04 Summer Suspicion
「じゃ、女の子たちはここで水着に着替えてくださいね。お父さんはこっちよ」
海の家専属の駐車場に車を停めて、ついでに部屋も借りて、海の家に入った。海の家のおばちゃんは丁寧に海の家の中を案内してくれた。
「おじさまのこと『お父さん』だって。そりゃそうね」
恵梨佳は納得した風情だったが、茉美はニヤニヤしながら遼子に耳打ちした。
「まさか、この三人の小娘のうちの一人がおじさんの恋人だとは思うまい。イヒヒヒヒ」
さっさと着替えを始めていた恵梨佳は、小さな声で呟いた。
「そーゆーことは、おおぴらに言わない方がよくてよ」
バツの悪い顔をした茉美も、そそくさと着替え始めた。
あたしは着替えながら、二人の言葉に顔を赤らめたのだった。
三人とも着替えを終えて部屋の外に出ると、俊おじさんがそこで待っていた。
俊おじさんは、タフタ素材で紺色のハーフ丈スイムパンツ、グレーとブラックの長袖ブランドラッシュガードを着ていた。可笑しいのは、その頭に麦わら帽子が納まっていたことだ。
「おじさん、変! そこまで決めているのに、なんで麦わら帽子なのぉ?」
あたしは、かっこ悪い恋人を友達に見られたように巻くし立ててしまった。
「えー、いいじゃないの。遼子がそんなに怒ることないじゃない」
茉美は、そう言って俊おじさんを擁護した。
「ごめんよ、慌てててキャップを忘れたんだ。帽子がないと暑いだろ。仕方がないからここで買ったんだよ」
俊おじさんはすまなさそうにしていた。
「帽子なんて些細なこと。さぁ、海を楽しみましょうよ」
恵梨佳が上手く仕切り直してくれたので、あたしはなんとか納得することにした。
あたし達三人と俊おじさんは、海の家から砂浜に出た。
白い砂は焼けていて、青い空からは紫外線がバリバリと降り注ぎ、海は白い波を立てて、数十メートル先の波打ち際で波がサラサラと音を立てていた。
「暑いわねー」
そう言ってサングラスを掛けた恵梨佳の水着は、黒のシンプルなビキニ。彼女はスタイル抜群だから何を着ても似合う。特にバストのボリュームが凄いから、こんな水着でもカッコよく着こなしちゃうのだ。その上から、白のレースニットワンピースを着て、透けた黒のビキニが女のあたしが見ても何ともセクシーに見える。
「海だ、海!」
はしゃいで出てきた茉美の水着は、ピンクとブラウンのツーカラーでオプションショルダーのワンピースで、胸の部分にラッフルが沢山付いていてちょっと胸のない茉美には程よくいい感じだ。その上からスカイブルーのタオルフードジャンパーを羽織っている。ここが茉美の限界かな。
あたしは、フリルが付いたチューブトップのアクアグリーンのツーピースビキニ。それにライトブルートーンでホルターネックラインのプリントロングワンピースを羽織っている。ポリエステルの薄地なのでちょっとビキニが透けているのが恥ずかしいけど、ちょっと大胆になってみた。
目のやり場に困った俊おじさんは、ビーチパラソルを三本も借りて、砂の上に突っ立てた。
「日焼けがヤバイお嬢様たちばかりだからな。一人に一つ、パラソルを使いなさい」
わーいと騒ぎながら、あたし達三人は、それぞれのパラゾルを陣取りシートを敷いて自分の城を築き始めた。あたしは、ビーチパラソルの半分だけを使って、俊おじさんに声を掛けた。
「おじさん、あたしの所の半分を使っていいわよ」
おじさんは遠慮がちに、あたしのビーチパラソルの半分に荷物を置いた。
「さぁ、泳ぎに行くぞー」
俊おじさんは元気良く右手を挙げた。茉美がそれに答えて右手を元気良く挙げて、あたしと恵梨佳は緩く右手を挙げた。
四人は熱い砂浜を走って通り抜け、波打ち際に辿り着いた。
「お、ちょっと冷たい」
最初に水の中に入った茉美が足で水の温度を確かめた。だが、茉美と恵梨佳はそのままジャブジャブと海の中に入り、腰まで浸かった。そして、あたしと俊おじさんに向かって水を撥ね掛けた。
「きゃ、冷たい」
あたしは思わず声を出した。そして私も負けじと海の中に入り、茉美と恵梨佳にバシャバシャと水を引っ掛けたのだった。
三人が頭までびしょぬれになった頃、俊おじさんは少し沖の方で悠々と泳いでいた。麦わら帽子を被ったままで。
「おじさーん。何か変よ、その格好」
あたしはそう奇声を出したが、俊おじさんはそれでも悠々と泳いでいた。茉美は俊おじさんの方へ泳いで行ったが、あたしと恵梨佳はほとんど泳げないので、波打ち際でチャプチャプとやっているのが精一杯だった。
