ミクさんマジ天使!
「高木君って素敵だよね」
休み時間。
私は、友人の美奈子の席の近くに立ち、教室の後ろの方で男の子達と話している高木君を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「あれあれぇ~、沙也佳も高木君のことが好きなんだぁ~」
美奈子が興味津々という顔を私に向けた。
「だって、運動神経も良いし、背が高くて格好良いし、勉強だってできるしさぁ。もう、モテるためだけに生まれてきたみたいなもんじゃない。美奈子も好きなんでしょ?」
「そだね。でも、まあ、レンキュンの次かな」
「はははは。さすが、レン君命!」
美奈子は、大好きな鏡音レン君に少しでも近づきたいと、さすがに金髪にはできないけど、ショートヘアを明るい茶色に染めているくらいだった。
「そう言う沙也佳だって、ミク一択なんでしょ?」
「もちろん!」
「百合?」
「何で、そうなるのよ! ミク、可愛いじゃないの!」
「沙也佳は、ミクのコスプレをしたら似合いそうだね。その黒髪ロングをツインテールにしてさ」
「ああ、止めて! 本当にしたくなるから」
「踏み出してみなよ。沙也佳のコスプレ姿を見てみたいし」
「本当にコスプレとかしてたら、クラスのみんなから引かれそうだから、やだっ!」
「でもさあ、ボカロを聴いているって言うと、みんな、引くのかな?」
「さすがにもう、そんなことはないと思うけど、コスプレはまずいでしょ」
色々と言っているけど、私達だって、お洒落にも興味があるし、三次元の彼氏だって欲しいって思ってる。
「高木君なんか、爽やかすぎて、ボカロなんて聴いてなさそうだよね」
「美奈子は、高木君と趣味のこととか話したことはないの?」
美奈子は1年生の時から高木君と同じクラスだった。
「残念ながら、そんなに仲が良かった訳じゃないからね。今は、沙也佳の方が席が近いじゃん」
「私も話はしたことはあるけど、……二人きりでじっくりと話したことは無いから」
高木君は、2年生で初めて同じクラスになった時から素敵だなって思ったけど、まだ、それほど話す機会もなくて、今みたいに、遠くから見つめているだけだった。
「沙也佳、ごめん! 関口に呼びつけられちゃってさあ。30分くらいで終わると思うけど」
放課後。
私は美奈子と、駅前のショッピングセンターに、秋物の服を見に行く約束をしていたけど、美奈子が担任から職員室に来るように呼びつけられたようだ。
どうせ、髪の色を注意されるんだろう。美奈子が美容院に行った週明けには必ず実施される恒例行事だ。美奈子の予想どおり、30分も関口の小言を聞いたら解放されるはずだ。
「分かった。学校で待ってても仕方ないから、先に行ってるよ。CDショップとかぶらぶらしてるから、着いたら電話して」
「了解! いつも、すまねえなあ」
ショッピングセンターに着いた私は、とりあえずCDショップに行って、大好きなボカロコーナーで、気になったCDを手に取っては、ジャケットを眺めていたりした。
すぐ隣に見覚えのある制服姿の男の子が立った。
私が横目でその男の子の顔を見つめると、その男の子も私の顔を見つめていて目が合った。
「あれっ、柏木じゃん!」
「高木君!」
高木君は、初音ミクのCDを手に持っていた。
「柏木もボカロ、聴くんだ?」
「うん。高木君も?」
「ああ。最近、聴き始めたんだけど、すっかりハマってしまってさ」
「そうなんだ」
「柏木は、けっこう前から聴いているのか?」
「う、うん、まあ」
「お勧めの奴とかない?」
「ボカロも色々あるけど? ……やっぱり、ミクが良いの?」
「そうだな」
「う~ん。……私はこのCDとか好きだけど」
私は、棚から取り出したCDを高木君に手渡した。
「へえ~、……おっ、この曲、大好きなんだよな! あっ、これも! ……うん、俺の好きな曲が一杯入っているな。これにするかな」
高木君は嬉しそうな笑顔を見ると、私も何だか嬉しくなってきた。
「でも、高木君がボカロを聴いているなんて、ちょっと意外だった」
「そうか? AKBとか聴いてそうか?」
「AKBも好きなの?」
「テレビで見るくらいだよ。今は、ミクが一番だな」
「そうなんだ。ミク、可愛いもんね」
「ああ。……そう言う柏木も、その長い髪をツインテールにしたら、ミクみたいになるんじゃない?」
「そ、そんな訳ないじゃない!」
「いや、十分イケてると思うけどな」
――何だか、美奈子と同じこと言ってる。
「なあ、柏木。この後、ヒマ?」
「えっ、何?」
「柏木に色々とミクのことを教えてもらいたいなあって思ってさ」
「あ、あの、この後、美奈子と待ち合わせしているから」
「美奈子って、横山のこと?」
「うん」
「そうか。……彼氏じゃなくて、ちょっと安心だな」
「えっ? 彼氏なんていないよ!」
「本当に? それじゃあ、柏木とミクの話をしてても、柏木が誰かに誤解されて困るってことは無いの?」
「うん! 無い!」
「それじゃあ、明日からミクのことを色々と教えてよ」
「……うん」
――ミクって、本当に天使だったんだ。




