05 Riverside Hotel
朝から車を飛ばして四時間、ようやく辿り着いたそれは、ひっそりとした林の中にあった。
林の中を俊おじさんの黒のワゴン車で通り抜けていく。すると俊おじさんは、小さな看板のところでわき道に逸れた。どうやら目的地が近い感じだった。
狭い道を俊おじさんはゆっくりと車を進めて行くと、少し開けていて日差しが差し込むところで行き止まりになった。俊おじさんはその開けた場所の真ん中で車を停めた。
俊おじさんは車から降りると、バックドアを開けて荷物を下ろし始めた。バックドアから俊おじさんがあたしに話し掛けた。
「着いたよ」
あたしはドアを開けて車を降り、周りを見回した。
鬱蒼とした森に囲まれて、ここだけは芝生が張られた広場になっていた。広場の南側は林になっていて、枝のすき間から海が薄っすらと見えた。そして、昼でも日の当たらない西側の場所に、少しくたびれた建物が建っていた。
「おじさんの別荘にようこそ。……別荘と言っても、ずい分前に手作りしたキットのログハウスだけどね」
それは、おじさんの持ち物のようだった。ログハウスといっても丸太ではなくプレカットされた建物風の造りだった。壁は白で破風や柱はライトグリーンに塗られていたようだが、今は風化して所々が剥げ落ち、汚れで黒ずんでいた。
「これでも先週、少し手入れをしたんだよ。あまりにも酷かったのでね」
あたしは、荷物を下ろしている俊おじさんに向き直って、最高の笑顔で言った。
「ううん、そんなことないわ。とっても素敵よ」
あたしはホントにそう思ったのだ。恋人同士が暮らすには素敵だなって。
「そう言ってもらえて、おじさんは嬉しいよ。先週手入れをした甲斐があったから」
そういうと、あたしの大きなバッグを持って、玄関を開けてくれた。
「さぁ、どうぞ。おじさんのお姫様」
俊おじさんは、あたしの手を取ってエスコートしてくれた。
外観は煤汚れていたけれども、内部は綺麗だった。クリーム色の壁紙にライトグレーのフローリング、こざっぱりとした室内は好感が持てた。
「ごめんよ。部屋数は無いんだ。ここで一緒に寝泊りすることになるけどいいかな?」
俊おじさんは、申し訳なさそうにあたしに訊いた。あたしはフェミニンレースのフリルハットを脱ぎながら、俊おじさんに笑顔でうなずいた。
「いいわよ。あたしは全然気にしないわ」
するとおじさんは、あたしを覗き込んでもう一度質問した。
「お風呂はシャワーのみで脱衣場も無くて直接なんだ。だから、脱ぎ着もここだよ? もちろん、おじさんは遼子ちゃんが着替える時は外に出るけどね」
あたしは、俊おじさんに最高の笑みを向けた。
「そんなに気を使わなくてもいいのよ。おじさんとあたしのバカンスなんだもの」
俊おじさんは、照れ臭そうに頭を掻いた。
「じゃあ、残りの荷物を下ろしてくるから」
そう言って、俊おじさんは玄関から出ていった。
あたしは室内を見回した。ワンルームになっている部屋の奥にはアイランドタイプのカウンターキッチンがあって、その向こうには食器棚が据え付けてあった。部屋の右側にはトイレとシャワールームがあって洗濯機が置いてあった。部屋の左手には段差があって、そこは四畳半ほどの畳のスペースになっていた。
あたしは、自分の大きなバッグを持ってステップアップした畳の上に置いた。そして、部屋の南側の窓を開けたら、気持ちのいい風が部屋の中に吹き込んできた。
「チリン、チリン」
音に誘われて、あたしは窓の上を見た。そこにはガラスの風鈴が吊るされていて、爽やかな風で心地良い涼しげな音を立てていた。
荷物を運び込んでいた俊おじさんも、風鈴の音に気が付いてあたしに説明してくれた。
「ここにはエアコンが無くてね、多少なりとも涼しげに感じるようにと風鈴を吊るしてみたんだけど」
あたしは、その説明に微笑んで答えた。
「うん、いい感じよ。おじさん、ありがと」
そう言うと、俊おじさんは顔を赤くして外へ出ていった。出て行く間際に、あたしに声を掛けた。
「荷物を入れたら海に行こう。着替えをして準備して」
あたしは、俊おじさんの言葉を受けて元気良く返事した。
「はーい。水着に着替えるわねー」
あたしは早速バッグを開けて、水着を取り出した。
フリルが付いた白のワンピースで、ウエスト部分がカットアウトされていて、胸元は深めのVラインになっているモノキニ水着だ。ビキニよりも更にセクシーなモノキニ水着で、白はレーシーで透け感があってちょっと恥ずかしいんだけれど、ちょっと大胆になろうと思って。
あたしは、ワゴン車からバーベキューセットを降ろしている俊おじさんを横目で見ながら、カーテンも閉めず、タオルで隠しもしないで、Tシャツとジーンズを脱いで下着姿になった。
