また一緒に
五月晴れの空に、元気の良い音楽と、放送部の生徒によると思われる、少し、たどたどしいアナウンスが木霊のように響いていた。
今日は、地元の中学校の運動会の日。
同じ高校に進学した中学時代からの親友の聡美に誘われて、1年以上ぶりに通る母校への道だった。
弟が中学に入学して初めての運動会ということで、写真を撮りまくると息巻いている聡美と並んで歩きながら、懐かしい風景に出会うたび、忘れかけていた記憶が呼び覚まされる。
中学校に着くと、万国旗が張り巡らされた校庭には、大勢の人がいて、歓声が鳴り響いていた。
校舎も、体育館も1年前のままだった。
校庭の隅にあるバレーコートに目が行った。
3年間、毎日、夢中になってボールを追い掛けていた。
郊外の中学で、それほど生徒数も多くなかったから、そんなに背が高くない私もレギュラーとして試合に出て、それなりには活躍はできた。
高校に入ってからも、バレーボール部に入ったけど、部員も多く、とてもレギュラーになれそうにないと思って、モチベーションが下がってきていたところに、親から、今から大学受験に備えて、塾に行くように言われたことをきっかけに、2年生になると、すぐに退部をした。
いざ、退部をしてしまうと、何となく、挫折感を感じて、少し気分が沈んでしまっていた。
バレーボールに打ち込んでいた過去の栄光に浸ることで、少しは気分を持ち直すことができるかもしれないと思い、聡美の誘いに乗って、1年間、顔も見せなかった母校に行ってみようと思い立ったのだ。
実は、これまで母校に行かなかったのには、理由がある。
新しい高校生活に、まだ慣れてなくて、出掛ける余裕もなかったということもあるけど、進也と会いたくなかったというのが、一番の理由だ。
進也は、中学校時代、同じバレー部に所属していて、毎日、顔を合わせているうちに、何となく仲良くなって、3年生の時には、彼氏と呼べる間柄になった男の子だ。
でも、そんな進也とも、別の高校に行きだしてからは、次第に疎遠になってきて、去年の5月頃には、何となく連絡も取りづらくなってしまっていた。
彼氏から元カレになってしまった進也と会ったら、何て言えば良いのか分からなかった私は、できるだけ中学の同級生と会うような場所には行かないようにしていた。
でも、それから1年も経って、新しい環境と、新しい友達は、進也の記憶も想い出へと変えてくれた。
もし、今日、進也と会っても、ちゃんと明るく挨拶できると思う。
「本部」と書かれているテントの近くに行くと、懐かしい先生の顔も何人か見えた。
「川上智佳子さんに小川聡美さんよね? 久しぶり! もう、すっかりお姉さんになっちゃって」
「近藤先生! お久しぶりです!」
「さっき、松尾さんもいたわよ」
「さゆりが? 本当ですか?」
「ええ、まだいるんじゃないかな」
その後も、次々と懐かしい名前が出てきた。卒業して、まだ1年しか経っていないのに、すごく遠い日のような気がする。
「智佳子! 次のムカデ競争に弟が出るんだ。ちょっと、前に出て、写真撮ってくる! この辺りで待ってて!」
弟が可愛くてたまらない聡美が一方的に宣言すると、人垣の中に潜り込んで行った。
あまり遠くに行っちゃいけないと思って、その場でキョロキョロと辺りを見渡していると、進也がこっちに歩いて来ているのが見えた。
もともと背が高かったけど、更に伸びているような気がした。
私が進也をずっと見つめていると、進也も私に気がついたようで、微笑みながら私に近づいて来た。
「智佳子、久しぶり」
「うん。久しぶり」
思っていたとおり、普通に挨拶ができた。
「進也、まだ、背が伸びてるんだ。……バレーも、まだ、やってるの?」
「続けているよ。智佳子は?」
「ちょっと、気力が続かなくて、辞めちゃった」
「そうか。……一人で来たのか?」
「ううん。今日は聡美のお供」
「へえ~、小川も来ているのか?」
「うん。聡美は、今、弟の勇姿をビデオに収めるために出撃中。進也はどうして?」
「妹が2年生なんだよ」
「ああ、そうだったね」
