4.巨乳様VS貧乳
カチュネの婚約者殿の話はまた今度聞かせておくれ。ユジィ様はそう断ってから、この貴族舎について説明を始められた。
まずは、私たちはここでは家の庇護のないひとりの少女として過ごすこと。これは有名だから私もカチュネも知っていて、確認をとっただけ。
次がここの造りを誰にも話してはいけないということ。それには私たちの身の安全を守るためという理由が主だそう。隠された理由としてカチュネがアルマ様に怒られた理由があるのだと思うけれど、それをユジィ様は言われたりなされなかった。
それから生活に関することや細々とした決まりごとを話されたあと、
「寮ごとに競う、ですか?」
「なんですのそれは?」
言われた内容が理解出来なくて思わず、私とカチュネは揃って聞きかえしてしまった。
立派な淑女になるための授業を受けにきたのであって、誰かと競うために来たのではなかったつもりなのだけど。
「あまり深く考える必要はないよ。
ただだらだら授業を繰り返しても効率が落ちる、だったらその成果で優劣を決めてしまおうじゃないか。それなら自然と授業に身がはいるだろう。とね、以前の指導官長が発案されたんだ。
勝った方には些細なご褒美があるけど、その程度さ」
納得は出来なかったけれど、理解は出来たわ。「私」の知識でも、全寮制の学校ではそういうのがある、ってのが一般的みたいだもの。不思議な力の出てくる物語の話だけれど、それは共通の認識みたいだし。
あまりどろどろしたものじゃないといいのだけど。
嫌な予感にそんなことを思った私たちの前に、いかにもといった雰囲気の人が立ちはだかった。取り巻きを従えて、文字通り。
「相も変わらず生意気ですこと! 前回、前々回と勝っているからといって、ふざけた物言いですわ!」
元は私たちと同じ服であっただろう華美な装飾のされたそれを着たその人は、黄金色の髪を大人の女性のがするようなひと房も垂らさない形に結わえ、鋭く青の瞳で睨んできた。
外見だけならカチュネに似てるのだけど、雰囲気はまったく似ていない。高慢ちきを絵に描いたような貴族のお嬢様。
「イーフェティティニア、私は事実を言っているだけだと思うんだけどね」
「それが生意気だと言うのですわ!
些細な褒美などと、殿方の貴族舎との晩餐会に出席できる機会までけなして! かの夜会で見染められた者は少なくありませんのよ。
オーヴィク家のルチアヤなど、あのカルッソ家の息子にその席で見染められたというではありませんか!」
「いや、だから……」
一方的にまくし立てていると表すのが正しいような、そんな様子でその人――イーフェティティニア様は言う。
ユジィ様が言葉を返すことが出来ないのはわかる気がするわ。
あんな作り物の胸、私の好みじゃないもの。それに姉様にこんな物言いをするような人の胸、育てたいなんて思えそうにないわ。
「イーフェティティニア、そのよく動く口を閉じなさい」
冷ややかな威圧感すら覚えるような声が聞こえて、私は開きかけた口を閉じた。
「リメア」
ほっとしたような、困ったような、そんなユジィ様の声。振り返ってそこにリメア様の姿を見つけて、その声がリメア様のものだったのかとやっと気付いた。
「わたくしに何か用ですの、リメア」
靴を鳴らして、私たちとイーフェティティニア様との間に入ったリメア様は、「用が無ければ貴女に声をかけようと思いません」とやっぱり冷ややかに言い捨てた。
リメア様、この人と仲が悪いのかしら?
「またあの、伯爵家の出戻りが何か言いましたのね! 全く忌々しい!」
「アルマ様は出戻りなどではないと、幾度言わせれば気が済むのです。その空っぽの頭でも覚えることは出来るでしょう」
「誰の頭が空っぽですって!」
淡々と、辛辣な言葉をリメア様はその美しい顔を少しも歪めることなく言ってのける。
嘆くようにユジィ様は額に手をあてて宙を仰がれたことから、これはいつものことなのだと悟る。
嗚呼、でも、やっぱりリメア様は素敵。
こういう方のほうが胸の感度が良かったりするのよね、やっぱり一緒にお風呂に入りたいわ。
うっとりと、しゃんと背筋を伸ばして胸を張って言うリメア様を見つめる。
「空っぽでないと言うなら、どうやれば新入生を案内するという重要な役目を忘れたり出来るのかが不思議ですね。
ノルミカ、サシャナ、貴女方もです。その顔ではイーフェティティニアが忘れた振りをしているのに気付いていたようですね。イーフェティティニアの顔色を窺って過ごすのも結構ですが、そのために周囲が迷惑を被るようでしたら黙認も出来ません。
総代として、貴女方にはここで学ぶ資格がないのではと指導官会議に上げねばなりません」
息をつく間もないような、そんな勢いでリメア様は言われた。最後のひと言に取り巻きの方々は青褪めた顔をしてイーフェティティニア様を見つめて、イーフェティティニア様は怒りに唇を震わせた。
貴族舎に通う子女の代表である総代。成績上位者から選ばれるその役目には、指導官に順ずる力があるのだそう。そのひとつに、指導官とは違う立場から私たちを見定めるというのがある。そして余りにも酷い場合、指導官に告げるのだそう。今のリメア様のように。
「わたくしをメドルア侯爵家の娘と、ノルミカとサシャナをわたくしに縁近い者と分かって言っておりますの!」
「それが何か? ここは貴族舎、ここでの生活に家は関係ありません。
もっとも、貴女が家を引き合いに出すのであればこちらもそうせねばなりません。メドルア卿は随分羽振りがよろしいと聞いています、領地から通常より多い税を取り立てているという噂もありますね」
自分の家を名乗ったことにも驚いたけれど、出てきた家名に思わず見張ってしまった。当主であるメドルア卿は、姉様の嫁ぎ先であるカルッソ侯爵家の当主と並んで次期筆頭大臣と噂される人。ただ、リメア様が言われたようにあまり良くない噂がついて回ってるのも事実。
でも、これでわかったわ。この人、姉様が嫌いっていうよりもカルッソ侯爵家に嫁ぐ姉様が嫌いなんじゃないかしら。カルッソ卿とメドルア卿の仲が悪いのは有名だもの。
「イーフェティティニア、貴女の今身に付けている宝石は随分立派ですね。本来なら規則違反として没収されるべきものです」
張り合えるだけの名家の出なのだろうリメア様は、すっと目を細め、その偽物の胸で揺れる大粒の青玉に視線を止めて告げる。
「わかりましたわ!
