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間接キスで馬鹿が伝染る?

 午後5時だと言うのにギラギラと輝く太陽が、日陰であろうと容赦なく熱波を送りつけてきていた。

 私達、美術部員8名は、校舎の日陰となっている校庭の片隅で、体育祭用のパネルを作製していた。

 5メートル四方のパネルには、躍動感溢れる構図とタッチで、「炎の海から飛び立とうとしている不死鳥」が描かれており、今日中に完成させるべく、最後の追い込みに掛かっていた。

「ちょっと休憩しましょう」

 部長の長浜先輩の声で、みんなが筆を置いて、パネルから離れて行き、思い思いの場所に腰掛けた。

 私は、水飲み場で手を洗った後、辺りを見渡して、わたるがいないことに気がついた。

 でも、渉は、すぐに手にスポーツドリンクを持って、校舎の裏口から出て来ると、地面までの段差に作られた階段にそのまま腰掛けた。

 私は、渉に近づいて行き、その側に立った。

「何よ、もう、へばったの?」

「ああ、もう、くたくただよ。しかし、さすが鉄の女だけあって、篠原はタフだな」

「何、言ってるのよ! いかにも美術部員という繊細な体と心の持ち主をつかまえて」

「どこがだよ? 美術部のターミネーターのくせして」

「誰がターミネーターだ!」


 渉は、高校に入学して、すぐに美術部に入部した私と同期の部員で、会ったその日から言いたい放題の間柄になった。

 渉と話していると面白かった。そして、渉以外の男の子と話していても、何だか、つまらなかった。

 いつも、渉と話したがっている自分に気がついた。渉とは別のクラスだったから、美術部の時間が、毎日、待ち遠しかった。

 美術部の先輩からは、私と渉は、筆を動かすよりもしゃべっている時間が長い漫才コンビとして認識されていたから、私の本当の気持ちなんて、誰も気がついていないはずだ。渉にだって……。


「ほい!」

「えっ?」

 渉が飲みかけのスポーツドリンクのペットボトルを私に差し出した。

「美味いぜ、これ」

「の、飲んで良いの?」

「喉、乾いてないのか?」

「う、ううん! カラカラ!」

「やっぱりな。いつもより口数が少ないから、そうだと思ったんだよな」

「う、うるさい!」

 私は、手渡されたペットボトルに恐る恐る口をつけ、一口飲んだ。

「は、はい。ありがとう」

 私は、何だか照れくさくなって、すぐにペットボトルを渉に返した。

「おう」

 ペットボトルを受け取った渉は、顔を上向けて、喉をごくごくと鳴らしながら、ペットボトルの残りを一気に飲んだ。

「渉」

「んっ?」

「渉は、人が飲んだペットボトルに口を付けるのって気にならないの?」

「別に」

「そ、そう」

「篠原は気にするタイプか?」

「そ、そうだね」

「ああ、だから、あんまり飲まなかったのか」

「ち、違うよ!」

「えっ?」

「だから、その、……って言うか、渉の馬鹿ウィルスに伝染したら嫌だからだよ」

「お前の馬鹿ウィルスの方が強力かつ悪質だろ!」

「黙れっ! ……でも、私が飲んだ後、全部、飲んだじゃない」

「ああぁ、気づかなかったぁ! お前の馬鹿が伝染したら、どうしよう?」

 ――本当に気づかずに飲んだのかな?

「ふんっ、もう手遅れだね。馬鹿になれ!」

「何だよ。お前。自分の馬鹿ウィルス、認めてるのかよ?」

「あっ、……まあ、否定できないし」

「はははは。篠原公認の馬鹿ウィルスか」

「これで二人揃って馬鹿だよ」

「二人揃って、ずっと前から馬鹿じゃないかよ」

「はははは。それもそうか。今さらだね」

 ――やっぱり、渉と話していると面白い。もっと、渉と話したい。学校だけじゃなくて……、いつでも……、どこでも……。

「と、言うことは、俺、篠原の馬鹿ウィルスを直に体内に取り込んでも大丈夫ということだよな」

「えっ?」

「同じ馬鹿だし」

「どう言う意味?」

「俺がサハラ砂漠の真ん中で遭難しても、お前の飲みかけのペットボトルが落ちていたら生き延びることができるってことだよ」

「……」

「何だよ、突っ込んでくれよ! ……俺なりに、けっこう思い切って、ボケたんだからよ」

 渉はちょっと照れたような髪を掻きながら、腰を上げると、パネルの方に歩き掛けた。でも、すぐに立ち止まり、振り返った。

「体育祭が終わったら、俺、サハラ砂漠に行くかもしれないから、お前の飲みかけのペットボトルをくれよな。なんなら、……一緒に行くか?」

 ――このタイミングで言うかぁ? 時と場所を考えろよ! 馬鹿!

「サハラ砂漠だろうと、北極だろうと、月面だろうと、映画館だろうと、どこにでも一緒に行ってやるよ! 馬鹿を他の人に伝染うつさせないためにね」

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