「あっ、そう言えば、智佳子には、今、彼氏がいるんだっけ? 呼び捨てにしちゃいけなかったかな?」
「えっと、……今、フリーなんだ」
「えっ、そうなのか?」
「うん」
「そっか。……実は、俺も、ちょっと前に別れたばかり」
「えっ、本当に?」
「ああ」
進也が、今、フリーだと分かると、急に意識してしまって、何となく、話しづらくなってしまった。
進也も同じ気持ちだったようで、人差し指で頬をポリポリと掻きながら、何か言葉を探しているような気がした。
「えっと、……進也」
「うん?」
「ちょっとだけ、話してても良い?」
「あ、ああ、もちろん。妹の出番は、次の次みたいだから」
「……高校のバレー部、面白い?」
「ああ、一応、レギュラーにもなれたしな」
「本当に? 2年生なのに、すごいじゃない!」
「まあ、練習だけは一生懸命してるつもりだから、その辺を認めてもらったのかもしれないけど」
褒められると、照れて、鼻の頭を掻く癖も昔のままだ。
「進也はえらいね。私は根性無いから」
「智佳子は、勉強で忙しいんだろ?」
「えっ?」
「この前、駅前の塾に入って行くのを見掛けたんだ」
「声を掛けてくれれば良いのに」
「ちょっと、声を掛けづらくてさ」
「あっ! ……ごめん。私もそうだった」
「今日、こうやって、智佳子と話ができて良かったよ」
「私も」
聡美が人垣の中から戻って来た。
「あれぇ! 小林君じゃない! なになに? 二人、焼け木杭に火がついたの?」
「そんなんじゃないよ! 思い出話に花を咲かせていただけだよ!」
「そんなにムキになって否定しなくても良いじゃん」
聡美に突っ込まれると、返す言葉も無かった。
「校庭の反対側に、平木がいたのを発見したから、私、ちょっと行ってくるよ。二人はごゆっくり~」
聡美は、また一方的に宣言をすると、小走りに去って行った。
「小川の奴も相変わらずだな」
「聡美は、佐藤君と順調に続いているみたいよ」
「そうなのか? 佐藤と小川って、同じ高校だったっけ?」
「そうだよ」
「そうか。小川と佐藤が同級生の中では、結婚一番乗りかな?」
「気が早すぎだよ」
「ははははは、そうか?」
――父兄や卒業生の方で、二人三脚レースに参加される方は、入場ゲートの所に集合してください。
スピーカーから、レース参加の案内が流れた。
「妹が出る借り物競走の次だな」
ぽつりと呟いた進也は、私を見つめた。
「なあ、智佳子」
「うん?」
「中学の時に、クラブ対抗の二人三脚リレーがあったの、憶えてるか?」
「えっと、……何となく」
「三年生の時、俺と智佳子がバレー部のアンカーだったんだけど、智佳子が転んじゃってさ」
「ああ~、そうだ! 思い出した! 今、思い出しても恥ずかしい!」
「はははは。それまで一番だったのに、智佳子が転んだ時に、お互いの足を結んでいた紐がほどけちゃって、それを結び直している間に、ビリになっちゃったんだよな」
「そうだった。……ごめん」
「いや、謝らなくちゃいけないのは、俺の方だよ」
「えっ?」
「俺、あの時、気が焦ってしまって、智佳子のことを思いやらずに、自分のペースで突っ走ってしまったんだ」
「……」
「その上、リレーが終わった後、お前のこと、すごく怒ったんだよ。何、やってんだって」
「……」
「智佳子が、すごく落ち込んでいたのに、更に罵声を浴びせちゃって……。しばらくしてから、俺もちょっと言い過ぎたかなって、一人反省はしたんだけど、ちゃんと、智佳子に謝らなかった」
「それも今、思い出したくらいだから、私も、全然、引きずってないよ。私って、嫌なことは、すぐに忘れる性格だから」
「そうだよな。智佳子ならではだよな」
進也は、一人うなずくと、笑顔で私を見た。
「智佳子」
「うん?」
「二人三脚レースに出てみないか?」
進也から誘ってくれるなんて思ってもいなかった。
「えっと、バレーも辞めてから、しばらく経つから、もう体が動かないよ。それに、こんな服だし」
「今度は、智佳子のペースに合わせて、ゆっくりと行くから」
「えっ?」
「もう1回、智佳子と二人三脚をしたいんだ」




