表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/70

禁じられた恋ほど

「失礼します」

 引き戸を開け、その場で一礼してから、私は職員室に入って行った。

 渡辺先生は、机の側に立っている、不機嫌そうな顔をした女生徒に向かって、何かを一生懸命話していた。その女生徒の髪がかなり明るい茶色に染まっているので、それを注意しているのだろう。

 渡辺先生は、ネチネチと注意するタイプではなく、単刀直入に、必要なことだけを指摘して注意するだけだから、そんなに時間は掛からないはずだ。

 私は、職員室の入口の横に立って、渡辺先生の話が終わるのを待った。

 予想どおり、3分ほどで、その女生徒が渡辺先生に頭を下げると、私の側を通り抜けて、職員室から出て行った。

 入れ替わるように、私は、渡辺先生の机の側に立った。

「失礼します」

 私が一礼とともに声を掛けると、渡辺先生は、机上の書類から目を上げ、私を見上げるようにして見た。

「おう、遠藤。もう、できたのか?」

「はい」

 私が、前回の生徒会役員会の議事録案を渡辺先生に手渡すと、先生はその書類を手に持って、じっくりと眺めていた。


 渡辺先生は、もう30歳を越えていて、結婚もしているんだけど、見た目はまだ大学生のように見えるイケメンで、担当する英語の授業も冗談交じりに面白く教えてくれるから、女子校である我が校の生徒達に人気がある先生だった。

 また、生徒会の顧問もやっていて、生徒会書記である私にとっては、クラスの担任の次に、よく話をする先生だった。


 でも、本当はもっと話をしたかった。いけないことだと分かっていたけど、先生のことが好きだった。

 物心付いた頃には両親は離婚していて、私は母親と二人きりの家庭で育った。

 小学生の頃とかは、参観日に父親が来てくれる友達が羨ましかった。中学生になると、特に理由もなく母親に反抗した。その時には、そんなに冷静に考えることはできなかったけど、今、考えると、私は父親が欲しかったんだと思う。もっとも、母親に再婚してほしいとは、まったく思ってなくて、そんな男に父親気取りされたら、絶対我慢できないと思う。

 私が欲しかったのは、良いことをしたら褒めてくれて、悪いことをしたら叱ってくれる年上の男性だ。母親とは関係なく、自分だけを見てくれて、自分だけのことを考えてくれる年上の男性として、私は渡辺先生を、勝手にそのポジションに置いていたのだろう。


「渡辺先生、離婚したらしいよ」

 ある日、クラスでそんな噂が流れ出して、私の耳にもすぐに入った。そんなプライベートな情報が当たり前のように流れることも怖いけど、その話を聞いて、嬉しいと思った私は、もっと怖い。きっと、神様の罰が当たるに違いない。

 離婚の原因も、渡辺先生の浮気とか、家庭内DVが原因だという噂だったけど、私は信じなかった。きっと、奥さんと性格が合わなかっただけだと思う。


 ある日の放課後。

 生徒会役員会が開催され、渡辺先生も出席していた。議事の所々でアドバイスをくれて、いつもどおり、冗談も冴え渡っていた。

 役員会が終わった後、私は記憶が鮮明なうちに議事録を起こしておこうと思って、役員室に一人残って、備品のノートパソコンを使って、議事録を作成していた。

「遠藤、まだ残っているのか?」

 集中していて、渡辺先生が近くに来るまで全然気がつかなかった。

「あっ、はい。もう、ちょっとで終わります」

「ご苦労さん。遠藤が作ってくれる議事録は正確で、手を入れる手間が省けて助かってるよ」

「い、いえ」

「早く帰れよ」

「はい。……あっ、先生」

「うん?」

「先生は、まだ帰られないのですか?」

「そろそろ帰るよ」

 渡辺先生は、明るい笑顔を私に残してくれると、役員室から出て行った。

 15分ほどで議事録を書き上げた私は、家に帰ろうと玄関に出た。

 ――雨? 天気予想では、雨が降るだなんて言ってなかったのに。

 西の空を見ると、雲が切れて少し青空も顔を覗かせていた。通り雨のようだ。

 私は、玄関で雨が上がるのを待つことにした。

「遠藤、どうした?」

 突然、後ろから呼び掛けられて、思わず首をすくめてしまったけど、いつも聞きたいと思っていた声だと気づき、振り向いた私は、たぶん笑顔だったはずだ。

「傘を持ってなくて……」

「ああ、降ってるのか?」

 渡辺先生も空を仰ぎ見ながら言った。

「遠藤は、電車で通っているのか?」

「はい」

「それじゃあ、駅まで送って行こうか?」

 渡辺先生の通勤用の自家用車だと5分くらいで駅に着いてしまう。

「えっ、で、でも……」

「遠慮するなって。あっ、ひょっとして警戒してるのか?」

「そ、そんな訳ないです! 先生はそんなことをする人じゃありません!」

「そんなことって」

「あっ、…………」

 渡辺先生も思わず苦笑していた。

「でも、私を車に乗せているところを奥様に見られたら誤解されるんじゃないですか?」

「はははは。奥様はいなくなっちゃったよ」

「えっ!」

 ――そんなに明るく言えるってことは?

「あっ、ごめんな。変なこと言っちゃって。寄り道せずに駅まで行くよ」

「せ、先生!」

「うん?」

「あ、雨が上がるまで、ここで、お話をさせていただいて良いですか?」

「えっ、……あ、ああ、良いけど」

 だって、車の中で二人きりじゃ、私、何を言い出すか、分からないし……。

 それに、駅に車で行き着くまでには、雨は上がらないと思うから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