切りすぎた前髪
私は、前髪を指でいじりながら、ため息を吐いた。
――あ~あ、もう! 前髪を切り揃えてくださいって言っただけなのに、何でこんなに切っちゃうのよ! あの美容院、二度と行かないから!
「詩織! おはよう!」
後ろから駆けて来た絵里子が私の背中を軽く叩いた。
「あっ、おはよう」
私の隣を並んで歩き出した絵里子は私の顔を見るなり首を傾げた。
「あれっ、詩織。髪、切った?」
――はあ~、やっぱり、分かるよね。
「へ、変?」
「全然!」
絵里子の「全然」は否定の意味だ。
「すごく似合ってて、可愛いよ!」
「ちょっと! 真面目に答えてよ」
「本当だって」
「本当に?」
「本当の本当に」
「でも、前髪、短すぎない?」
「全然! 詩織は、けっこう目鼻立ちがしっかりしているから、それくらいがちょうど良いよ」
「……一応、褒め言葉だと思っておく。ありがと」
絵里子と他愛のない話をしながら並んで歩いていると、突然、目の前の脇道から、男の子が飛び出して来た。
――げっ! 何で、こんな日に、いきなり、こいつと会うのよ!
「大島! おはよう」
――絵里子! 呼び止めなくて良いから!
「よう!」
大島は、私達が追い着くのを待って、一緒に歩き出した。
「原田と山下って、いつもつるんでるな。できてるのか?」
「そんな訳ないじゃん。詩織は、私なんかより、つるんでいたい人がいるんだもんねえ」
「う、うるさい!」
――そんなこと、こいつの前で言うな!
「へえ、誰だよ?」
「あ、あんたには関係ないでしょ!」
「ああ、そうかよ」
絵里子は、にやにやと笑いながら、私の後ろに隠れるようにして歩き出した。
――憶えてろ、絵里子! 今度、伊藤の前で同じこと言ってやる!
「それよりさ、昨日の8時から、8チャンネル見たか?」
「ああ、見た、見た。腹よじれたよお」
絵里子がまた前にしゃしゃり出て来て、私を真ん中にして、三人が並んで歩き出した。
――でも、こいつ! 私が髪、切ったの気づかないのかよ! 大島の鈍感!
「原田も見ただろう?」
「見たっ」
「何、朝から不機嫌になってんだよ」
「それも、あんたには関係ないの!」
――あれっ、私って、気づいて欲しいのかな? 見られたくなかったはずなのに……。
「そう言えば、山下。お前、今日、日直じゃなかった?」
「あーっ、忘れてた! 私、ちょっくら走って行くわ。お二人さん、さらば!」
絵里子は慌てて、走り去って行った。
「ったく、山下の奴、相変わらずだな。原田。お前、友達なんだから、もっと厳しく指導しろよ」
「何よ、指導って? ……でも、良く憶えていたわね、絵里子が今日、日直だって?」
「ああ、山下が日直の日って、お前、一人で学校に行ってるだろう?」
「うん、友人よりも睡眠時間の方が大事だからね」
「はははは。お前らしいや」
「変なところで同意しないの!」
――まったく、大島と話す時、いつもイライラしてる、私。……でも、私が一人で学校に行くことと、今日、絵里子が日直だって大島が憶えてたことって、どんな関係があるの?
「原田」
「何よ?」
私が大島の顔を見ると、大島は目線を反らせるように前を向いた。
「その髪、似合ってるな」
「えっ」
「お前らしいや」
――気づいてるなら、早く言え! 馬鹿!