ノルミカ、サシャナ! この首飾りを外しなさい!!」
その視線に耐えられなくなったのか、大きな声をあげて取り巻きに命じる。それからリメア様をきっと睨みつけ、
「今回はわたくしが引いて差し上げますわ!」
まるで自分が譲歩したのかのように声高に言って歩き出した。
すれ違う際にリメア様を睨みつけていくのはさすがといった感じ。素晴らしい棄て台詞っぷりにちょっと感心しちゃう。
「なんて高慢なのかしら!
民の、貴族の上に立つ立場である侯爵家の娘があの様だなんて! 信じられないわ!」
「まったくです」
だけどカチュネとシェシィはそれどころではないみたい。
気持ちは分かるわ。
私もリメア様がここまで見事に叩きのめしてくれなかったら、同じような反応をしてたはずだもの。ううん、姉様のこともあるからもっとかも。
「今回はいつも以上にやったな、リメア。
でも大丈夫なのかい?」
「問題ありません、事実を述べただけですから。
この件で何か言うというなら、それは己の愚かさを認めることでもあります。何も言うことはないでしょう」
「相変わらず辛辣だねぇ、リメアは。さすがは皇太子妃の最有力候補だ」
苦笑まじりだけどどこか誇らしそうに言われたユジィ様の言葉に、一斉に視線がふたりに集まる。
リメア様は今年で三年目。貴族舎を出られてから公表なさるというなら、そろそろという噂も頷けるわ。それに、リメア様なら噂で聞く皇太子殿下に並んでも遜色がないと思う。
皇太子殿下は母君様の特徴を強く受け継いで淡い色の髪を持ち合わせていると、兄様から聞いた。ならリメア様が並べば幻想的でとても美しい光景なはず。
「戯言を。そんなもの、ルチアヤ様が婚約されて有力候補から退いたから出た噂に過ぎないとわかっているでしょう。
これ以上うちが皇家に近くなることを望まない者も多い、だからあり得ません」
仕事が残ってますので、ここで失礼します。
リメア様はきっぱりと否定して、くるりと踵を返して来た廊下を歩いていかれた。
素敵だわ、リメア様。姉様が皇太子殿下の妃候補として名前が上がっていたのにもびっくりしたけれど、カチュネといい、こうもきっぱり否定出来る人も珍しいと思うわ。
「ユジィ様、あたくしの記憶違いでなければ現在皇太子妃の最有力候補として名があがっているのはカルッソ侯爵家の……」
「そうだね、それで間違いないよ。
皇太子殿下にも受け継がれてるあの色彩は有名だからね、自身で言うまでもなく知れ渡ってる。まぁ、本人は家を理由に優遇されるのは嫌だと言ってるけどね」
じゃあ、リメア様はカルッソ侯爵家の……。
ん? ちょっと待って。
姉様のお相手、義兄様になる人はカルッソ卿の長子。じゃあ、リメア様って!
「ああ、そうだ。
リメアはさっき話題にあがったオーヴィク家のルチアヤ様を未来の姉君と崇拝していてね、君たちと同じ年の妹がいるという話なんだが、間違ってもいじめたりしないようにね。
ルチアヤ様が妹君を溺愛しているってのは有名な話だから」
もし故意にいじめてしまった場合、私では庇いたて出来そうにないから。
肩を竦めてユジィ様はそれは楽しそうに言われた。
姉様、私を好いてくださるのはとても嬉しいです。ですが、貴族舎で知れ渡るほどって……どういう言い方をされたんですか!
とてもじゃないですが、私、オーヴィクの娘と、姉様の妹と知られる自信はないです。