5.巨乳様その2と乳なし眼鏡っ娘
大広間に案内された私たちは、同じく今日から貴族舎で暮らすという人たちと刻限が来るのを待っていた。その間ユジィ様の話を聞いてオーヴィク家の次女に興味が沸いたらしいカチュネとシェシィは、金の髪と青か緑の瞳の人を見ては、彼女がそうじゃないかと小声で話していた。
探しているその人が私です、とはとぉっても言えそうにない雰囲気。だってふたり以外にも同じように囁きあってる人たちが結構いるんだもの。
姉様、本当に、何をやらかしてくださったんです!
「待たせてしまいましたわねぇ。
あたくしが皆さんの生活指導を担当することになった、スルジアですわぁ」
入ってくるなりざわめきを静めた金茶の髪を結い上げたその女性は、私たちを見回すとそう艶やかに微笑みながら言った。胸元の大きく開いたその夜会服からは豊かな胸がこぼれ落ちそうなほど露出してる。
あの巨乳様並みの、素晴らしい巨乳だわ!
でもなんで夜会服なのかしら? 場違いにも程がある……ってくらい違和感があるわ。
「皆さん、嘆かわしいですわ」
巨乳様その二……もとい、スルジア様は私たちを見回した後、いきなり床に泣き崩れた。
「確かにあたくし共から制服を着てくるようにぃ、皆さんに指示を出しはしましたわぁ。
ですけどぉ、なぜ皆さんはそのままで着て来てしまったのですの? 品がないほど崩してしまうのは論外ですけれどぉ、首元の飾り紐の結び方を工夫なさるとかぁ、髪を特別な結い方をするとかぁ、個性というものを出してくださらないとぉ」
豊かな乳をぽゆんぽゆんと揺らしながらさめざめと泣く振りをするスルジア様。
普通、生活指導というのは規則の中から外れないように指導するものじゃないのかしら? 他の人たちも、どう反応したらいいのか分からないようで親しくなった人と顔を見合わせたりしている。
「皆さんはここをどこだと思っていらっしゃるのぉ? 今を時めく方々のぉ、娘さん方が立派な淑女となるべく共同生活をする場所よぉ。
同じであるようにぃ、輪を乱さないようにぃ、相手の顔色を見ながら生活しましょぉ?
なんて場所じゃなくってよぉ」
スルジア様は胸の間から綺麗な手巾を取り出して、目元を拭う。
なるほど、その規則の幅が私が考えるより広いのね。その上、普段の格好をどのようにその範囲内で個性的に着こなすか、それも淑女の嗜みと言うわけか。
「当然、禁止事項はわかっているわよねぇ?」
私たちの顔をスルジア様は見回されて、頷いたのを確認してからひょいと片手をあげた。
「あたくしから言うのはこれだけ。
貴金属の類はこちらで貸し出しするものだけでぇ、それ以外を持ち込んだ場合は没収ぅ。制服に手を入れる場合は下絵を提出して許可を取ってからぁ、自分でするか指定の服飾店に依頼することぉ。髪は皆さんはまだ大人じゃないのだからぁ、必ずひと房は垂らすことぉ。
まぁ、よっぽど度を過ぎた格好でなければ問題ないわぁ」
言ってる当人が度が過ぎた格好をしてると思うのだけど。母様や姉様が着る夜会服はもっと品があったもの。
それに、日中から夜会服を着るなんて非常識だわ。
「あたくしからはそんなところねぇ。
普段の生活については総寮長の言うことを守ってくれれば言うことなしよぉ」
「では、後を引き継がせてもらいます」
スルジア様に集中していたから気付かなかったけれど、気が付けばそこにきっちりと制服を着込んだ人が立っていた。雰囲気はアルマ様のようにきっちりしていて、銀縁の眼鏡がそれを更に強く印象付けてる。
「私が総寮長をしているコーニアです。貴女方がどのような家の出であるか、それに私は興味はありません。
よろしいですか、ここでの規律すら守れない者が王宮での規律を守れるはずもなく、婚家から追い出されるのも必須です。守れない者には相応の懲罰がありますので、覚悟しておきなさい」
淡々と話すコーニア様の口調に、リメア様のような柔らかさはなかった。それに乳も!
リメア様も口調は淡々としたものだったけど、でも、たおやかさというものがあったわ。育ちの良さを感じさせる何かっていうか。それに乳も!!
