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6.僕っ子と巨乳様予備軍

 秋の宮の三階の一室が私たち四人がこの一年暮らす部屋。入ってすぐは前室というか応接室といった部屋で、その隣に寝台のよっつ並んだ寝室がある。その奥に衣装や小物といった細々したものを置いておく部屋があるだけの、簡素なもの。

 私の屋敷での部屋なら更にいくつも部屋が連なっているところなんだけど、ここはそれだけ。水周りが「私」の世界ほど発展していないここでは、すべてが共同。お風呂は食堂と共にみっつの宮共同のものが、指導官方が暮らす建物にあるだけ。お湯が必要な場合も、給湯室まで自分で取りに行かなくてはいけないそう。

 これらにはさすがのカチュネも驚いていた。あたくしの住んでいた城も古かったけど、ここまで酷くはなかったわ。って。

「宮が古いのは否定しないわ、わたくしも去年はそう思ったものだもの。

 でもね、共同で使うということにはそれなりの意味があってのことなのよ。だからそのまま。それ以外はきちんと修繕されて綺麗なのよ」

「それは認めますわ。家具もみな、一流の職人が作って大切に使われてきたものばかりみたいですもの」

 長椅子に腰掛け部屋を見回したカチュネは、照れたような調子で小さく答えた。そんなカチュネにサルビナ様は微笑まれる。

 きっと、カチュネみたいな反応は珍しいことじゃないのだろう。場合によっては怒鳴ったりする人もいるんじゃないかとも思う。むしろ何も言わない私やシェシィ、ウェンディアみたいなほうが珍しいんじゃないかしら。

「今回は特別にわたくしがお茶の準備をして来ますわ。

 戻るまで、友好を深めていてね」

 サルビナ様は艶やか一歩手前の笑顔で微笑まれて、それから部屋から出て行った。

 絶対にサルビナ様はいい女になるわ、笑顔ひとつで男性を落とすような。……やっぱり誰かと似てる気がするのよねぇ。

「挨拶がまだでしたよね。

 わたくしはシェシミィルア、どうぞシェシィと呼んでくださいませ」

 私が考えているのに気付いていないのか、シェシィは一人掛けの椅子に座ったウェンディアに声をかけた。

 ウェンディアは紫色の瞳で値踏みするようにシェシィを見た後、濃紺といった色合いの髪を掻き回しす。

「僕はウェンディア。ウェニでもディでも好きなように呼んでくれて構わない。

 だけどひとつだけ断っておくよ、僕の家は武門なんだ。だから君たちみたいにお綺麗な人形みたいするつもりはない。

 だからあまり係わらないで欲しい」

 突き放すようなそんな物言いにシェシィは驚いたように目を見開いたけど、直ぐに笑顔に戻る。その笑顔は満面のそれ。

「では、ウェニと呼ばせていただきますね。

 出来ればそう邪険に扱わないでくださいな、わたくしたちは貴女が武門の出だからとどうこう言うつもりもありませんから」

 ね? そう問われ、私もカチュネもそれぞれ頷く。

「そうですわ。あたくしの婚約者候補のひとりも、あたくしの家を守るという立場からみれば武門と大差ありませんもの。彼の妹は嗜み程度ではありますけど、剣の訓練をしておりますわ。そのことに彼女は誇りを持ってますわ。

 女が剣を握ることがはしたないことだなどと考えるほうが愚かなのです」

「兄様が言っていたのだけど、近衛騎士にはお妃様や姫様を守るために女性の騎士もいるのでしょう?

