売れ残ったクリスマスケーキ
色とりどりのイルミネーションで輝く冬の街。
駅前にあるコンビニのレジにも、アベックや家族連れが次々とやって来ては、チキンやケーキを買って帰る。
コンビニの制服を着て、頭にはサンタ帽を被っている私は、途切れることのないお客様の対応に追われていた。
「祐子ちゃん、クリスマスイブなんだけど、当番だった子がどうしても都合がつかなくなったって言うのよ。祐子ちゃん、その日のお昼から空いてない?」
いつもバイトをしているコンビニの店主で、実の叔母から頼まれたのが一週間前。
クリスマスイブだというのに、まったく予定も入っていなかった私は、すぐに承諾をした。
家で、一人の寂しいイブを送るよりは、気が紛れて良い。
私にだって、クリスマスを一緒にすごしたい好きな男の子はいた。
でも、私の片想いで、たぶん、その子は、私が好きだなんて思ってもいないはずだ。
「いらっしゃいませ!」
私は息を飲んだ。
「何だ、高山、今日もバイトしてるんだ?」
「う、うん」
中学校から、ずっと同級生だった正木君は、学校の制服姿だった。
「冬期講習の帰り?」
「ああ、高山みたいに頭良くないからな」
「な、何、言ってるのよ!」
「ははははは」
レジ前から離れていった正木君は、すぐにうちのコンビニ限定のスイーツとコーラを持って戻って来た。
「これ、美味いよな?」
「うちのお勧め商品だから」
「おっ、しっかり宣伝してるのな」
「売り上げが上がると、ちょっとだけど、バイトにもボーナスが出るからね」
「はははは。な~るほど」
正木君にお釣りを返す時、添えた手で、軽く正木君の手を握る。
正木君も軽く握り返してきた気がした。でも、きっと気のせいだ。
「あっ、高山」
「うん?」
「バイト、何時まで?」
「8時まで」
「あと2時間か。……じゃあな」
「うん。……ありがとうございました」
午後8時。
バイトを終えて、コンビニを出ようとする私に叔母さんが声を掛けてきた。
「祐子ちゃん、今日はありがとう。お陰で助かったわ」
「いえ」
「これっ、心ばかりのお礼」
叔母さんが差し出したのは、うちのコンビニ限定の小さなクリスマスケーキだった。もう、この時間だと売れ残ってしまうと思ったのだろう。
「すみません」
「こんな物でごめんね。お母さんにもよろしく」
「はい。おやすみなさい」
「お疲れ様! メリークリスマス!」
私がコンビニから出ると、ちらほらと雪が舞っていた。
「……ホワイトクリスマスか」
――バイト中に会っちゃうなんて。
今年も、私のお願いは、サンタさんに届かなかったみたい。
「高山!」
目を上げると、自転車に乗った正木君がいた。
「正木君!」
「もうバイト、終わったのか?」
「うん。正木君は?」
「ははは、お袋に頼まれて、お使い。マヨネーズを切らしてたみたいでさ」
「そっか、……それじゃ」
私は、正木君に頷くと、家に向かって歩き出した。
「あっ、高山!」
振り向いた私に、正木君の笑顔が待っていた。
「一緒に帰ろうぜ」
「えっ?」
「すぐにマヨネーズ、買って来るからさ」
「……」
「乗せていってやるよ。どうせ同じ方向だし」
「……良いよ」
「えっ?」
「私、……ちゃんと歩いて帰れるから」
――お願いだから、変な期待をさせないで。
私は、正木君を残して歩き出した。
駅前にあるこのコンビニから家までは歩いても10分あれば着く。
次の交差点で赤信号を待っていると、後ろからやって来た自転車が私の横で急停車した。
「正木君!」
息を切らした正木君は、自転車から降りると、コートのポケットから綺麗なリボンが結ばれた小さな箱を差し出した。
「高山! メリークリスマス!」
「えっ?」
「高山にクリスマスプレゼント」
「ど、どうして?」
「どうしてって、……あげたいと思ったから」
「……」
「8時まではコンビニにいるって分かったから、急いで買って来たんだ」
「……」
「絶対、渡そうと思って」
「マヨネーズは?」
「ははは。コンビニ行くってお袋に言ったら、ついでに買ってきてくれって言われちゃってさ」
正木君は、もう一度、小さな箱を私に差し出した。
「いらないって言うのなら、そのまま捨ててもらって良いから」
私がその箱を受け取ると、正木君は嬉しそうに頷くと、自転車に跨った。
「それじゃあ!」
「あっ、正木君!」
自転車をこぎ出そうとした正木君が止まって、私を見た。
私も自分のコートのポケットから小さな箱を取り出した。ちょっと、ラッピングにしわが寄って、リボンもほどけかけていた。
「……メリークリスマス」
「俺に?」
「うん。……一週間前から用意してたから、ちょっとぐちゃぐちゃになってる」
「そんなに前から?」
「私のプレゼントなんて、絶対、迷惑だろうなって思っていたから。でも、正木君がプレゼントくれたから、そのお返し」
「迷惑な訳ないだろ!」
「……」
「ありがとう」
「うん」
「でも、今日、俺にこうやって会えると信じていたの?」
「ううん。今までサンタさんが、私の願いを訊いてくれたことはないから。……だけど、コンビニのクリスマスケーキと同じ」
「えっ?」
渡すことができないだろうなって思っても、毎年、買っていたクリスマスプレゼント。
今年は、私の部屋に飾れないみたい。