悲しい、悲しいですわ。姉様。
「では寮での決まりを説明しましょう。
まず――」
コーニア様の乳のなさに嘆いていたけれど、もちろん決まりは聞いていたわ。
私のことでリメア様やユジィ様を嘆かせることはしたくないし、なにより母様や姉様には立派な淑女になると約束したのだもの。決してお風呂に一緒に入れる機会を聞き逃して堪るかって思っていたわけじゃ……ないわ。ええ。
寮の決まりは簡単に纏めると……。
食事は専任の方が作ってくれるのだけど、時間が決まっていること。消灯時間が決まっていること。入浴は基本大浴場で一緒に入るのだけど、三年目の方から順で私たちは後になること。寮の細々としたことをする下女はいるのだけどその数はとても少なくて、掃除は共有の場所をするので手一杯。だから部屋のことは自分ですること。後は、洗い物はまた別に下女の方がいらっしゃるので私たちがする必要がないこと。
大きなものはこのくらいかしら。
蝶よ花よと育てられた方々には侍女のいない生活なんてあり得ないことだったみたいだけど、うちは貴族にしては質素だから問題ない。お風呂だって大丈夫だし、ひとりで着替えも出来るし髪も結える。
もっとも、「私」の記憶と知識があるからそうでなくても平気だったと思うけれど。
「では、貴女方がこの一年過ごす部屋に案内しましょう。
部屋は四人でひと部屋、二年目の方がひと部屋ずつ指導に付きますのでその方に従ってください。
まずは春の宮から」
寮は全部でみっつ。春の宮と、夏の宮と、秋の宮。オフェニア神の娘である四季を司る乙女たちが名前の由来だと思われるそれぞれの寮に、私たちは振り分けられる。
この寮ごとに競い合うことになると思うと、リメア様やユジィ様と一緒だといいなと思う。あと、イーフェティティニア様たちが違う寮だといいなとも。
もし私がオーヴィクの娘だって、姉様の妹だって知られた場合……その方がよさそうだし。
「では、最後。秋の宮」
当然なのだけど部屋の中で待っている人たちは最初の三分の一に減っていて、その中にはシェシィやカチュネもいた。同じ寮だったことにまずほっとして、次は誰が同じ部屋になるのかを……名前が呼ばれるのを待つ。
名前を呼ばれ、二年目のひとに挨拶していくひとを見ては……あの乳は私のものにならないのねとため息を漏らす。特に今の方、リメア様ほどじゃないけど、素敵な乳をされていたの!
残念だわ。
「次。ウェンディア、カチュネ、シェシミィルア、ミルミラ」
名前を呼ばれ、それから三人一緒だったことに気付いて顔を見合わせる。
やっぱり運命だわ。シェシィの成長途中のこの胸は、「私」が見た心友のように育てなさいということでもあるのね。そうじゃなかったとしても、巨乳様にそういうことにさせるわ!!
「何をしているのです。早くなさい」
コーニア様の不機嫌そうな声に慌てて戸口に向かうと、そこには既に小柄なひとが二年目のひとと待っていた。
「待たせてしまったわね、ごめんなさい」
代表するようにカチュネが謝罪すると、二年目のひとは榛色の瞳を瞬かせた後「そんなに待っていないから大丈夫よ」と柔らかく微笑んだ。
その笑顔にどこか見覚えがある気がして私は首を捻ったけれど、それが誰なのか思い出せそうにない。柔らかそうな金茶の髪も、その榛色の瞳も、この国では珍しいものじゃないから検討もつかないわ。将来大きく立派になるだろうその乳にも。
この国、思った以上に立派な乳の持ち主が多いんだもの。屋敷で働いてくれていた侍女さんの皆さんは当然、下働きの下女さんたちも衣服を作りに来てくれたお針子の方たちも。「私」の基準で言うなら〝ぐらびああいどる〟級? 美乳〝えふかっぷ〟美人?がひと山いくらで店先に並んでる。そんな感じなんだもの。お屋敷で働いている方々は特に別格だったけれど。
嬉しくて嬉しくて、幼い頃は公然と抱きついたりしたものだわ。うふふ、楽しかったわ。
「わたくしはサルビナ。ここでの生活に慣れるまで貴女方の指導につきますから、わからないことがありましたら何でも聞いてくださいな」
まずは部屋に案内しますね。
続いてそう言ったサルビナ様について、私たちは秋の宮に向かって歩き出した。