密かに見つめて
「真理! 一緒に食べよ!」
私は、真理の前の席の椅子を貸してもらって後ろ向きに座わると、真理の机の上でお弁当箱を広げた。
真理と一緒にお弁当を食べるのは、もう習慣になっているんだけど、実は、真理にも話していない目的が、私にはあった。
私の席は前から6番目、つまり一番後ろで、いつもは小松君の後ろ姿しか見られないけど、前から2番目の真理の席に後ろ向きに座ると、小松君を真正面から見られるのだ。
真理の席の列の前から4つ目に座っている小松君は、3つ目の席に座った村田君と向かい合って、お弁当を食べていた。
私は、少し椅子を右に寄せて、真理と村田君越しに、小松君をチラチラと見ていた。
かと言って、真理に怪しまれないように、ちゃんと真理の相手もしながらだ。
「ああ、そうだ。みのり!」
「えっ、……何?」
「何、ぼーっとしてるのよ? 寝不足?」
「ああ、ちょっとね」
何とか笑って誤魔化すことができた。
少し小松君に集中しすぎてて、真理に気づかれるところだった。
「今日さ、カラオケに行く予定にしているんだけど、一緒に行かない?」
「誰と?」
「久乃と由起、それと大川君と市原君」
「だ、男子も行くんだ。……じゃあ、パスで」
「みのりって、本当に奥手だよね。ひょっとして、男子が嫌いなの?」
「えっ?」
「百合系? まあ、私はみのりから求められたら応じちゃうよ」
「何言ってるのよ! 私は、ちゃんと男の子が好きなの」
「へ~え。それじゃあ、みのりの好きな男子て誰よ?」
「そ、それは、……いないよ、まだ」
「本当? でもさ、みのりって可愛いんだから、積極的にアピールしたら、すぐに彼氏の一人や二人はできるって」
「二人もいらないから」
「あっ、それもそうか」
男の子とも臆することなく話ができる真理が羨ましい。
私は、昔から男子と話をすることが苦手で、男の子と面白い話をすることができなかった。だから、きっと男子からは根暗で面白くない女子だと思われているはずだ。
小松君とだって、クラスメートだから、いくらでも話す機会はあるし、実際あったけど、気の利いたことなんて言えなかった。
ますます、恋に臆病になっていった。
でも、良いんだ。私は、自分の好きな人を遠くから眺めているだけで十分幸せな気分になれるから。
今だって、小松君の顔が見られるだけで…………、えっ?
――小松君と目が合った!
すぐに目をそらした私は、少し時間を置いてから、再び、小松君の方を見た。
小松君は村田君を見ながら、笑顔で何かを話していた。
偶然だったんだ。……良かった。
私は、ほっと息を吐くと、自分のお弁当箱に視線を戻して、ご飯を一口、口に入れた。
もぐもぐと口を動かしていると、無意識に小松君の方に目が行った。
――あっ!
また、目が合った。
まずい! 見つめていることがばれた?
私は、また、すぐに視線をそらせて、真理の顔を見つめた。
「どうしたの、みのり? 何か顔が赤いみたいだけど?」
「だ、大丈夫。ちょっと、ご飯が喉につかえたみたいで」
「あはははは。みのりってば、チョー可愛い!」
私は、愛想笑いを浮かべながら、椅子を左にずらして、小松君が真理と村田君に隠れるようにした。
さすがに、今日はもう小松君を見つめることはできない。
でも、私は何を怯えているのだろう?
小松君も私を見つめてくれていたら、それは嬉しいことじゃないの? …………あり得ない。さっきだって、偶然、目が合っただけに決まっている。
小松君は、私のことなんて、何とも想っていないはずだ。でも、そのことが分かることが怖いんだ。そのことを突き付けられることが怖いんだ。
今のままで、小松君が私のことをどう想っているかどうかは棚上げにしていることで、私は心を平穏にしていられるんだ。だから、小松君を見つめているだけで良いんだ。
「みのり、ごめん。お手洗いに行って来る。すぐ戻って来るから、ちょっと待ってて」
先にお弁当を食べ終わった真理が、席を立って教室から出て行った。
それからすぐのタイミングで、村田君も席を立った。漏れ聞こえてきた話からすると、缶ジュースを買って来るみたいだ。
私と小松君の間に誰もいなくなってしまった。
教室から出て行く村田君を追っていた小松君の視線が真っ直ぐ前を向いた。そこには私しかいない。
私は、前を直視できずに、少しうつむいたまま、お弁当をゆっくりと食べ出した。
何か視線を感じる。……いや、絶対、気のせいだ。自分で勝手にそう思い込んでいるだけだ。
お弁当を食べ終わった私は、お弁当箱を閉めて、ハンカチで包み終えると、真理はまだかと教室の後ろの出入り口を見ようと目線を上げた。
――うわっ!
またまた、小松君と視線が合った。……って言うか、マジで小松君は私を見つめているんじゃない?
すぐに伏せた目線を、おそるおそる上げると、小松君はやっぱり私を見ていた。
私は思わず軽く頭を下げた。それを見て、くすりと笑った小松君は、席を立ち、ゆっくりと私の側までやって来た。
「堀川」
「は、はい」
声が裏返ってしまった。死にたい。
「俺、ひょっとして堀川に嫌われている?」
「えっ、どうして?」
「だってさ、俺の方、見ないようにしているみたいだから」
「違うよ! 小松君を見てると、恥ずかしいから」
何を言ってるのよ、私。マジ死にたい。
「俺の顔って、そんなに恥ずかしい顔か?」
「私が恥ずかしいの」
「それじゃあ、もっと見てもらって、早く慣れてもらいたいな」
思わず顔を上げた私に見えたのは、まぶしい笑顔だった。