 だったら誇っていいことだと思うわ」

 先に言ったのはカチュネ。話に出てきた婚約者候補の家はそれなりに武術に重きを置いてるみたい、そうでなければ普通娘まで剣術を習ったりしないもの。

 兄様方の休みが偶然揃ったことがあったのよね。庭で剣術の鍛錬をしていた兄様方がとても楽しそうで、それに混ざろうとしたら屋敷中のみんなから怒られたことがあるのよ。怪我でもしたらどうするんだって。兄様方や姉様、父様や母様で済まずに、家令や侍女のみんな、従僕や下女に至るまで。

 あの時はほんと、辟易したわ。

 その結果、乳兄弟になるはずだった男の子を護衛につけられたし。

「君たちっては随分変わってるんだね」

 ウェンディアは……ウェニはおかしそうに笑うと、その紫の瞳でカチュネと私を見る。

「名前を聞いてもいいかな」

「そうでしたわね。失礼しました、ウェニ。

 あたくしはカチュネ。それからこっちが……」

「ミルミラよ。

 よろしくね、ウェニ」

 紫の瞳はどこか楽しそうにきらめく。

 もしかしたら、武門だからって嫌な顔されるって考えていたのかも。貴族の男の人が剣術を習うのは義務だけど、女の人が剣術を習うのははしたないって考える家は多いみたいだから。

「あら、仲よくなったみたいね」

 互いに自己紹介を終えた後とりとめの無い会話を交わしていると、サルビナ様がお茶の道具を一式持って部屋に入ってきて私たちを見止めて微笑まれた。

「良かったわ、仲が悪いからという理由では部屋を変われないから。

 それにこの一年を過ごす、大切な同士なのだもの」

「同士、ですの?」

 貴族舎には相応しくない、少し物騒な単語に真っ先に聞き返したのはやっぱりカチュネ。そんなカチュネにサルビナ様は柔らかに微笑まれて、頬に手を当てて僅かに首を傾げられた。

「何をするのにも、この部屋の仲間が最小の仲間ということになるの。

 寮ごとで競いあう話は聞いたかと思うけれど、寮の中でも競いあうこともあるの。その時は個人でということは少なくて、部屋ごとということになるのよ」

「それは確かに同士ですわね」

「どんなことを競うことになるの?」

「そぉねぇ……」

 次いで返された質問にサルビナ様は今度はお茶を淹れながら思案された。



「話を聞いたときから覚悟はしてたつもりですけど、まさかこんなに早いとは思いませんでしたわ」

 少し疲れたように呟いて、カチュネはサルビナ様が淹れてくださったお茶を飲んだ。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。

 最初だもの、そんなに大変なことになることはないわ」

「それでも、不安になりますわ」

「僕も何をさせられるか心配だよ」

 安心させるようにサルビナ様は言われたけども、シェシィもウェニも、カチュネと同じ意見みたい。口には出さないけど、それは私も同じ。

「では特別に、わたくしの時は何をしたのか話してあげますわね。

 わたくしの時は、色とりどりの様々な飾り紐を用意されていかに自分らしく華やかに首元を彩るか、というものでしたのよ」

 サルビナ様は声をひそめ、口元にひとさし指をあて小声で言った。

「それってつまり……」

「あなた方だけでなく、入学する人はほとんどがきちんと制服を着てきますから。

 例外は数えるくらいですわ」

 その例外が誰かがむしろ気になったのだけど、それは聞かない方が身の為かしら。姉様だったりしたら、立ち直れそうにないもの。

「それは常識外れという意味ですの?」

「ほとんどはそうね、立派な宝石を身に付けて来て怒られるの。

 ああ、でも……オーヴィク家のルチアヤ様はスルジア様が褒められたと聞いているわ。飾り紐で華やかに結い上げられた髪も、繊細な刺繍の入った幅広の布をいくつも合わせた独特な結わえ方をした首元の飾り紐も。

