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傘と傘との距離

 しとしとと雨が降り続く朝。

 私は、傘を差した彼の背中が遠くならないように、少し早足で、彼の後を歩いていた。

 こうやって、彼の背中を見ながら登校することが、私の日課であり、密かな楽しみだった。

 隣のクラスの永井陽樹ながいはるき君。陸上部で走り高跳びの選手をしている、背が高くて笑顔が素敵な男の子。これが、私が彼について知っていることの全部。

 廊下で彼を見掛けてから、その笑顔の虜になってしまった私だけど、話し掛けるきっかけもないまま、彼のことを見つめるだけの毎日。

 でも、それでも良い。彼には、特定の彼女とかはいないみたいだけど、お洒落で可愛い女の子達にいつも囲まれて、素敵な笑顔を振りまきながら話をしている。美人でも可愛くもないし、面白いことも話せない私なんて、見向きもされないのは当然だ。

 彼の隣を歩くことを夢見ていたけれど、叶わない夢だって思っていた。


 彼が赤信号で止まった。私も彼のすぐ後ろに立ち止まった。

 交差点を右からやって来た車がすごいスピードで交差点を走り抜けると、道路に溜まっていた水たまりの水が、歩道に立っていた私達の方に跳ね上がってきた。

 その水しぶきを避けるため、咄嗟に、彼が後ろに引き下がると、すぐ後ろに立っていた私とぶつかった。

 私は、少し後ずさりしたくらいで転びはしなかったけど、持っていた傘をはね飛ばされてしまった。

「ごめん! 大丈夫?」

 心配そうな彼の顔が私を見つめていた。

「あっ、だ、大丈夫です」

「本当にごめん! あっ!」

 彼は、私が傘を差さずに立っていることに気がついて、自分が差していた傘を私に差し出した。

「これを差してて!」

 私の手に自分の傘を握らせるようにして持たせると、彼は歩道の後ろに飛ばされた私の傘を拾って来た。

「はい。本当にごめんね」

 彼が私の傘を差し出しながら、また謝った。

「い、いえ、私の方こそ、ぼーとしていて、……ごめんなさい」

 私の傘と彼の傘を交換してから、私も彼に頭を下げた。

「いや、俺が全面的に悪いよ。後ろに人がいることも確認せずに、いきなり後ろに下がったんだからな」

「ううん。悪いのは、……さっきの車です」

「そう言ってもらえると、少し気が楽になるけど」

「いえ、本当です。永井君は悪くないです!」

「えっ、俺の名前、知ってるの?」

「あっ、……私、隣のクラスにいるので」

「えっ、そうなの? えっと……」

 知らなくて当然だよね。

「上田って言います」

「上田さんか。……傘、壊れちゃったね」

 よく見ると、私の傘は骨が曲がっていた。

「弁償するよ」

「いえ、あの、本当に気にしないでください。それじゃあ!」

 私は、永井君と話しているのが何だか照れくさくなってしまって、ちょうど青信号だった横断歩道を小走りに渡ると、そのまま学校に向けて早足で歩き出した。

 ――ああ、もう馬鹿馬鹿! 自分の馬鹿!

 せっかく永井君が声を掛けてきてくれたのに! 永井君と仲良くなれたかもしれないチャンスだったのに!

 教室に入って、自分の席に着くと、ますます自己嫌悪に陥ってしまった。

 私のことを永井君に知ってもらったことは良かったけど、きっと、変な女の子だって思われてしまったに違いない。

 そんなダウナーな気分で1日が終わると、帰宅部の私は、上履きから靴に履き替えて外に出た。

 まだ、雨は、しとしとと降り続いていた。

 校門の近くまで来た時、永井君が傘を差して立っていた。永井君は私に気がつくと、困ったような顔をして、私に近づいて来た。

「上田さん。朝は本当にごめん」

 永井君は、曲がった私の傘から私の顔に視線を戻しながら、また謝ってきた。

「永井君。本当に気にしないで。永井君のせいじゃないから」

「でも、何だか俺の気が済まなくてさ。朝からずっと悶々としていたんだ」

「……」

「上田さん、良かったら一緒に帰ろうか? 同じ方向なんだよね?」

「えっ、……今日、陸上部の練習は?」

「この雨だからね。でも、……俺が陸上部にいることも知っているんだ」

 ストーカー確定じゃない! 最悪だ!

「俺は、上田さんのこと、全然知らないから、色々と話をしたいんだ」

「えっ!」

 驚いて見つめた永井君の顔は、ちょっと照れているように見えた。

「上田さんは、俺がいつも話している女の子達とは違う感じがしてさ」

「ど、どんな風に?」

「俺がぶつかっても怒らなかったでしょ」

「でも、それは永井君が悪い訳じゃないから」

「そうやって人のせいにしないところが、優しい人なのかなって」

「優しくなんかない! 誤解だって! そんな、……できた人間じゃないよ、私」

「それが本当かどうかをこれから調べたいんだよ。何か、授業中もすごく気になってしまってさ」

 永井君は微笑みながら、私を促すようにゆっくりと歩き出した。

 私は一瞬、躊躇したけど、永井君の笑顔に誘われるかのように、永井君の隣をついて行った。

 二人の傘がぶつからないように、少し離れているけれど、前じゃなくて、隣に永井君がいる。

 ――明日は晴れると良いな。

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