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06 Foggy DownTown

 日が傾いてオレンジの光が差し始めた頃、俊おじさんは別荘に戻ると言った。夕食の準備をしないといけないからだ。俊おじさんは、あたしにまだビーチに居てもいいよと言ってくれたが、あたしはこんなところに一人で居ても面白くも何とも無い。

「あたしにだって何か出来ることがあるわ。手伝わせてよ」

 そう言うと、俊おじさんはニコリと笑ってうなずいた。

「分かったよ。おいで」

 俊おじさんは、あたしのトートバッグを持って歩き出した。あたしは俊おじさんの後について、崖を登って行った。

「まず、シャワーを浴びて着替えなさい。おじさんは水道のホースで潮を洗い流すから」

 俊おじさんはそう言って、蛇口を捻ってホースから水を出した。あたしはその時に悪戯心が働いた。俊おじさんが持っていたホースを奪って俊おじさんに水を掛けたのだった。

「ひゃー、冷たいよー」

 俊おじさんはそう言いながらも、その場でぐるぐると回って全身に水を被っていた。その姿を見て、あたしは俊おじさんにホースを渡した。

「ねぇ、おじさん。あたしにもホースから水を掛けてよ」

 俊おじさんは、放物線を描いてあたしにホースから水を掛けてくれた。

「ひゃー、冷たい、冷たい」

 あたしも、おじさんと同じようにその場でグルグルと回った。あたしのモノキニの水着は、水に濡れてフリルが引っ付きボディラインが露わになった。それに水に濡れたことでちょっと透け気味になっていた。

 あたしはそれに気付かなかったが、俊おじさんが急にホースの水をあたしに当てるのを止めてこう言ったのだ。

「遼子ちゃん、その水着はセクシー過ぎだ。おじさん、ちょっと変な気になっちゃうよ」

 あたしはそれを聞いて赤くなったと同時に嬉しくなって、水道の蛇口を止めている俊おじさんを後ろから抱き締めたのだった。

「何だい、遼子ちゃん? ビックリするじゃない」

 俊おじさんは慌てて振り解こうとした時、あたしは大胆に甘えるように言った。

「俊朗さんのこと、好きです。ねぇ、キスして」と。

 あたし自身、ビックリしたけど驚きはしなかった。

 俊おじさんはあたしの方へ向き直ってあたしの肩を抱き、目を閉じたあたしの唇にそっとキスをした。でも、俊朗は数秒間、唇を合わせただけですぐに離れてしまった。あたしはもう少し期待したのに。

「さぁ、バーベキューの火を起こさないと夕飯が食べられないぞ」

 俊朗は、そう言ってTシャツを着替えてから、軍手をしてバーベキューピットに炭を並べ始めた。

 あたしは、気を取り直してピンクのパイル地ジャンパーを羽織って、俊朗に尋ねた。

「あたしは何をすればいいのかな?」

 俊朗は、ピットに着火オイルを垂らして火を点けている最中だったが、あたしの方を向いて指示してくれた。

「青いクーラーボックスに入っている食材を出して欲しいけど、その前にグレーのプラスチックボックスからプラスチックの食器類をテーブルに出して欲しいな」

「うん、分かったわ」

 あたしは飛び跳ねるようにグレーのボックスに近づき、中からコップやナイフ、大皿とディッシュを取り出した。その時、あたしはふと思い付いて、緑色のクーラーボックスを開けて缶ビールを取り出した。

「俊朗さん、ビールは飲まないの?」

 炭にようやく着火した俊朗は、急に名前で呼ばれたことと、ビールのことをすっかり忘れていたことで混乱しているようだった。

「あ、忘れてた。飲みます、飲みます。……えっと、あの、名前で呼ばれると変な感じだよ、遼子ちゃん」

 バーベキューピットに近づいて俊朗に缶ビールを渡したあたしは、ドヤ顔で言った。

「だって俊朗さんはあたしの恋人なんだもん、名前で呼ばなきゃ。『おじさん』でもいいけど、何となく嫌な感じがするの。それに、俊朗さんもあたしのことは『遼子』って呼んでよ。『ちゃん』付けは止めて欲しいわ」

