罪作りな笑顔
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、先生が教室から出て行くと、一番前の席の私は、黒板消しで黒板に書かれた数式を綺麗に消していった。日直でもないけど、とりあえず一番黒板に近い席に座ってるし、……私にはそれしか存在価値がないって思っているから。
中学の時、男子達が私のことを「眼鏡ブタ」というあだ名で呼んでいることを、たまたま知った。別にショックでもなかった。
昔から、ずっと太めで、運動も苦手。
友達と話していても面白いことも言えないし、私はずっと聞き役。
勉強は、何とかクラスでも上位に入ることはできているけど、ずば抜けて頭が良いって訳じゃない。
ブスだし、ド近眼の眼鏡掛けているし、髪もちょっと癖毛でサラサラヘアなんて夢のまた夢。
何一つ、良いところがない女の子「藤川晴美」。それが私。
中学からずっと同級生の珠希は、私の数少ない友達の一人。休み時間は珠希が仕入れてきたニュースをひたすら聞いているのが私の役目。
「ねえねえ、晴美。知ってる?」
「何?」
「長谷川君、冴子と付き合い始めたんだって」
「ふ~ん」
誰と誰が付き合い始めたなんて、私には関係のないことだよ。
長谷川君は、バスケット部のキャプテンで、明るいクラスの人気者。長谷川君がみんなの前で言う冗談に、私はいつも笑い転げていた。
冴子ちゃんは、可愛いってクラスの男子に人気の女の子だし、お似合いだよ。
授業が終わると、私は一人で、校舎から体育館に行く渡り廊下を、箒で掃いていた。
ここは私達のクラスの担当なんだけど、クラスの誰かが音頭を取らない限り、ここまで掃除をしに来る人はいない場所だ。
私は、自分が掃除当番の時は教室を掃除しているけど、当番じゃない時は、いつもここの掃除をすることにしている。
「あれっ、藤川じゃん」
声をした方を向くと、長谷川君が箒を持って立っていた。
「藤川。お前、今日は掃除当番じゃないんじゃない?」
長谷川君と二人きりで話をしたことがない私は、ちょっと緊張してしまった。
「ク、クラブとかやってないから、時間はいっぱいあるし……」
「へえ~、……変わってるな、お前」
いつも言われる。
「俺は一応、掃除当番だから、俺も一緒にやるよ」
そう言うと、長谷川君は、私の側に立って、渡り廊下を箒で掃き始めた。
「は、長谷川君、こんなところを冴子ちゃんに見られたら、まずいでしょ?」
「冴子? 何だよ、藤川も『俺と高木がつきあい始めた』って噂を信じているのか?」
「でも、クラスで話題になっていたし」
「高木が勝手に言いふらしているだけだよ!」
「そ、そうなの?」
「ああっ、今の俺はフリーだから」
「そ、そうなんだ」
その後、私は何を話して良いのか分からずに、黙って箒を動かしていた。
「なあ、藤川」
「な、何?」
「藤川ってさ、痩せたら絶対可愛いよな」
「えっ!」
私は、思わず長谷川君に背を向けた。
「あっ、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだ。……俺って、本当にデリカシー無いよな」
私の後ろで、長谷川君が、本当に困ったような声で言った。
「許してくれ、藤川」
私は、また長谷川君の方に向き直った。
「許すも何もないよ。だって太っているのは本当のことだもん」
「ごめんな。……でも、よく考えてみると、藤川とこんなに話したことなかったな?」
「私なんかと話してても全然面白くないでしょ?」
「でも、お前、俺のつまらない冗談にも思いっきり笑ってくれてるじゃん。お前の笑った顔、……嫌いじゃないぜ」
そんなこと言わないで! そんな優しい笑顔を私に向けないで!
変な期待しちゃうじゃない!
その優しさが……辛いよ。