 貴族舎の子女という束縛された中で、とても美しく着こなしておられたという話よ」

「まぁ、素敵ですわね」

 それって、まさか……。

「すごいとは僕も思うけどさ、オーヴィク家だと母親から聞いてたってことはないの?」

「ええ、当然そういう疑惑を向けられましたわ。

 けれどルチアヤ様はその場で髪も首元の飾り紐もほどいてしまわれましたの。そこで濃い色の髪の方を捕まえて、見事に結わえてしまったのですわ。

 己に似合うものを知ってはいても、その場で初めて合う者に似合うようにするのは容易なことではありませんから。それでその場の疑いは晴れたのですわ」

「それは見事ですわ。

 さすがは皇太子様の妃候補にと名があがった方ですわね」

 自慢気に語るサルビナ様と、それに見事とうなずくカチュネ。シェシィもウェニも、同意するように頷いてる。

 だけどね、その裏側を知ってる私としてはそうもいかないの。

 その時の髪と首元の飾り紐も結わえ方を考えたのは私で、姉様が見事に結わえたそれはきっと、私にと姉様が一所懸命練習されたもの。どちらかといえば不器用な姉様だけど、私を可愛くするのだと一所懸命だったから。濃い髪の色の方を選んだのはきっと、私に似ていたからだと思うし。

 姉様、他にも武勇伝が出てきたりするんですか?

「この一年はそう難しいことを考えず、色々なことを学ばれるといいですわ。

 ルチアヤ様のように、最初から完璧に出来るわけがないのですもの」

 姉様が完璧だとは到底思えないのだけど、ほっとしたように頷いたみんなに合わせて私も頷いておく。

 確かに素敵な姉様なのだけど、それを差し引いてもお釣りがくるくらい不器用で抜けてるんだもの。刺繍は見れたものじゃないし、歌は上手なのに思いつきで歌う時はとんでもない歌詞だったり。

 今朝挨拶して出てきたばっかりだってのに、もう姉様に会いたくて仕方ない。

 嗚呼、姉様。ミルミラは姉様のその乳が恋しゅうございます。

「ミルミラ、貴女どうかなさいましたの?」

 目に涙が浮びそうになったのを我慢して、声をかけてくれたカチュネになんでもないと首を横に振る。

「ちょっと姉様を思い出しただけ。暫く会えないのだと思ったら、つい」

 気持ちを落ち着けるために姉様からもらった飾り紐に手をやる。

「ルチアヤ様の話をしていて自分の姉を思い出すなんて、貴女の姉は相当素晴らしい方ですのね」

 ちょっと皮肉の混じったカチュネの言葉に、事実だから素直に頷く。というか、私の姉様がそのルチアヤなのだけど。

「姉様は素敵な方なのよ、紹介できないのが残念なくらい。

 黄金色の髪も鮮やかな青をした瞳も、ルチアヤ様のその噂以上だと私は思うもの」

 短い間だけど姉様の噂はたくさん聞いたわ。でもその噂以上に実際の姉様は素敵なの。

 姉様の立派な乳とその柔らかさを思い出して、私はそっと微笑む。

「……貴女がそこまで言うならそうなのでしょうね。

 あたくしてっきり、貴女には兄弟が居ないものと思っていましたわ。なのに姉がいるというし、兄もいるのでしたわね」

 どうしてカチュネがそんな思い違いをしたのか理由がわからなかったけれど、すぐに思い当たる点があって……その誤解を解くべきか悩んでしまう。きっと、私が両親りょうおやに似ていないと言ったのを外に作った子が引き取られたのかと勘違いしたのよね。

 そういった場合、子が他にいない場合が多いと聞いたわ。女児だから爵位を継げないってことはないから、本妻に子がいれば妾の子を引き取るってことはないそうだから。

「その内、カチュネに話してあげるわ。

 姉様も兄様も、とっても素敵な方なの。きっと知ったら驚くわ」

 ルチアヤ姉様とも、アジット兄様やトルーヤ兄様とも、私が似てないことにきっと。話せるのは何もなければ……三年後。

「わたくしもミルミラがそこまで言う兄姉がどのような方か気になりますわ」

「僕も武門の女性に偏見を持たないミルミラのお兄さんは気になるな」

 自分たちにも教えなさいとでも言う風に言ったシェシィとウェニに、当然とでもいうように私は頷いた。

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