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女王様からのチョコよ! ありがたく頂きなさい!

 放課後。

 帰ろうかと席を立った私に向かって、クラスメイトの皐月さつきが泣きそうな顔で駆け寄って来た。

「ねえ、遙花はるかぁ~、どうしよう?」

「何が?」

「チョコだよ、チョコ!」

「F組の西田君?」

「そう! 今から体が震えちゃって!」

「一緒に行ってあげようか?」

「本当? ……でも、やっぱり良い」

 皐月は一瞬だけ嬉しそうな顔をしたけど、すぐに真剣な顔付きになった。

「遙花が一緒だと心強いけど、自分でちゃんと言う!」

「分かった。頑張れ!」

「うん、ありがと! でも、遙花は良いよね。もうバレンタインの心配しなくても良いんだから」

「私には私なりの悩みがあるのよ」

「え~、どんな?」

「どうやって費用を節約するかってこと」

「あははは、遙花らしい。釣った魚にゃ、もう餌はやらないってこと?」

「釣られたのは私だから。釣った方が物欲しそうな顔して迫って来たら、立場をわきまえろって、腹パンしてやろうと思ってるんだけどね」

「さすが、女王様……」



 私は、男子からも女子からも女王様キャラだと言われる。

 自覚もしている。

 三人姉妹の末っ子で、上二人の姉と年が離れていることもあって、甘やかされて育ってきたからだと自己分析もしている。

 毒舌だし、言うことがいちいち可愛くないのに、不思議と昔から男女問わずモテていた。

 親だろうと、先生だろうと、上級生だろうと言いたいことは臆することなく言うから、女子からは意見の代弁者として頼りにされていた。

 一方、男子からは、小学生の頃から何度となく告白されてきた。

 中学の時には何人かとおつき合いもしたけど、みんな、二月ふたつきともたず、私の方から別れを切り出した。

 高校に入学してからも、一学期が終わるまでに、三人の男子から告白された。同学年で一番のイケメンだと噂の男子もいたけど、つき合いたいとは思わなかった。

 そして、四人目として、隣のクラスで野球部の坂崎さかざき智也ともやに告白された。

 私は、智也とつき合うようになった。

 あれから半年。今も恋人としての最長不倒記録を更新中だ。



 傍目はためで見ても緊張しまくっている皐月の背中を押してあげてから、教室を出ると、智也が廊下で待っていた。

「遙花! 一緒に帰ろうぜ」

「部活は?」

「今日は、できるだけ遙花と一緒にいたいと思ってさ」

「さぼったってこと?」

「部活より遙花の方が大事ってことだよ」

 私は、ドヤ顔の智也に冷たい視線を送ってあげた。

「そんなこと言われても嬉しくも何ともない」

「えっ? そ、そんなあ~」

「私はね、野球を一生懸命している智也が好きなんだ。つまらない理由でさぼるような奴は大嫌いだ」

「な、何だよ、つまらない理由って?」

「智也にとって、私と一緒にいる時間より、野球をやってる時間の方が大切なんじゃないの? 特に今は」

 一年生にとって、今の時期は、レギュラーに入れるかどうかの分かれ目になる大事な時期だと智也だって分かってるはずだ。

「私とつき合っていたから、智也はレギュラーになれなかったなんて言われたくない」

「……」

「いつもどおり、練習が終わるまで図書室で待っててあげるから」

「……分かった」

 ――うん。素直でよろしい。



 図書室の扉が開くと、智也が小走りに私が座っている席にやって来た。

「ちゃんと部活してきたぞ!」

「はい、お疲れ様。でも図書室では静かに」

「あっ」

 智也は私より十五センチ以上背が高いのに、私に怒られるたびにその体を小さくする。

「じゃあ、帰ろうか?」

「おう!」

 私は席を立ち、コートを羽織って、図書室から出た。

 智也が跡をついてくる。そして、隣を歩く私の顔をちらちらと見ているのが分かった。

「どうしたの?」

「いや、だから、その……」

「言いたいことがあるのなら、ちゃんと言いなさい」

「チョ、チョコは?」

「……ぷっ! うふふふふふ」

 私は、こらえきれずに吹き出してしまった。

「な、何だよ?」

「ごめん! だって、鼻の穴がすごく開いていたんだもん」

「茶化すなよ!」

「茶化してないよ。いつもどおりの私でしょ?」

「ま、まあ、そう言われるとそうだけど……」

 階段を降りて、校舎の玄関に向かう廊下には人影がなかった。

「智也」

 立ち止まり智也を呼んだ。

 智也は、お預けを食らっている犬のように、期待で胸が一杯という顔をして私を見た。

 尻尾があれば、すごい勢いで振られているはずだ。

 ――もう、本当に可愛い!

 私は、智也の制服のネクタイを掴んで、智也の顔を無理矢理近づけると、すかさずキスをした。

「えっ?」

 不意を突かれた智也は、誰かに見られたんじゃないかと焦って周りを見渡したけど、誰もいないことが確認できたのか、すぐに満面の笑みになった。

「お、お前も大胆だなあ」

「嫌だった?」

「い、嫌な訳ないだろ?」

「そう。良かった」

 私は、コートのポケットから、ラッピングされたチョコを取り出した。

「はい、チョコ」

「おお! ありがとうな!」

「スーパーで買った安物だよ」

「遙花からもらったってことに意味があるんだよ!」

「他の女子からはもらってないの?」

「遙花は、自分の彼氏が他の女子からチョコをもらってても気にならないのか?」

「それだけモテモテの彼氏ってことでしょ? 私の鼻が高くなるじゃない」

「悪かったな。モテモテじゃなくて」

「そっか。私からしかチョコをもらえてないのかあ。でも、その唯一のチョコがワゴンセールの三割引で買ったものだなんて可哀想すぎる」

「嘘吐け! 心の隅っこでも可哀想だなんて思ってねえだろ?」

「あははは」

 私は、自分でもびっくりするくらい大きな声で笑った。

「さすが、智也! 伊達に私の彼氏を半年もしていないよね」

「もう遙花の言うことは予想できるって! それに本当は手作りだってことも」

 ――ちぇ! ばれてたか。

「でもさ」

 智也は少し心配そうな顔をして私を見た。

「チョコもらっておいて何だけど、いつも不安になるんだ。遙花は、どうして俺なんかを選んだんだろうって?」

「私の『しもべ』にぴったりだと思ったからよ」

「やっぱりなあ」

 智也が、がっくりと肩を落とした。

 自分の気持ちがストレートに態度に出る智也は嘘を吐くことができない。そして、本当に私がいけないことをしていた時には本気で怒ってくれた。

 だから、私は智也を選んだ。そして、つき合ってみて分かった。

 智也は、側にいるだけで、私を楽しくさせてくれる。

 わがままな私を不器用なりに優しく包んでくれる。

 そんな智也のせいで、何事にも醒めていた女王様の退屈は無くなってしまったんだよ。

 私達は、校舎の玄関までやって来た。

 下駄箱から自分の靴を取り出して、代わりに上履きを下駄箱に入れる。

「智也」

「うん?」

 同じように上履きを下駄箱に入れて靴を履いた智也に私は向き合った。

「ありがとう」

 抑えきれない気持ちが口に出た。

「えっ?」

「私の『しもべ』でいてくれて」

「……それって、喜んで良いんだろうか?」

「ふふふふ」

 私は智也にとびっきりの笑顔を見せて、自分の手を差し出した。

「今日は特別に女王様の手を引いていくことを許してあげる」

 

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