 俊朗は困った顔をしながら、ビールをキューッと一口飲んでから言った。

「分かったよ、遼子。……これでいいかい?」

 あたしはコーラを飲みながら、ちょっと照れてコクリと首を上下に動かした。

 夕陽が空をオレンジ色に染めた頃、バーベキューピットの火がアッシュダウンして焼き頃になった。

 あたしは玉ネギを輪切りにし、ナスを縦割りにし、ピーマンを切って、ジャガイモを茹でて輪切りにした。それからレタスをむいて洗い、手で千切ってからキュウリのスライスを混ぜ合わせてサラダを作った。

「遼子は料理が出来るんだ。ちょっとビックリだったよ」

 感心している俊朗を睨んで、あたしは口を尖らせた。

「あのねー! 失礼しちゃうわ。あたしだってこれくらいは出来ますよーだ」

 俊朗はTボーンステーキを焼きながら微笑んだ。

「それは、それは。申し訳ございませんでした、お嬢様」

 ステーキを裏返して塩を振り掛けコショウを擦りながら、俊朗はビールを煽った。

 コンガリと焼けた玉ネギやナス、ピーマン、ジャガイモを大皿に載せ、最後に肉汁が滴るTボーンステージが焼き上がり、あたしと俊朗はテーブルに着いた。

 あたしと俊朗はお互いに向き合ってニヤッとしてから、ステーキに手を付けた。

「うわ、美味しい!」

「だろ。僕のバーベキュー歴は伊達じゃないんだから」

 俊朗は嬉しそうだった。

「お見事です、はい」

 あたしは美味しくてTボーンステーキをすぐに平らげてしまった。

「もう一枚食べるかい?」

 あたしはうなずいて、皿を俊朗に差し出した。俊朗はトングでTボーンステーキを載せてくれた。付け合せの焼き野菜はマリネードを、生野菜はドレッシングを掛けて食べた。どれも美味しかった。自然の中で食べるのは初めてだったが、こんない美味しいとは思わなかった。

 炭も白い灰ばかりになって、バーベキューピットには肉が無くなり、焼き野菜も無くなり、サラダも無くなってしまった。

「良く食べたね。満腹になったかい?」

 そう言って俊朗は、最後になった缶ビールの栓を開けた。

「もうお腹いっぱい。これ以上は食べらんないわ」

 あたしはそう言って、水着のちょっとふくれたお腹をさすった。

「せっかくのセクシー水着が、そのお腹じゃ台無しだな」

 俊朗はクックックッと笑った。

「もう、イジワルなんだから!」

 そう言うとあたしは、羽織っていたジャンパーを脱ぎ捨ててポージングをして俊朗に見せ付けた。

「ホラ見てよ! 全然大丈夫でしょ!」

 俊朗は、ジーッとあたしを見ていた。

「どうしたの?」

 そう言いながら、あたしは俊朗に近づいた。俊朗はあたしを見詰めたままジーッとしていた。

 あたしは有無を言わさずに俊朗にキスをした。そして俊朗の手を取ってあたしの胸に持っていった。

「あたしを抱いて。あたしのことが好きなら。ねぇ、お願い」

 あたしは水着のホルターの紐を解いた。それからバックの紐も解いた。するとあたしの胸が露わになった。俊朗は、あたしの胸を見て静かに言った。

「遼子、キレイだよ。とっても綺麗だ」

 そして、あたしを抱き締めてくれた。そして長い時間、あたしと俊朗は唇を重ね合わせた。唇を離すと俊朗はあたしをお姫様抱っこをして部屋の中へと運び、畳の上にあたしを寝そべらした。

「遼子が欲しい」

 そう言って俊朗は、あたしの身体を貪り始めた。

 あたしは嬉しかった。

 そこには優しいけれど激しい愛があった。

 だからあたしは痛みを我慢して『女』になったのだった。

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