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シナリオにない涙

「よし! それじゃあ、お昼休憩にしよう!」

 演劇部のメンバーは、学園祭での創作劇上演に向けて、学園祭前の最後の日曜日である今日も部室に集まって、最終リハーサルを行っていた。

 張り詰めていた空気が、演出と監督担当の小林部長のお昼を告げる声で少し緩んだ。

 お姫様役の私は、演技で流した涙を指でぬぐってから、本番用の着慣れないドレスの裾を踏まないように注意しながら、壁際のテーブルの上に置いてあったピクニックバスケットを持って、男子達が座っているテーブルに向かった。

「サンドウィッチをいっぱい作ってきたから、良かったら食べて。美味しいかどうか分からないけど」

「おおおっ、ひなた姫のお手製サンドかよ!」

 男子達が奪い合うようにサンドウィッチを取ると、バスケットには一つしかサンドウィッチが残らなかった。

「おい! ひなた姫が食べる分が無くなっちまったぞ!」

「ううん。私は一つあれば良いから大丈夫だよ」

「少食なんだ。女の子だな~」

「可愛ええ~」

 私は、とびきりの笑顔を男子達に見せてから、自分の荷物を置いているテーブルまで戻ると、椅子に座り、サンドウィッチを両手で持って、小鳥が餌をついばむようにゆっくりと食べた。

 男子達の熱い視線が私に注がれていると感じると、それだけで快感にひたされる。離れて座っている女子達の冷たい視線なんか気にしてなんかいられない。

 ふと、演劇部のみんなから離れて、一人で黙々とコンビニのおにぎりを食べている同級生の和田君に目が行った。

 和田君は、美術部に所属しているけど、小林部長からの熱烈ラブコールを受けて、今回の舞台セットの作製をしてもらったことから、本番と同じセットを使った最終リハーサルに、製作者として立ち会っていたのだ。

 和田君は、それほど親しい訳ではなかったけど、小学校から高校まで、ずっと私と同じ学校で、今の高校の生徒の中では、唯一、昔の私を知っていた。


 私って嫌な女だ。自分でもそう思う。 

 いつからこんなになってしまったんだろう?

 小さな頃から、可愛いと持てはやされて、中学校に入った頃には、どうすれば自分が可愛く見えるのかをいつも考えるようになった。男子達にびを売ってでも、いつもお姫様でいたかった。

 そんな私に同性の友達ができるはずも無かった。

「ひなたちゃんって本当に可愛い」と女の子達もいつも言ってくれたけど、心の底から言ってくれている訳ではないことはすぐに分かった。

 男子達も憧れの眼差しで私を遠巻きに見つめているだけだ。

 私は、いつの間にか独りぼっちになっていた。


「よっ!」

 練習が終わり、一人で歩いて家に帰っていると、いきなり、後ろから呼び掛けられた。

 振り返ると、和田君がいつものポーカーフェイスで立っていた。

「何? 何か用?」

「用が無ければ、同級生の隣を歩いちゃいけないのか?」

「そんなことはないけど」

 ――同級生と言っても、最近はほとんど話もしてないのに……。

 私が歩き出すと、和田君も並んで歩き出した。

「大島って、やっぱり、お姫様役だったんだな?」

「やっぱりって?」

「普段からお姫様だもんな。今日、大島が演技しているところを初めて見たけど、いつもの大島と変わらないなって思ったんだよ」

「……どう言う意味?」

「最近の大島は、ずっと感情を押し殺して、いつも演技をしているんじゃないかって思ったんだよ」

「そ、そんなことは無いわよ」

「いや。俺が知っている昔の大島とは違う気がする」

 和田君は、少し目線を上げると、遠くを見つめているように目を狭めた。

「小学校2年生の頃だったかな。車にかれた猫の死体を見て、可哀想だって大島が泣いているところに、たまたま、俺が通り掛かって、道路脇の空き地に持って行って、土をかぶせてやったけど、大島はその間もずっと泣いていたよな」

「だって、……独りぼっちで冷たくなっていて……可哀想だったから」

「俺は、その時の大島を見て、可愛い女の子だなって思ったんだけど、今の大島は、全然可愛くない」

 私は思わず立ち止まり、和田君をにらんだ。

「そんなことをわざわざ言うために、私について来たの!」

 和田君も立ち止まって、私と向かい合った。

「ああ、そうだよ! ずっと大島のことが気になって見てたけど、そろそろ限界じゃないかって思うんだよ!」

「限界?」

「可愛い自分を演じ続けるのって疲れるだろう? だから、たまには、本気で怒ったり、泣いたり、笑ったりしてみなよ!」

 怒ったように言い放った後、私を置いて一人で歩き出した和田君はすぐに立ち止まり、振り返って、私が今まで見たことがない笑顔を見せた。

「嫌じゃなければ、俺がいつでも相手になってやるからよ。……言いたかったのはそれだけ」

 ――あんたに何が分かるのよ! 私のこと、全部、知っているって勘違いしているんじゃないの!

 私は去って行く和田君の後ろ姿に向かって無言で叫んだ。


 ――でも、どうして? ここ、泣くシーンじゃないのに……。

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