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一生懸命の君に

 ホームルームの時間。

 教壇には、クラスの文化祭委員の健太けんたが立って、1か月後に迫った文化祭で、我がクラスの出し物「メイド焼きそば店」について説明をしていた。

 健太が、黒板に「会場係」、「材料係」、「調理係」、「接客係」と書くと、振り向いてそれぞれの説明を始めた。

「会場係は、前日までに教室の飾り付けやテーブルと椅子のセッティングをする担当です。材料係も、前日までに焼きそばの材料や紙皿なんかを買い込んで来て、下ごしらえまでしておく係です。調理係は、当日、焼きそばを焼く係で、接客係は焼きそばをテーブルまで運ぶ係です。接客係は『メイド焼きそば店』というからには女子限定です」

「健太もメイドになれば良いじゃん」

「それじゃあ、客が来ねえって」

 教室に笑い声が起きた。

 健太は、みんなからいじられるキャラで、いつも笑いの中心にいた。

 本当は、「坂口健太郎」という名前だったけど、「坂口」とも「健太郎」とも呼ばれずに、親しみを込めて、みんなから「健太」って呼ばれていた。

 健太と私は1年生の時からずっと同じクラスで、私も健太と絡むと楽しくて、健太のいる男の子のグループといつも遊んでいた。たぶん、私が、健太と一番仲が良い女の子なんじゃないかな。

 でも、恋とか好きとか言う感情は無くて、本当に異性の友達って感じだった。

「それじゃあ、接客係を担当したい人、挙手をお願いします」

 私は、親友の裕美と一緒に接客係に立候補した。レンタルする予定のメイド服は、カタログを見るとすごく可愛かったので、裕美と一緒に着たいねって話していたから。

 クラス全員の担当が決まり、後は、文化祭の日を待つばかりとなった。


 文化祭当日。

 昨日までに会場係が綺麗に飾り付けをした教室は、普段、自分達が勉強している時の雰囲気は微塵も無くて、それだけで心がウキウキした。

 接客係の女の子10人がメイド服に着替えて準備ができると、材料係が昨日のうちに細かく切って下ごしらえをしていた具材を、調理係が鉄板プレートで焼きそばと一緒に炒め出した。良い匂いが教室に充満してきた。

 開店をすると、早速、お客様がやって来た。接客係は10分ごとに順次2人が交代に入り、30分接客して20分休憩するというローテーションで、常に6人のメイドが接客をすることになっていた。

 私は、接客もメイドも初めてだったけど、別のクラスの女の子達から「可愛い」なんて言われると嬉しかったし、「写真を撮って良いですか?」なんて言われて、ちょっとした芸能人気分も味わえた。


 始めは、順調にお客様をさばけていたけど、お昼時間を過ぎた辺りから、さすがに混んできて、色々とトラブルも発生してきた。

「健太! このままじゃ、焼きそばが足りないぞ!」

「健太! このプレート調子悪いんだけど!」

 会場係と材料係は、前日までの役目であって、当日は教室にいなくても良いと健太が言っていたから、誰もいなかったし、調理係と接客係はフル回転で、自然、このクラスの文化祭委員である健太に、次々と注文が舞い込んでいた。そのたび、健太は、汗をかきながら右往左往していた。

「あっ、近藤! すまない。このお金で、焼きそばを追加で30人前、至急、買って来てくれないか」

 健太は、たまたま教室に様子を見に来た材料係の近藤君に買い出しを頼むと、今度は調子の悪い鉄板プレートを点検していた。電器屋さんじゃないんから、見て故障かどうか分かるとは思えないけど、何とかしたいっていう健太の気持ちの表れなんだろう。

「おーい! 焼きそば、まだか?」

 ついに待ちかねたお客様から文句も出だした。

「すみません。今、焼いているところなんで、もうちょっと待ってください。本当、すみません」

 健太が、すぐにそのお客様のところに飛んで行って頭を下げた。私も思わず健太の隣に行って一緒に頭を下げた。

 結局、調子が悪かった鉄板プレートの調子も戻らずに、残りのプレートで一度に焼く量を増やすなどしながら、何とかしのいでいると、残りの焼きそばを使い切った所で、近藤君が追加の焼きそばを仕入れて帰って来た。


 午後3時を過ぎて、さすがに焼きそばを食べようという客もいなくなって、私達は教室で一息吐いた。

「何か、綱渡り状態だったけど、成功って感じかな?」

「うん。美味しいって言ってくれたお客さんもいたし」

「私、可愛いって何回も言われちゃった」

「何、しっかり自慢しちゃってるのよ!」

「はははは」

「ねえねえ、折角だから写真撮っておこうよ」

 みんながポケットから携帯を取り出した。私は休憩スペースに自分の携帯を置いていたことに気がついて、一人、教室の一角をカーテンで仕切っただけの休憩スペースに行った。

 中には誰もいなかったけど、かすかに寝息らしき音が聞こえた。

 よく見ると、奥の方に、椅子を並べて、健太が横になっていた。

「……健太」

 私が呼び掛けても、健太は反応しなかった。ぐっすり寝込んでいるみたい。

 私は健太の頭のそばにしゃがんで、健太の顔を覗き込んだ。

 子犬みたいに可愛い顔してる。

 ――いつも私達を笑顔にしてくれてありがとう。

「お疲れ様。健太」

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