振り向けば、いつもそこに
「各クラスと各クラブの出し物は以上でよろしいですか?」
私は、ロ型に並べた机に座っている、出し物の責任者の顔を見渡した。
「では、以上で締め切りをさせていただきます。これより実行委員会の方で申請内容を精査して、要求予算額の査定をさせていただきます。査定結果は来週初めにはお知らせします」
2年生になり、文化祭実行委員長を仰せつかった私が司会をして、今月末に開催される文化祭の第一回実行委員会が終わった。
いつもしているポニーテールを揺らしながら、会議室を出て教室に戻る私の斜め後ろから、孝志が声を掛けてきた。
「時間どおりに終わったな。さすが、悦加だ」
「私を褒めるその労力を副委員長としての仕事に使いなさいよ!」
「委員長を褒めて、やる気にさせるのも副委員長の仕事じゃなかったっけ?」
私は立ち止まって振り返り、ジト目で孝志を見つめたけど、孝志は、私の険しい視線をまったく意に介していないような笑顔だった。
「全然、違う! 委員長の補佐をするのが副委員長でしょ? 司会を途中で代わるよって言っても良かったんだよ」
「中学の時には、生徒会長を勤め上げた悦加を押しのけてまで、俺が司会をするなんて、おこがましいぜ」
孝志は、今は別のクラスになっているけど、家も近所で、小学校、中学、高校と同じ学校に通い、私が中学で生徒会長をした時には副会長をしていた、腐れ縁のような男の子だ。
高校でも生徒会役員の推薦を受けそうになった私は、元来、人の前に出て人を引っ張っていくことが、そんなに好きな訳ではないので、ずっと辞退をしていたのだけど、それならと代わりに文化祭実行委員に推薦されてしまい、結局、実行委員長に収まってしまった。
そして、何故だか、孝志も文化祭実行委員になっていて、私が委員長に選出されると、自ら副委員長に立候補した。
「申請内容の審査はどうする?」
孝志が少しだけ真面目な顔になって訊いた。
「出された申請を一覧表にすれば分かりやすいと思うから、その表を作ってから、委員全員で検討しましょう」
「一覧表は誰が作るんだ?」
「そうじゃなくて、『俺が作る!』って言えないの?」
「表を作るの苦手なんだよな」
「はあ~」
思わず、ため息が出た。
孝志は、昔からずっと、こんな感じだ。
のらりくらりと言い訳をして、なかなか作業をしてくれずに、せっかちな私がしびれを切らして、結局、私が自分で資料作りをするということの繰り返し。
「分かったわよ」
「平の委員に任せたら良いじゃん」
「委員全員に検討してもらう資料作りは、役員の仕事でしょ?」
「そんなもんかねえ」
「そんなもん!」
「でもまあ、今日、これから残ってやっていたら遅くなっちゃうから、明日からやろうぜ」
「そうね」
やるのは、どうせ、私になるはずだけど……。
「悦加は、早く帰らなきゃいけないんだろ?」
「えっ? ……どうして知っているの?」
「隣近所で耳に入らない訳がないだろ」
昨日の夜、母親が家で転んで足を痛めてしまい、一週間ほど入院することになっていた。
父親は料理とか家事をまったくしない人だし、小学生の弟に任せることもできなかったから、自然、私が家事をすることになった。
「病院にも寄って行くんだろ? 早く帰りなよ」
「う、うん。ありがとう」
「委員長が早く帰ってくれないと、下々の者が帰りづらいんだよな」
「お礼撤回! 明日の放課後までには一覧表を作るから、放課後、実行委員会を開くって委員のみんなに知らせといて! それくらいならやってくれるでしょ?」
「一覧表は、いつ、作るんだよ?」
「明日のお昼休みにやる」
「あっ、そう。分かったよ。委員には知らせておく」
「よろしく! じゃあ、私、帰るね」
「ああ、お疲れ!」
次の日。
お昼御飯を食べ終えた私は、臨時に文化祭実行委員会室となっている印刷資料室に入った。
中には、副委員長の孝志より熱心に仕事をしてくれる一年生の女子委員である大崎さんがいた。
「あっ、委員長!」
「大崎さん、何してるの?」
「あの、委員長がお昼に作業されるって聞いたので、何かお手伝いできないかと思って」
「ありがとう、大崎さん。誰に聞いたの?」
「副委員長です」
まったく、下級生を寄越して、自分はのんびりとお昼休みを満喫しているのかしら?
「委員長、何をするんですか?」
「昨日、提出された出し物の申請を一覧表にまとめようと思って」
「えっ?」
作業机に座ろうとした私が、驚いた大崎さんの視線の先を追い掛けると、机の上に何枚かのプリントが置かれていることに気づいた。
よく見ると、それは、これから私が作ろうとしていた一覧表だった。
「これ……」
「この資料なら、たぶん、昨日、副委員長が作ってくれたんだと思います」
「孝志が? 昨日?」
「はい。私も、昨日の委員会の後、クラスの出し物の打ち合わせをしていたんですけど、思ってたより早く終わったので、委員会の方で何か用事がないのかなって思って、ここに寄ってみたら、副委員長が一人でパソコンとにらめっこしていたんです」
「……それ、何時頃?」
「六時頃でした。手伝いましょうかって、副委員長に言ったんですけど、自分でやるからって言って……」
私が作っても午後八時くらいまでは掛かるだろうなと考えていた一覧表を、表計算ソフトを使うのは慣れてないから苦手だって言っていた孝志が作ったとしたら、もっと遅くまで時間が掛かったかもしれない。
そう言えば、中学の時も、普段は何もしないのに、私がインフルエンザで一週間ほど学校を休んだ時には、ちゃんと生徒会長代理を勤めてくれたらしいし……。
ノックも無しに引き戸がガラガラと開かれると、孝志が部屋に入って来た。
いつもと同じように、ヘラヘラと笑いながら、私の前に座った。
「あっ、それ、一応、作ったんだけど、中を確認しておいてくれよ。あまり自信は無いんだ」
「自分で作るなら作ると、どうして言ってくれなかったの?」
「悦加が帰った後、急に思い立ったんだよ」
「……ぱっと見た感じ、これで良いかな」
「本当か?」
「とりあえず、顧問の鈴木先生には、先に渡しておこうか?」
「そうだな」
私が先に席を立ち、部屋を出て、職員室に向かうと、斜め後ろに孝志がついて来ていた。
「ねえ、孝志」
「何だよ?」
「どうして、いつも私の後ろを歩くの?」
「いつもポニテにしている悦加のうなじが見られるじゃないか」
私は立ち止まり、また、ジト目で孝志を見つめた。
「……明日からポニテ止める!」
「えっ~、俺の唯一の楽しみがあ~」
大袈裟に残念がる孝志を見て、私は堪えきれず吹き出してしまった。
「ぷっ、ふふふふ……。何それ? 馬鹿じゃないの!」
――そうだ!
自分一人で全部を背負い込んでしまう私が、こうやって愚痴を言ったり、意味も無く笑ったりして、心をリセットできるのは、振り向けば、いつもそこに孝志がいてくれるからかもしれない。
いてくれるだけで……。
「お前のうなじを見られるのなら、馬鹿で結構だよ」
「駄目! うなじはもう見せないから! これからは、私の隣を歩きなさい!」