そこまでは勇気があったが、やっぱり恥ずかしくて壁に隠れて、ブラジャーを取りパンティを脱いでモノキニのワンピース水着をササッと穿いて、ホルターネックの紐を結んだ。だが、バックの紐がどうしても結べなかった。
仕方がないので、下着とTシャツとジーンズを畳んでから、海に持って行くバスタオルやサングラス、飲み物と日焼け止めなどの入ったポーチをトートバッグに入れて準備をした。
窓の外を見ると、俊おじさんは荷物を降ろし終って、バーベキューセットの準備をし終えたところだった。
「おじさーん、準備が出来たわよー」
そう言うと、汗だくの俊おじさんはタオルで汗を拭いてからこちらを見た。
「こっちも、だいたいの準備が終わったよ。それじゃ、海に行こうか」
あたしは、おじさんに訊いた。
「え、おじさんはそのままで行くの? 着替えないの?」
俊おじさんはニヤリとした。
「だって、おじさんはもう、海パンを穿いてるし」
よく見ると、おじさんのハーフパンツは、前回の海水浴で穿いていた水着だった。一緒に車に乗っていたあたしは全然気が付かなかった。ちょっと顔が赤くなった。
俊おじさんは、二リットルのお茶のペットボトルを持つと、南側の林の切れた道へと歩き出していた。
「あーん、待ってよー」
あたしは大急ぎでトートバッグを持って、玄関で可愛い花の付いたサンダルを履いて、おじさんの後を追っかけた。
しばらく歩いて行くときつい斜面になって、いくつかのつづら折りの道を通って崖の下に出た。
「うわぁー、キレイ!」
あたしは思わず声を上げてしまった。
そこはまさしくプライベートビーチだった。三十メートルほどの、潮や潮位の加減で砂が溜まったという感じの砂浜だった。だから遠浅という訳ではなかったが、海はダークエメラルド色でキレイな色をしていた。そして、その砂浜にはベンチ風の岩がいくつか置いてあって、休憩したり寝そべったりするには丁度いい感じだった。
あたしはそこに荷物を置き、俊おじさんはそこに腰を下ろした。
「いいところだろ? でも、自分で何もかも管理しなきゃいけないし、維持費も高い。だから、この辺の別荘はなかなか売れてないんだ」
俊おじさんは、ペットボトルを一口飲んだ後、海に向って進み始めた。
「さぁて。ちょっと汗を流してくるか」
あたしは、俊おじさんの言葉にムッとした。
「おじさん、雰囲気ぶち壊しじゃないの! お風呂じゃないんだから!」
俊おじさんは、後ろ向きに愛想笑いをしながら海へと飛び込んでいった。
あたしも海に行こうと、ピンクでフードに猫耳が付いたパイル地のジャンパーを脱いだところで、大事なことに気が付いた。あたしの水着の、バックの紐が結んでいなかったことに。
「おじさーん、ちょっと来てー」
あたしは波打ち際まで行って、俊おじさんを呼んだ。
キョトンとした顔をして俊おじさんは波打ち際に上がってきた。
「なに? どうしたの?」
問い掛ける俊おじさんに、あたしは後ろを向いて紐を後ろ手に差し出した。
「これを結んで欲しいの」
「えー? 何か恥ずかしいなぁ」
それでも俊おじさんは、紐を持ってぎこちない手付きで結び始めた。
「痛い! おじさん、締め過ぎ」
「あ、ごめん、ごめん」
俊おじさんは、慌てて緩めてから結び直した。
「このくらいでいいかい?」
問い掛ける俊おじさんに、あたしはおじさんの方を向き直って大きくうなずいた。俊おじさんは、あたしの大胆な水着に目のやり場が無いようだったが、一言だけ感想を言ってくれた。
「遼子ちゃん、今日はセクシーだね」
あたしは、その言葉で急に真っ赤になって慌ててごまかした。
「そぉ? それじゃ、おじさん。一緒に泳ご」
あたしは、俊おじさんの手を取って海にジャブジャブと入っていった。俊おじさんもつられて一緒にザブザブブと海に入っていった。
あたしはわざと深いところまで行って、俊おじさんにしがみ付いた。
「やだ、急に深くなってるぅ」
「ここは深いからなぁ。大丈夫かい? おじさんにつかまって」
俊おじさんは、何の疑いも無くあたしをしっかりとホールドしてくれた。
しばらくそのまま、ふたりで波に漂っていたが、ここは海流の影響で水温が低かった。ちょっと冷たくなってきたので、俊おじさんはあたしを伴って沖から泳いでビーチへと上がった。
「ここはちょっと温度が低いんだ。それが玉に瑕なんだな」
俊おじさんはそう言いながら岩に座った。あたしはその横に身体を寄せるようにして座った。
「どうした? 寒いの?」
それほど寒くは無かったのだが、あたしは俊おじさんと居たかったから大きくうなずいた。そして、あたしと俊おじさんは寄り添ったまま、二人と話もせずに長い時間が経過したのだった。