もっと近くで
楽しかった夏休みが終わり、2学期が始まった。
家族サービスで海にでも行っていたのか、真っ黒に日焼けしている担任が、いきなり席替えをすると言い出した。
今の私の席は、教壇の真ん前の席で、しかも、周りには仲の良い子もいないという最悪な席なので、これからどんな席になったとしても、きっと今よりは良くなるに違いない。私としては、席替えは大歓迎だ。
お菓子の箱に入れられた担任お手製のクジを、男女別に順番に引いていった。
全員がクジを引き終わった後、担任が大きな席表を黒板に貼り出した。男子と女子が交互になるように割り当てられた席表に書かれた数字と、クジの数字が一致する場所が新しい席だ。
「それでは、先生は一旦、職員室に戻るので、その間に各自この席表を見て、席を移動しておくこと! 10分くらいで戻って来る」
そう言い残して、担任が教室から出て行くと、みんなが黒板に近づいて行って、新しい自分の席を確認した。
私の席は、……やった! 今度は一番後ろだ! しかも窓際!
やっぱり、後ろの席の方が気が楽だし、窓際だと気分転換に外の景色を眺めることもできるじゃない。
みんなが自分の机と椅子を持って、新しい席に移動し始めた。今の今まで人が使っていた机と椅子を使うのは、少し気になるし、見られると引かれるような落書きが机に残っているかもしれないもんね。
私が、新しい席に自分の机と椅子を置き終わると、私の右隣に、三浦君が机と椅子を持って来た。
……これは喜んで良いのだろうか?
確かに嬉しいよ。笑顔が素敵で、言うことも面白くて、女の子みんなに優しい三浦君とは、ずっと仲良くなりたいって思っていたから。
三浦君と同じ中学出身である親友のルミを通じて、時々、話はしていたけど、私も自分から積極的に男の子と絡むということはできなかったから、三浦君にとって私は、クラスメイトの女子の一人という存在に過ぎないはずだ。
でも、隣の席になって、これまで以上に話す機会が増えてくると、三浦君が私のことをどう思っているのかが、すぐに分かってしまうはずだ。
……それはそれで怖い。三浦君が私のことを嫌いって訳じゃないとしても、興味すら示してくれなかったら、それだけで落ち込んでしまいそうだ。
三浦君が机と椅子を置き終わって、席に着いたのを見計らって、私は三浦君に声を掛けた。
「三浦君、これからよろしく!」
――うんっ、明るく言えた。
「ああ、よろしく!」
三浦君も笑顔だった。少なくとも嫌われてはいないはず、……たぶん。
「はろはろ! サチ! よろしくね!」
三浦君の前の席、つまり、私の斜め前の席に、ルミが机と椅子を持って来て置いた。
「ルミがそこなんだ! 何か、ついてる!」
今朝のテレビ番組の占いでは、私の星座は8位くらいだったけど、明日からの反動が怖いくらいに、今日はラッキーかも。
「三浦! よろしく!」
ルミが三浦君に挨拶をすると、三浦君はやっぱり笑顔でルミに挨拶をした。
「杉本が前か! 話をする時は静かに話せよな。授業中、うるさくて眠れないから」
「授業中にそんな大きな声で話すか! それに授業中は私もたぶん眠っているし」
「はははは。それじゃ、杉本が眠っていたら、後ろから消しゴムをぶつけてやるよ」
「頼むわ! 何なら、私の消しゴムも渡しとこうか?」
「何だよ。一発じゃ起きないのかよ?」
「熟睡してることが多いからね。特に国語の時間」
「それじゃあ、コンパスを投げてやるよ」
「刺さり所が悪ければ、そのまま、永眠しちゃうよ!」
「そんな訳ねえだろ!」
三浦君と言いたい放題言っているルミだけど、ルミには既に彼氏がいて、三浦君もそのことは知っているはずだ。
面白いことが言えて、男子からも人気がある、リア充のルミがマジで羨ましいよ。
「芝原は授業中に眠ったりしないのか?」
三浦君が私に話を振ってくれた。
「た、たまに」
「ははは。俺が眠っている時に、先生に当てられそうになったら、教えてくれよな」
「あっ、はい。そ、それじゃあ、私も眠ってたら起こして」
「おーけー! 協力関係成立だな」
「う、うん」
「サチ! 三浦がなかなか起きなかったら、コンパスを脇腹にぶっ刺してあげなよ」
「えっ!」
「杉本! 勝手に芝原を殺人犯にするんじゃねえ!」
「そんなことしたら、私、三浦君の彼女に殺されちゃうわよ」
「えっ、俺、彼女なんていないけど?」
うわっ、いきなり変なこと言っちゃった! 初日から、嫌われポイントが貯まっちゃったかな?
「そ、そうなの? 三浦君だったら、彼女の一人や二人はいるんだろうなって思い込んでて」
「あははは。彼女が二人もいたら修羅場だよ、サチ!」
「それに、俺、そんな甲斐性も無いしな」
「あっ、ご、ごめんなさい」
二人に突っ込まれた。それもそうだよね。テンパりすぎだって、私!
――ああ、もう泣きたい。
「三浦! サチってさ、こんな抜けた女の子だけど、可愛がってやってよ」
…………持つべき物は友達だよ、本当! ルミ! フォローありがとう!
「ああ。芝原とは、今まであまり話さなかったけど、杉本の友達と言うことは、色々と期待できるんだろうな?」
「私は、ルミみたいに気の利いたことは言えないよ」
「杉本みたいな奴が二人もいたら、俺の気が狂うぜ。芝原が中和してくれて、ちょうど良い具合になるんだよ、きっと!」
「三浦! そんな可愛いことを言う口に、コンパスぶっ刺してやろうか!」
ルミが本当にコンパスを三浦君に向けた。
「お前は前を向いてろ! 俺は芝原と話すから」
――三浦君って本当に楽しそうに笑うんだ。
その笑顔、……もっと近くで見たいよ。




