の男子のことだ。

 中学時代にカップルになっていた香奈と智明とのつながりで、この六人が遊び友達という関係でつきあっていた。

「トモと伸吾は一組だって。慎也だけ同じクラス」

 トモとは、智明のことだ。まさか、クラスが別れたくらいで、香奈と智明が別れてしまうことはないだろうけど、晴人のことがあってからの私は、二人がいつも一緒にいられないことに、何となく不安に感じてしまった。

「香奈、智明ってモテそうだから、いつも一緒じゃなくて心配じゃない?」

「心配は心配だけど仕方がないじゃん。それにクラスの女の子と話しもするなって言えないし」

 香奈って、やっぱり大人だなあ。

 私は、晴人を知らず知らずのうちに束縛していたのかもしれない。

 LINEで既読が付いても返信がないと不安になったし、一緒に歩いていても、晴人が他の女の人を見ることすら許せないって思った。そんな私と一緒にいて、晴人もきっと息が詰まってしまったんだろう。

「おはよう! また、よろしく!」

 私と香奈に後から元気に声を掛けてくれたのは、慎也だった。

 人を笑わせることが好きなおちゃらけキャラで、高校になっても、うちのグループのお笑い担当だった。

「慎也、良かったね。美鈴とまた同じクラスになれて」

 香奈が茶化すようにして言うと、「おう! 記録更新だぜ!」と慎也が親指を立てた。

「美鈴も少しは慎也とつきあってやりなよ」

 香奈が、少しゲスい顔をして私に言った。

 そうなのだ。慎也は、中学の時、私が晴人とつきあう前に、私に告白してきたのだ。慎也のことを何とも思ってなかった私は、慎也に「友達のままでいよう」と言って、慎也をフった。その後、晴人と恋仲になったんだけど、慎也は晴人とも仲が良くて、結局、友達として、そのままつきあってきて、今に至るということだ。

 慎也は、私が晴人とつきあってる時も、冗談交じりに「いつまでも待ってるから」と言ってくれていた。深刻そうにそう言われるとストーカーみたいで嫌だったと思うけど、みんながいる前で、いつもの笑顔で言ってくれて、みんなも冗談だと思っていた。

 私が晴人と別れたことも、みんな知っていたけど、慎也の態度に変わったところはなく、やっぱり、冗談交じりに「いつまでも待っている」と言ってくれていた。

 でも、そんな慎也には申し訳ないけど、慎也が晴人の代わりとなってくれるとは考えられなかった。

「ははは、まだ、傷も癒えてないし、そのうちね」

 曖昧な返事しか返せない私だった。

「まあ、俺は、美鈴と一緒に遊ぶだけで楽しいからよ。無理して彼氏にしてもらう必要なんてないから」

健気けなげだねえ」

 香奈が哀れむような目で慎也を見た。

「だってさ、俺、どこからどう見ても、お笑い担当のモブキャラだろ? 背伸びして格好つけたって、すぐに転んでしまうに決まってるっての! それで今まで何回失敗したことか」

「あははは、知ってるよ。大塚慎也八連敗伝説!」

「何、それ?」

 そんな話、私も初めて聞く。香奈が嬉しそうに話しだす。

「中学の時、八人の女子に次々に告白したんだけど、みんなにフラれたらしいよ」

「本当なの?」

 私が慎也に訊くと、慎也は後頭部をかきながら「これが本当なんだな」と答えた後、「あっ、誤解のないように言っておくけど、全部、美鈴に告白する前のことだからな」と慌てて付け足した。

「じゃあ、美鈴が八番目じゃないんだ?」

「美鈴との勝負には負けたって思ってないから」

「えっ? フラれたのに?」

「確かに彼氏にはしてくれなかったけど、こうやって、友達としてつきあってくれてるんだから、負けじゃないだろ?」

「じゃあ、引き分け?」

「そうそう! それに美鈴の後には誰にも告白していないから、しばらく連敗が増えることはないはず」

「いじらしいじゃない。こんなに想ってもらえるなんて、幸せだよ、美鈴は」

 香奈が頬杖をつきながら、私の顔を見た。

「そうなのかな?」

「あれっ、ひょっとして九連敗?」

「マジで?」

 香奈の言葉に、慎也が顔を引きつらせながら、私を見つめた。

「別に、慎也を負かせたつもりはないけど」

「じゃあさ、これからもずっと、俺は美鈴の彼氏になれないってことはないだろ?」

「……」

「地球が割れるくらいとか、エイリアンがやってくるくらいの確率もないってことはないだろ?」

 私が返答に困っている様子が分かったのか、慎也がハードルを下げてきた。

 必死な慎也の顔を見て、私は思わず吹き出してしまった。

「うふふ、まあ、それくらいならあるかもね」

「ほ~らほらっ! なっ! 俺だって、敗者復活戦で生き返って、最終的な勝者になれるかもしれないんだぜ」

 慎也が香奈にドヤ顔を見せた。

「まあ、私も応援してるから、もうちょっと、確率は上がるかもよ」

「マジで? もっと、応援してくれて良いんだぜ」

「じゃあ、今度の日曜、六人で遊園地にでも行く? クラスが別れちゃった残念会を兼ねて」

「おお! 行く行く! 美鈴も行くよな?」

「そうだね」

 私のその返事が嬉しかったようで、慎也は、満面の笑みでガッツポーズをした。

「よっしゃぁ! じゃあ、今日の放課後、さっそく打ち合わせしようぜ!」

 慎也がスキップを踏みながら、教室の一番前にある、自分の席に戻っていった。

「ねえ、美鈴」

 楽しそうな慎也の後ろ姿を見つめていた私に、香奈が声を掛けてきた。

「遊園地の話、話の流れで私が言い出したみたいになっちゃったけど、慎也がずっと私に言ってたんだよ。美鈴が元気ないみたいだから、そのうち、みんなで遊園地にでも行こうって」

 

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