優しい笑顔は誰のため?
帰宅部の私とミチは、普段は、ショッピングセンターにちょっと寄り道をするくらいで、真っ直ぐ家に帰るんだけど、そろそろテストも近いということで、大きな公園の中に建っている市立中央図書館に来ていた。
家だとテレビとかゲームとか誘惑が多いけど、図書館だと、とりあえずは勉強に集中できる環境ではあるもんね。
もっとも、ミチには、もう一つ、別の目的があった。
滝澤先輩がこの図書館でよく勉強していることがあるからだ。
滝澤先輩は将棋部の部長で、東大を受験するんじゃないかって噂になっているくらい頭も良い人だ。かと言って、ガリ勉タイプな雰囲気ではなく、細面だけど意外とイケメンだから、けっこう女子達から注目されているみたい。
「みたい」って言うのは、私達には将棋部なんて縁はないし、1年生の私達が3年生の滝澤先輩のことを詳しく知る機会もないから、ミチも遠くから眺めて、素敵だって騒いでいるだけ。
私も、ミチから話を聞いている範囲のことしか知らないし、将棋なんて興味はない。
それに、滝澤先輩は確かにイケメンで素敵だとは思うけど、私はちょっと冷たい感じしかしなくて、デートとかしてても数式の話とかしてきそうなイメージしかない。
閲覧室のテーブルに並んで座り、勉強をしていたら、ミチが私の脇腹を肘でつついた。
「マイ、来たよ」
私が目を上げると、二つ向こうのテーブルに、滝澤先輩が私達の方を向いて座るところだった。
「相変わらず、知的なオーラが半端なく放たれているねえ」
ミチは、勉強をしに来ているという目的を既に忘却の彼方に放り投げているみたいで、頬杖をついて参考書を読んでいる滝澤先輩を露骨に見つめていた。
私は、せっかく図書館に来たんだから、自分で決めた範囲の勉強はしておこうと、ぽわ~んとしているミチを置いて勉強に集中した。
――うん、今日はけっこう進んだんじゃない!
「マイ、ちょっとお手洗いに行ってくる」
「えっ」
「先輩とお付き合いしてくるから」
顔を上げると、滝澤先輩が閲覧室から出て行くところだった。
「告白してくるの?」
「そんなことできる訳ないじゃない。せめてトイレくらいは一緒に行く」
「馬鹿。さっさと行ってきなさいよ。何だか私も行きたくなったから」
「えっ、そうなの。それじゃあ、お先に」
ミチがトイレから戻って来ても、滝澤先輩は、まだ席に戻って来なかった。
「あれっ、先輩、まだ戻ってないの? 大きい方かな?」
「知らないわよ。それじゃ、私も行ってくるから」
「ごゆっくり~」
私がトイレを済ませて、自動販売機でジュースを買おうとロビーに行くと、ガラス張りの壁の外に広がる公園の植え込みの側でしゃがんでいる滝澤先輩を見つけた。
何をしているんだろうと、壁のガラスに近づいてみると、滝澤先輩が伸ばしている手の先には一匹の子猫がいた。首輪もしていないし、野良猫だろうか?
何か餌をあげてるみたい。もう何回もあげてるのかな? 子猫も懐いているみたい。
――優しい顔してる。
明日もここに来てみようかな。