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私の王子様?

「王女様! さあ、参りましょう!」

 白馬に乗った王子様が私に手を差し伸べる。

 私がその手を握ると、王子様は軽々と私を引き上げて白馬に乗せた。

 見つめ合う王子様と私。ゆっくりと歩む馬の上で熱いキスを交わした。


 お昼休み。私は自分の席について文庫本を開いていた。正義の剣を振るって魔物をなぎ倒す王子様が魔王と婚約させられた隣国の王女様を救い出し、その王女様と結ばれて、新たな王となる「幻想騎士物語」という題名のファンタジーで、もう何回も読み返しているお気に入りの小説だ。

 アニメ化もされていて、DVDも全巻揃えている。もう、とにかく、私はこの物語が大好きなのだ。

 私は小さい頃から本を読むのが好きだった。特にお姫様が登場する物語が大好きで、小さな頃は、お姫様になりきって、本当に白馬に跨がった王子様が私を迎えに来てくれると信じていた。

 今だって、その願いは捨ててなんかいない。私の運命の人が白馬に乗ってやって来るって。


「森下!」

 聞き慣れた声が、妄想に浸っていた私を現実に引き戻した。

 顔を上げると、同じ文芸部に所属している大西君がにこにこしながら私の机の前に立っていた。

「どうしたの? 何か、にやけてるみたいだけど?」

「へへへへ。ほれっ!」

 大西君は後ろに回していた手を勢いよく私の顔の前に持って来た。その手には一枚のチケットが握られていた。

「こ、これ……」

「そうさ。『幻想騎士物語』新刊発売イベントの入場整理券なのだ!」

 大西君は自慢げに微笑んだ。

「当たったんだ?」

「ああ」

「そうなんだ。……良かったね」

「森下は?」

「私は、……たぶん、はずれてる」

 応募葉書を10枚も送ったのに、昨日までチケットが送られて来ないのは、はずれているんだろう。

「そ、そうか……。森下」

 大西君は、チケットを握った手を私の方に差し出した。

「……?」

「森下にやるよ」

「えっ?」

「このチケット、森下にあげるよ」

「だ、だって大西君が当たったんでしょう。大西君が行けば良いじゃない」

「一人で行っても面白くないし……。それに、森下、『幻想騎士物語』が大好きだもんな。俺なんかよりもずっと」

「それはそうだけど……」

「実は、その時間、俺、模試があるんだよな」

「……模試があるのに応募してたの?」

「森下も当たったのなら、模試すっぽかして、一緒に行こうかと思っていたんだけどさ」

「……」

「まっ、と言うことで、楽しんで来いよ」

 チケットを私の机の上に置いて、大西君は、自分の席に戻って行った。


 日曜日。私はバス停に向けて走っていた。

 昨日の夜、嬉しすぎて、なかなか寝付けずにいて、気がつくと、もう朝日が高く輝いていた。

 バス停に着いて時刻を確認すると、バスはもう出ていた。

 次のバスは、…………30分後! 間に合わない!

 イベント会場は、5つ先のバス停の近くだ。走って行けない距離ではない。

 私は全速力で走り出した。

「森下!」

 前から自転車に乗って来ていた人が立ち止まると、私を呼び止めた。大西君だった。

「どうしたんだ? そんなに慌てて」

「遅れそうなのよ!」

「何に?」

「イベントよ! じゃあね!」

 私は、大西君と話をする時間も惜しくて、すぐに駈けだした。

 すると、後ろから自転車のベルが聞こえた。

 振り向くと、大西君がいた。

「森下! 乗れよ!」

「えっ?」

「走って行くよりはずっと速いだろ。座り心地は悪いかもしれないけど、急いで、こいで行くからさ」

「でも、大西君、模試があるんじゃないの?」

「模試なんて、もともとすっぽかそうと思っていた奴だし。それにお前、このイベント、すごく楽しみにしてたじゃないか」

「で、でも……」

「早くしろよ!」

「は、はい」

 いつも冗談ぽくしか話さない大西君のちょっと怒ったような口調に、私は少し驚いてしまって、素直に大西君の自転車の後部座席に座った。

「行くぞ」

「うん」

 自転車はどんどんとスピードを上げていった。大西君は全力で自転車をこいでいた。首筋には汗が吹き出ていた。

「大西君!」

「何!?」

「どうしてそんなに一生懸命になってくれるの?」

「……森下の嬉しそうな顔が見たいからだよ! 決まっているだろ!」


 ママチャリに乗って来た大西君が、……私の王子様なのかな?

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