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委員長の恋人

「委員長!」

 下校しようと廊下を歩いていて、後ろから呼び止められた私は、長い黒髪を広げながら勢いよく振り向くと、黒縁眼鏡のつるを持って少し眼鏡を直しながら、声の主を見つめた。

 1年生で副書記長の西尾さんが申し訳なさそうな顔をして立っていた。

「すみません。今度の執行委員会に出す決算文書の書き方についてお訊きしたいんですけど……。お時間ありますか?」

「ええ、……それじゃ、委員会室に行きましょうか?」

「はい」

 進学校である我が校は、3年生になると生徒会活動から一足先に卒業してしまうので、1年生の時には副書記長だった私が、2年生になり生徒会役員選挙で委員長に選出されて、もう3か月。委員長って呼ばれることにも慣れてきた。

「委員長って、彼氏とかいるんですか?」

 並んで廊下を歩きながら、西尾さんが興味津々という顔をして訊いてきた。

「何、突然?」

「実は、私もよく訊かれるんです。委員長って、誰か付き合っている人がいるのかって」

「誰に?」

「1年生の男子はもちろん女子にも。それも何人も」

「それで、何て答えてるの?」

「テストの順位で、毎回上位5位以内をキープしている委員長は、勉強一筋で彼氏なんか作っている暇なんて無いんじゃないかって勝手に答えているんですけど、……良かったですか?」

「良かったですかって、もう答えちゃっているんでしょ」

「すみません。……でも、本当のところ、どうなんですか? 私も興味があるんですけど」

「彼氏はちゃんといるわよ」

「本当ですか! ……でも、ちょっと意外です」

「そう?」

「はい。……でも、委員長の彼氏って、きっと委員長よりも頭が良くて、素敵な人なんでしょうね」

「また勝手に私のイメージを作り上げてる」

 西尾さんもそうだけど、この学校の生徒が私に対して持っているイメージは、真面目でおしとやかな女の子ってところだろう。

 でも、それって、本当の私じゃない。


 私が付き合っている彼氏とは、中学校時代に告白されてからずっと付き合っている直樹のことだ。直樹は、どちらかと言うと勉強が苦手で、私と同じ高校には入らなかったけど、中学校時代から、ずっと自動車が好きで、今は整備士になるために工業高校に通っている。

 そんな直樹のことが私の両親はあまり好きではないみたい。私には相応ふさわしくないって、いつも言っている。家も近所だから、面と向かって言わなくても、直樹の両親も、私の両親の気持ちが何となく伝わっているんじゃないかって思う。

 でも、私に相応しいかどうかは私が決めること。もう、自分のことは自分で決めることができる。私は、いつまでも、お父さんやお母さんのマリオネットじゃない。


 西尾さんの用事も終わって学校を出ると、直樹が「待っている」とメールしてきた場所まで早足で歩いて行った。

 いつもの待ち合わせ場所、それは二人の家の近くにある屋外の自動車展示場だ。展示スペースの端っこに3つベンチが置かれているけど、座っている人はいつもいない。

 直樹は、展示されている自動車の運転席を覗き込んでいた。

「直樹!」

 私が後ろから呼び掛けると、直樹はよっぽど集中していたのだろう、体をびくつかせながら振り返った。

「里香かぁ。びっくりさせるなよ」

「直樹が勝手にびっくりしたんじゃない」

「心臓に悪いから、もっと優しく声を掛けてくれよ」

「これ以上ないくらいに優しい声だったでしょ」

「そうか?」

 私達は笑いながら並んでベンチに座った。――直樹の隣、私の一番居心地が良い場所だ。

「今日はどうしたの?」

「あのな、……単刀直入に言うけど、……里香は、本当に、俺と付き合っていて良いのか?」

 笑い顔から一転、直樹は少し暗い顔付きになって、隣の私の顔を見ずに、前を向きながら呟いた。

「また、その話?」

「だってさ、やっぱり、俺には里香はできすぎているって言うか、俺がいると、お前が羽ばたけないような気がしてさ」

「……また、親から何か言われた?」

「ちょっと、……。お前はどうせ有名大学に行って、将来は、公務員とか一流企業とかに受かるだろう。俺はなれるとしても、しがない自動車整備工だ」

「自動車整備工だって立派な職業じゃない」

「そうだけど、……お前と比較されるとな」

「男としてのプライドが許さないの?」

「俺のプライドなんて既にボロボロだよ。何やってもお前は俺より上を行ってるからな」

「ボロボロでも一応プライドがあったんだ」

「うるせえ!」

「うふふふ」

 こんな憎まれ口とか本音で話が出来るのは直樹だけだ。

「直樹」

 私の怒ったような低い声に、直樹が戸惑いながら私を見つめた。

「私には、直樹以外の男の子と一緒にいる私は想像できないの。だから、もう2度とそのことは言わないで!」

 だって、直樹が私の側からいなくなると、本当の私は死んでしまうんだから。

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