リハーサル
ついに、この日がやって来た!
そう、今日はバレンタインデー!
私は、人生初の告白を前に、目眩しそうなくらい速くなっている脈拍を鎮めることができなかった。
一年生の時からずっと憧れていた神田君にチョコを手渡すことを決めたのが一週間前。
いきなり手作りチョコなんて重いかなと思って、奮発して、デパートでちょっと高めのチョコを買ったのが一昨日。
そして、今、私は神田君を待っていた。
サッカー部に所属している神田君は、午後六時に練習を終えると、部員の男の子達と一緒にA駅まで行き、電車に乗って五つ目のB駅で降りると、家まで五分の道を一人で歩いて帰る。
どうして、そんなことを知っているかというと、B駅の隣にあるC駅が自宅最寄り駅である私は、駅前に大きなショッピングセンターがあるB駅にはよく立ち寄っていて、たまたま買い物の帰りに神田君と出会い、神田君の自宅がB駅から歩いて五分くらいの所に最近できた大きなマンションだということを教えてもらったからだ。
そして、神田君から、B駅から自宅マンションまでは小さな抜け道があって、いつもそこを通っているとの情報も入手した私は、地図を見て、その道路を特定した。
人通りがほとんどない、この道を神田君が一人で通る時を逃すことはできない。
と言うことで、私は、その道の途中にある小さな児童公園の前に立って、神田君がやって来るのを待っていた。
これは、神様が私に与えてくれたチャンスとしか考えられなかった。
神田君は、女の子みんなに優しくて人気がある男の子だったけど、彼女がいるという噂は聞いたことない。
二年生で神田君と同級生になって、色々と話はできる仲にはなったけど、私の気持ちには気がついていないはずだ。
私の本当の気持ちを伝えたい。でも、振られるのは怖い。
ずっと、そんな迷いの中にいた。
でも、今日、そんな気持ちにバイバイできるはず。
神田君がやって来る予想時間まで、まだ三十分以上ある。
私は、神田君にチョコを渡すところまでを、実際にシミュレートしてみることにした。
B駅から歩いて来た神田君は、遠くに見える交差点を左折して、この小さな道に入って来るはずだ。それを確認した私は神田君に向かって歩き出す。
そして、偶然を装って声を掛ける。
「あれっ! 神田君! こんな所で奇遇だね」
少し驚く神田君。そして、私がこんな所にいる理由を訊いてくるはずだ。
「森田! どうして、こんな所にいるんだ?」
そこで私は……、あれっ、どうして私、こんな所にいるの?
駅前だと、買い物の帰りとか言えるけど、この道の先には住宅街しかない。
おかしいじゃない! 神田君を待ち伏せしてたのがバレバレじゃない!
計画変更!
やっぱり、ショッピングセンターの前で待っていよう。
……って、待って!
私がこの場所を選んだのは、人目が少ないからだ。
ショッピングセンターの前なんて、行き交う人がいっぱいいる。そんな中で神田君にチョコを渡すのが恥ずかしかったから、この場所を選んだのだ。
でも、絶対、不自然だし……。
ああ、もう! どうすれば良いのか分かんない!
やっぱり、当初の計画どおりに実行しよう!
まあ、買い物してから帰ろうとしたら、ちょっと道に迷ってとか言い訳をするしかない。
すると、神田君が「何を買ったのか」と訊いてくるはず。
そこで、ポケットからチョコを出して、「これを買ったの」と言って、神田君に差し出すの。
「えっ? 何、これ?」
神田君が少し照れながら訊いてくるはずだから、「か、神田君にあげたくて買ったの」と上目遣いでプッシュ!
「お、俺に?」
「そ、そうだよ」
「ひょっとして、チョコ?」
「うん、今日、バレンタインデーでしょ」
「森田が俺に?」
「うん。私の気持ち」
――良いね! 良いね!
あっ、待ってよ。もっとクールに決めた方が良いかな?
「神田君! これ、欲しかったんでしょ? 私からのチョコ、あげようか?」
――いや、いや、いや!
何で、いきなりの上から目線? それに、「いらない」って言われた時のショックが大きすぎる。
よく考えたら、神田君の顔を見ると、今以上に緊張してしまって、何にも言えなくなってしまう恐れがある。
無理に言うと、「神田君、こ、これ、ひょこ……じゃなくて、チョ、チョコ、受けちょってくだひゃい」なんて、相手が神田君だけに噛んでしまうかもしれない。
いっそのこと、無言で差し出すか?
そして、これを受け取れと目で迫る!
……いや、怪しいし、考えようによっては怖い。
もう変に小細工せずに、直球勝負にしようか?
ずいっと神田君の前に飛び出して、「これ、私の気持ちです! 受け取ってください!」と叫ぶ。
――うん、一番無難かな。
でも、受け取ってもらえなかったらどうしよう?
やっぱり「ごめん」と謝って、チョコをそのまま持って帰ることになるのだろうか?
でも、それって悲しすぎる。持ち帰ったチョコなんてどうすればいいのよ?
そもそも、あげるって言うチョコを受け取らないって、男としてどうなのよ?
――はあ~、駄目だ。
色々と考えていたら、マイナスの方向に考えが行ってしまう。
ここまで来たんのだから、もう、渡すしかないでしょ!
そうだよ。私の知ってる神田君は、私のチョコを受け取らない人じゃない! 私のことを彼女として認めることはできないとしても、友達として、これからも、つきあってくれるはずだ。
神田君との関係をすっきりさせた方が絶対良いに決まっている!
よーし! 何か気合いが入ってきた!
こうなったら、神田君にチョコを投げつけてでも渡してやる!
私は、ピッチャーのようにふりかぶってチョコを投げるポーズをした。
「神田―! これを受け取れ―!」
「えっ?」
驚いて斜め後ろに顔を向けると、そこにはもっと驚いている神田君の顔。
「な、何してるんだ、森田?」
「あ、あうっ……」
今までの一人芝居を見られた?
あー、もう! 頭の中が真っ白だあ!
私はチョコを神田君に差し出した。
「だ、黙って、これを受け取れぇー!」
「嫌だ」
…………振られた。……最悪だ。
「だって、黙ってたら、ありがとうって言えないだろ?」
「えっ?」