花言葉は「鈍感」
真新しい制服を着て、入学したばかりの高校への道を歩く。
通学路である川岸に続く桜並木には、桜色の可憐な花が咲き乱れていた。
風が吹いて花びらが舞い散る。
――花びらのシャワーみたい!
すごく綺麗で思わず立ち止まって見とれてしまう。
大通りの信号の手前まで来ると、通学路は桜並木からコースをはずれる。
赤信号で立ち止まってからも、名残惜しくて桜並木を眺めていると、後ろから挨拶された。
「瑠璃、おはよ~」
振り返ると、マスクにゴーグルのような眼鏡という、この時期でなければ怪しい格好の夏美がいた。
「おはよ! 今日も辛そうだね」
「思わず笑ってしまうくらいだよ。今日、私がヘラヘラ笑ってても気にしないで」
「いつものことじゃない」
「いつもはヘラヘラじゃなくてニヘラニヘラと笑ってんの」
「あははは、どこが違うの?」
夏美は、高校に入ってすぐにできた友達だ。
夏美の話はいつも面白くて、聞き役の私はいつもお腹を抱えていた。
「瑠璃は、花粉、平気なんだ?」
「花は好きだし。それにいろんなところで鈍感だから」
本当のことだ。
中学校の卒業式が終わった後、教室でクラスメイトと最後のお別れをしている時、頭は良かったけど無口で話もほとんどしたことがなかった浜崎君から告白された。
『いつもじっと見てたけど、全然気づいてくれなかったよね』
『えっ、あ、あの、ごめんなさい』
『たぶん、僕のことなんて眼中になかったってことだろうけど』
『……』
私は何も言えなかった。本当にそうだったから。
私には好きな人が別にいた。ずっと片思いだった。
「おはよ!」
次の交差点で、数人の男子と一緒に登校していた柴田君と出会った。
中学の三年間ずっと同級生で、高校でも同級生になった柴田君は、明るくて、真面目で、誰に対しても優しい。
中学の時もそうだったけど、高校に入ってからも、すぐに男女を問わず人気者になった。今、一緒にいる男子もみんな同級生で、柴田君を中心に人の輪がいつもできていた。
「お、おはよう」
柴田君以外の男子とはまだ話したことがない私は、とりあえず柴田君を見て挨拶を返した。
「おはよー!」
でも、既にクラスのおちゃらけ女王の名を欲しいままにしている夏美は、ずいずいと男子の輪の中に入って行った。
「あんたら、いつも柴田君と一緒にいるじゃんか! ホモなの?」
――夏美のような性格が羨ましい。
「俺、柴田になら抱かれても良いぜ」
「何言ってんだよ、馬鹿!」
笑いながら軽く相手の頭をこつんとする柴田君が眩しい。
「今のは本心が少し入ってたね。他にホモはいるかあ? 正直に白状しろ!」
夏美の突っ込みに男子達が反応して、男子達は夏美を囲んで、がやがやと騒ぎながら歩き出した。
そんな夏美達の後ろを追うように歩いていると、歩幅を短くしながら柴田君が後ろに下がってきて、私の横に並んだ。
「近藤、元気か?」
「う、うん。……元気が無いように見える?」
「いや、いつもどおり」
柴田君の私に対するイメージって、そんなもんだろうな。
夏美みたいに面白い話はできないし大きな声も出せない。
だから、中学時代から柴田君とはそんなに話はできなかった。言わば「ただの同級生」だったはずだ。でも、そんな私にも声を掛けてくれる柴田君は本当に優しいって、今更だけど思う。
そんな柴田君が中学時代からずっと好きだった。もちろん今も。
私達の前では、男子に囲まれた夏美の独演会が続いていた。
「何か、こんな感じで自然と近藤と二人になれたのって初めてだな」
「そ、そうだっけ?」
そうかもしれない。こうやって柴田君の隣を歩くだけで膝がガクガクしてるけど、そんな記憶はあまりない。
「でも、また同級生になれて良かったよ」
――どう言う意味だろう? 社交辞令だよね? きっと、そうだよ!
だったら、私も返さなきゃ。
「わ、私も」
「本当に?」
――えっ? どうしてそんなに笑顔なの?
「う、うん」
「良かったあ。本当はさ、近藤ともっと話したいって思っていたけど、俺から声を掛けられたら迷惑かなって思っててさ」
「ど、どうして?」
「俺が勝手に思っていたのかもしれないけど、近藤って、おしゃべりが嫌いなのかなって思ってて」
「そ、そんなことないよ! 夏美と友達になってるくらいだから、私も本当はおしゃべり好きなんだよ」
「それもそうだね。だったら、これから気軽に声を掛けても良い?」
「も、もちろん! ……でも、私って、そんなに声を掛けづらい?」
「クラスでも物静かな方だったし、いつも真面目に花に水をあげてるって印象があってさ、邪魔したらいけないのかなって思ってた」
中学の三年間ずっと園芸委員を務めて、花壇の水やりは私の日課になっていた。
「……花、好きだから」
「俺のことは?」
思わず見た柴田君の顔は真剣だった。
心臓がばくばくしだした。
そんなこといきなり訊かれて、何て答えたら良いの?
「ああ、ごめん! 自分の気持ちを先に言わないと卑怯だよな」
柴田君も立ち止まると、何も言えずに固まっていた私を見た。
「俺、ずっと、近藤を見てたんだぜ。近藤ともっと仲良くなりたかったから」
近藤君も少し照れている気がした。
「って、言えば、俺の気持ち、分かるだろ? でも、近藤、全然、気がついてくれなくてさ。嫌われているんじゃないかって思ってたんだ」
「そ、そんな訳ない! 私が……鈍感だっただけ」
自分ではいつも柴田君を見つめていたのに、柴田君が私を見ていたことにどうして気づかなかったんだろう?
そんなことあり得ないって、最初から思い込んでいたのかも。
「鈍感かあ。確かに、近藤って、少しそんなところがあるよな」
柴田君の笑顔が私の心を直撃した。
「あ、あのね、花言葉が「鈍感」の花って、瑠璃苣って言うんだよ。私の名前と同じなの。星形の花がすごく可愛いんだ」
――何、脈絡の無いこと言ってんだろ、私? 完全にテンパってる!
「俺、花のことはよく分からないけど、近藤のことはもっと知りたい。今度、その瑠璃苣って花のことを教えてくれる?」
「う、うん」
「おーい、柴田! 何、二人で話し込んでるんだよ!」
気がつくと、夏美と男子達は、はるか前にいて、私と柴田君を待ってくれていた。
「悪い! 今、行く!」
柴田君が男子達に大きな声で答えると、私を見た。
「行こうぜ、瑠璃苣!」
照れた表情を残して、小走りに駆け出した柴田君の背中。
もう見失わずに追い掛けていける!




