仲直りのパンチをくらえ!
親友の良子と一緒に帰宅していた私の目の前に、拓也の後ろ姿が見えた。その隣には、私と似た髪型をしている背の低い女の子が並んで歩いていた。
「奈美、あっちの道から行く?」
良子が気を回してくれた。
「わざわざ回り道する必要はないって。何で私が逃げなきゃいけないのよ。……ありがとう、良子」
2か月くらい前。
私は、拓也から告白されて、拓也と付き合い始めた。デートも何回もしたし、キスも……。
でも、キスをした途端に、「俺の彼女」なんだからと言って、一緒に家に帰ることを強要したり、「俺以外の男の子と話すな」だなんて、私を鎖で縛り付けようとした。
結婚した訳でもなく、キスしただけで、まるで私を自分の持ち物のように扱う拓也の態度に私がキレて、大喧嘩の末、そのまま別れたのが1週間前。
とは言っても、別のクラスだけど同じ学校だから、毎日、顔を合わせることは仕方がないと、自分では割り切っていたつもりだけど、顔を見てしまうと、今でも、やっぱり殴りたい衝動に駆られる。
今、一緒に歩いている女の子は下級生みたい。上級生風を吹かせて、私以上にがんじがらめに縛り付けてるんだろうな。その子が、私と違ってそれを許せる子なら良いけどね。
私達は、しばらく、拓也の背中を見ながら、歩いて行った。拓也が真っ直ぐ家に帰るのであれば、次の角を左に曲がって、私達の視界からいなくなるはずだ。
でも、拓也は角を曲がらずに、真っ直ぐ道を歩いて行った。新しい彼女とどこかに寄るつもりなんだろうか?
あ~っ、もう、何よ! 自分だけさっさと新しい恋を見つけて!
――って、何で私がめげなきゃいけないのよ?
私が拓也を振っているんだから、拓也の方がめげてなきゃいけないんじゃない?
拓也と一緒に歩いていた女の子が、拓也に小さく手を振って、一人、道の左手にあるビルの中に入って行った。女の子を見送るように、立ち止まってビルの入り口を見ていた拓也が私達の方に振り返ると、私と目が合った。
「……よ、よう」
拓也の言葉に私は小さく頷いただけで、良子と二人で目を反らせながら、無言で拓也の横を通り過ぎた。
「お、おい!」
通り過ぎた私達の背中から、拓也が慌てた感じで呼び止めた。
振り返った私の顔は、かなり不機嫌そうに見えたはずだ。
「何か誤解してないか?」
「誤解?」
「今までずっと俺の後ろをついて来てたんだろう?」
「ついて来てたんじゃなくて、たまたま、あんたが前を歩いていただけよ」
「まあ、それはどっちでも良いけどさ。……今、一緒に歩いていたのは妹だよ」
「えっ?」
「だからさ、新しい彼女だと、絶対、誤解しているんじゃないかって思ったんだよ」
「……本当?」
「今さら嘘を言ったってしょうがないだろ。妹の奴、今日から初めて行く塾の場所が分からないって言ってたから、一緒に来てやってたんだよ」
拓也と一緒に歩いていた女の子が入って行ったビルを見上げてみると、確かに窓ガラスに大きく塾の名前が書かれていた。
「何で、そんなに必死に弁解しているのよ?」
「だってさ、……お前に変な誤解をして欲しくないからだよ。できれば、……お前と仲直りしたいんだ。お前が許してくれるんなら、いくらでも頭を下げるよ」
「何、女々しいこと言っているのよ! ……もう良いよ。もう終わったんだよ」
「もう元に戻れないのか?」
……戻れるのかなあ?
「それじゃあ、一発殴らせてくれる?」
「それでお前の気が晴れるんなら」
……何よ! もっと早く、そんな目をしなさいよ!
私は、右手を拳骨に握りしめて、拓也に近づいて行った。
大きく反動をつけた右手で、思わず目を閉じて俯き加減になった拓也の頭を軽く叩いた。
「えっ?」
強烈なパンチをお見舞いされると思っていたのか、目を開けた拓也は不思議そうな顔をして私を見つめた。
「とりあえず今日の分。これまでの分は、……また考える」
「これまでの分って?」
「明日の放課後、これまでの分をまとめて仕返ししてやるから、校門で待ってろ!」
そう言うと私は、また振り返って、心配そうな顔をして立ち止まっていた良子の近くまで戻った。
「行こう」
私は拓也を置いて、良子と一緒に家への道を歩き出した。
――明日から、いっぱい仕返しをしてやるんだから。