俊おじさんと茉美は、競争しながら更に沖の方へ向かって泳いで行った。そこで立ち泳ぎしながら、更に沖合いの波消しブロックまで泳ぎ着き、波消しブロックの上で仲良く日向ぼっこをする様子が、遠くから見えたのだった。
「浮き輪が欲しいわね」
「ホントね」
あたしと恵梨佳は、ちょっと不機嫌な顔を見合わせたのだった。
お昼ご飯は、海の家で四人ともカレーライスを食べた。それも普通の辛さがあるのにもかかわらず、四人とも激辛のカレーを頼んで、ヒーハー言いながら食べたのだった。
「やっぱり、これくらい辛くないと駄目ね、カレーは」
「うん、その通りね」
あたしと茉美は顔を真っ赤にしながらカレーを頬張った。
「やっぱり、これは辛過ぎるよ」
「辛くて食べらんない」
俊おじさんと恵梨佳は音を上げていた。
「なんでこんな辛いカレーを頼んだのかしら、あたし」
「おじさんもだよ」
俊おじさんと恵梨佳は泣きそうな顔でお互いに見合っていた。
「カキ氷で口の中を冷やすかい?」
俊おじさんの提案に、恵梨佳は大きくうなずいた。
次の瞬間、俊おじさんは右手を高く上げて大声を出した。
「おねぇさん、イチゴのカキ氷!」
俊おじさんは次のオーダーをしていたのだった。
「あたし、ブルーハワイ」
「私、レモン」
「えーと、えーっと。私はメロン」
あたしと茉美と恵梨佳も負けずに注文した。
「あいよー、カキ氷、全四種類それぞれ一つずつだねー」
海の家のおばちゃんは、景気のいい大きな声で大雑把に注文の復唱をしたのだった。
辛いカレーの後に食べたカキ氷は格別の味がした。
日が傾いてほんの少し涼しくなった頃に、あたし達は海の家での着替えを終わって、俊おじさんの黒のワゴン車に乗り込もうとしていた。
「忘れ物は無いかい? 大丈夫かい?」
俊おじさんの質問に、あたしと茉美と恵梨佳は大きくうなずいた。
「大丈夫のようだね。さぁ、乗って」
往路と同じように、あたしは助手席で茉美と恵梨佳は後部座席に座った。
しばらく走ってから、俊おじさんがルームミラーを覗き込んで言った。
「おや? 後ろのお二人さんはノックダウンだ」
出発して十分も経たないうちに後部座席の二人はスヤスヤと眠ってしまったようだった。あたしが後部座席を振り返ると、お互いを支えとして寄り掛かり、お互いの日焼けした鼻が今にもくっ付きそうだった。
「あの二人はずい分、おじさんと仲良くしてもらったから、疲れたのかしらね?」
あたしは、俊おじさんに対して少し嫌味を言った。
「そんなことないよ。遼子ちゃんも同じつもりだったけどな」
俊おじさんの言葉に、あたしは窓の外を見ながら気のない返事をした。
「ふーん、そーなの」
俊おじさんは、ちょっとマジに聞き返してきた。
「それって嫉妬? それともイジメ?」
あたしは、俊おじさんの毒のある言葉に反応してしまった。
「それ、どういう意味よ! あたし、いじめてなんかいないわよ!」
俊おじさんは、ちょっとはにかんだ。
「嫉妬なら、おじさんは嬉しいな」
あたしは、見透かされた思いがして悔しかった。だから、あたしは正直にズバズバと言った。
「えぇ、そうよ。嫉妬よ。あたしだけのおじさんでいて欲しいの。あたしだけを見て欲しいのよ。それは駄目なのかしら?」
俊おじさんは黙ってしまった。それでもあたしは言葉を続けた。
「だって、あたし、おじさんのことが好きなんだもん。それだけじゃ駄目なの?」
あたしの目から、大粒の涙がこぼれていた。
しばらく沈黙が続いた。
あたしは、鼻をすすりながら窓の外を見ていた。
「分かったよ」
俊おじさんは、正面を見て運転しながらボゾリと呟いた。
「おじさんはどうすればいい?」
俊おじさんは、あたしに静かにそう尋ねた。
あたしは、今想っていることを言葉にした。
「おじさんと一緒に居たいの。少しでも長く」
あたしの答えにしばらく考え込んだ俊おじさんは、一瞬あたしの方を見てから優しく訊いた。
「今度は、おじさんと遼子ちゃんと二人っきりで海に行こう。それで駄目かな?」
あたしは、おじさんに思いをぶちまけた。
「いいけど、今日みたいなのは嫌。他に誰も居ないような感じで、おじさんと二人っきりがいい」
あたしの言葉に、俊おじさんはまたしばらく考え込んだ。そして、ゆっくりと言った。
「人里離れた、海に近い別荘があるんだけど、そこへ行くかい?」
あたしは、即答でうなずいた。
「ただ、ちょっと遠いから日帰りって訳にはいかないんだ。それでもいいかい?」
あたしは、俊おじさんが言い終わると同時にうなずいていた。
「いいわよ。あたし、何とかする」
あたしは、何の恐れもなく想うままに言葉を発していた。
そして、運転する俊おじさんの腕にしがみついていたのだった。