雨宿り
「もう良い!」
私は翔の手を振り払うと、翔に背を向けた。
「何だよ! ただの友達だって言っただろ!」
「西木さんって女の子とイチャイチャしてたんだってね? ただの友達なのに?」
「イ、イチャイチャなんてしてねえよ!」
「ポッキーゲームもしたんだって?」
「そ、それは、その場のノリで……、そ、その、俺が言い出しっぺだったんだから、場をシラけさせないようにしなきゃいけないだろ!」
「何を聞いても言い訳にしか聞こえない。……もう帰る!」
私は振り返ることなく、学校の玄関から外に出た。
「待てよ! まだ話は終わってねえぞ!」
「もう話すことなんてない!」
背中で翔の言葉を遮ると、私は、足を速めて校門から出て行った。
中学時代からつき合い始めた翔とは、同じ高校にも進学して、傍目からも鉄板のラブラブカップルなんて呼ばれていた。
私だって、このまま、翔と結婚まで行っちゃうかもって思ってた。
でも、二年生になってクラスが別れると、翔はクラスメイトと過ごす時間が増えていって、逆に、私との時間が減ってきた。
相手が誰であっても言いたいことは言う性格と、場の空気を読めて、面白い冗談もすぐに言える翔は、昔から人気者で、今の二年生のクラスでも、いつも人の輪の中心にいるみたいだ。
それに引き替え、私は、別段、美人な訳じゃなく、これと言った取り柄もない女の子で、単に「翔の彼女」として有名なだけで、翔とつき合っていなかったら、非リア充のままだったはずだ。
翔とは登校も下校もいつも一緒だったけど、昨日は、体育祭の打ち上げをクラスでやるからと言った翔とは一緒に帰らなかった。
クラスのほぼ全員でカラオケに行ったらしいけど、自分のいない所での翔がどんな様子だったのかが気になった私が、今朝、二年生も翔と同じクラスになった親友の有美子に昨日の様子を訊いたのだ。
分かってる。私がヤキモチを焼いているだけだって。
でも、やっぱり、翔が他の女の子とイチャイチャするのは嫌だ!
私だけの翔でいてほしい!
クラスの女の子の誰とも話をするなってことじゃない! でも、翔の一番、近くにいるのは、いつも私じゃなきゃ駄目なの!
そう願うのって、私のわがままなのかな?
――雨?
突然、額にぽつりと冷たさを感じた。
見上げると、いつの間にか黒い雲が空一面に広がっていて、雨粒が一つ、また一つと落ちてきていた。
――どうしよう? 傘、持ってない。
駅まで、まだ五分ほど歩かなきゃいけない。
走ろうかと思った途端、雨が強く降ってきた。
辺りを見渡すと、すぐ近くに公園があり、その中に東屋があるのが見えた。
私が、その東屋に駆け込むのと同じタイミングで空が光ると、間髪入れずに雷鳴が轟いた。
「きゃっ!」
私は、思わず目を閉じて、しゃがみ込んでしまった。
ゆっくりと目を開けると、バケツをひっくり返したかのような土砂降りで、まだ午後五時だというのに、辺りは暗くなっていた。
天気予報では雨だなんて一言も言ってなかったのに――。
通り雨かもしれないと、私は東屋に一人立って、小降りになるのを待つことにした。
ふいに空が光った! そして、すぐに雷鳴!
私は、また頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
――怖い! 怖いよ! ……翔!
水を跳ね上げつつ、誰かが駆けて来ている音がした。
目を開けると、傘を目深に差した男の子がこっちに向かって駆けて来ていた。
同じ学校の制服……。
東屋に着き、傘を畳むと、息を切らした翔がいた。
「……翔」
「晴美! 大丈夫か?」
「ど、どうして?」
「お前、朝、雨が降ってないと、傘を持って来ないだろ?」
「……追い掛けて来てくれたの?」
「ま、まあ、帰り道も同じ方向だからな」
「……」
「雷が怖いって言ってたし、泣きべそかいてるんじゃねえかと思ったんだよ」
「な、泣いてなんかいないもん!」
「じゃあ、何でしゃがんでるんだよ?」
「こ、これは、……ちょっと、疲れただけだし」
私は、翔から顔を背けながら立ち上がった。
――ピカッ!
「きゃっ!」
気がついたら、私は翔に抱きついていた。
翔は優しく私の肩を抱いてくれた。
――何だろう? 心細さが溶けるように消えていく。
「翔」
「うん?」
顔を上げて、翔を見る。
さっきまで喧嘩してたのに、どうして、そんな優しい顔してるの?
「いつも近くにいて。今みたいに」
「いつもは無理だ」
「えっ?」
私は反射的に体を離した。
でも、翔は優しい顔のままだった。
「俺、友達との時間も大切にしたいんだ。昨日、すごく楽しかった。ちょっと、はしゃぎすぎて、晴美に誤解をさせたことは謝る。ごめん」
「……」
「でも、これだけは言っておく! 俺は晴美と一緒にいる時が一番楽しいから! 晴美以外の女とつき合うことは絶対にないから!」
「……翔」
「いつも一緒にはいられないけど、晴美が困ってる時には、何をおいても一番に駆けつけるからさ。それで我慢してくれよ」
翔は、手を合わせて、少し頭を下げた。
「し、仕方ないなあ。私も有美子とカラオケ行くこともあるし……。でも、ポッキーゲームは絶対禁止!」
「分かったよ。もう二度としない。晴美以外とは」
「ば、馬鹿!」
雨はいつの間にか小降りになって、西の空には薄日が差していた。