3.再会っ? 心の友!!
リメア様に手ずから淹れてもらった甘い香のお茶を、たゆんたゆんと揺れるリメア様の巨乳を眺めながら堪能していた時のこと。
「アルマ様、新入生を案内して来ましたよ」
女性の声としては少し低めな、だけどとても素敵な声がして、私は戸口に意識を向ける。
そこで私は、息が止まるんじゃないかってくらいびっくりした。心の中で巨乳様!と叫んじゃったくらいには!!
これも、巨乳様が私にくれた「お詫び」なのかしら。
「ようこそ、白百合の園へ。
わたしは指導官のアルマ、礼儀作法の担当するものです」
「シェシミィルアと申します、アルマ様」
立って出迎えたアルマ様に、中性的な美しさを持つその人に連れられて入って来た少女が言葉を返した。
抜けるような白い肌に、ぷっくりとした色付いた唇。濃茶の髪は一部が編みこまれているけど後は背中に流され背の中ほどでひとつに結われているだけ、それと同じ色の瞳は円らで長い睫毛に縁取られてる。成長したとしても失われないだろう独特な幼さは危うくて、もう成長始めた体躯は女性のもの。リメア様のように完成に近いものじゃないけど胸の膨らみはそれなりのものがある。
別に思わず美辞麗句を並べたくなっちゃった美少女っぷりに驚いたわけじゃない。驚いたのは、あの時「私」が巨乳様に見せられた心友となる少女に瓜二つだったから。
嗚呼、シェシミィルア。貴女の乳房はその肌と同じように白く、その頂きには唇のように色付いた蕾がついているのね。
私にじかに見せて、じかに揉ませてちょうだい。私の可愛い、シェシミィルア。
うふ、ふふふふふふふふふふ。
「……ょっと! ミルミラ!
貴女、なにをぶつぶつと呟いているの!?」
カチュネに揺す振られ、はっと我に返る。
「いいえ、なんでもないわ。ちょっと考えことをしていただけ」
取り繕うように笑って、気持ちを落ち着かせるように手を胸に当てて深呼吸。
きちんとした膨らみを持った私の胸。母様や姉様を見ていたから心配してはなかったけど、こうしてちゃんと膨らみ始めたときにはほっと安堵した私の胸。
大丈夫、私は「私」じゃない。私が「私」であったというそれが急に鮮やかに色付いて、思わず狼狽してしまっただけ。でも母様と姉様の巨乳を思い出してその巨乳に愛を捧げて感触を思い出せば……ほら、もういつもの私。いつものように笑えてる。
「なら良いのだけど」
釈然としない表情で私を見ていたカチュネだったけど、アルマ様に座って待っているように言われたシェシミィルアが近づいてくるのを見て口をつぐむ。
一歩手前で足を止めたシェシミィルアをカチュネは見上げ、それから綺麗な笑みを作る。
「あたくしはカチュネ。
貴女とはなにやら深い縁がありそうですわ」
自己紹介の後に続いたのはやっぱり意味深な言葉。
カチュネとシェシミィルアの間の縁がどんな深い縁なのか知らないけど、ひとり仲間外れにされたみたいで疎外感を覚えるわね。
「カチュネ様ですね、シェシミィルアと申します。
わたくしと貴女様の間の縁がよきものであることを、わたくしも望みますわ」
小さく首を傾げて、下衣を摘まんでシェシミィルアはカチュネに挨拶する。それがとても愛らしい。
「あたくしのことはカチュネと呼び捨てで構わなくてよ、シェシミィルア」
「ではわたくしのことはシェシィとお呼びください。シェシミィルアでは呼びにくいかと想いますから」
わかったわ。そうカチュネが頷いたのを確認して、シェシミィルアは私を見る。「私」の世界でもあり得ない色じゃない、濃茶の瞳。それに私が映る。その私は「私」じゃないけど、まるで「私」のような……。
頭がこんがらがって来たわ。最悪。
「お名前を、伺ってもよろしいですか?」
私を見つめたまま、シェシミィルアは小首を傾げた。
「ミルミラと申しますわ。
私のことも呼び捨てで構わないわ、……シェシィ」
僅かな躊躇いの後、砕けた調子で言って彼女のことを愛称で呼ぶ。その間が初めての相手の愛称を呼ぶことに躊躇したからだと思ってくれるといいなと、笑顔を作る。聡い人なら違うって気付くかも知れないけど……理由を言ったところで誰も信じてはくれないだろうと思う。
「よろしくお願いしますわ」
「ええ、お願いね」
花が綻ぶように微笑む……シェシィ。
それに私もつい、作りものじゃない笑顔が浮ぶ。
「なんだか、貴女あたくしの時と態度が違いませんこと。ミルミラ?」
笑顔の違いに気付いたらしいカチュネが面白くなさそうに言って、口を尖らせた。
「待たせましたね。こちらのユジェルトに貴女たちを大広間まで案内させます。
ユジェルト、道すがらシェシミィルアにした簡単な説明をカチュネとミルミラのふたりにするのを忘れないようにお願いしますね。
特にカチュネには念入りに」
「わかっていますよ、アルマ様」
話が終わったのか、アルマ様はその中性的な人を紹介してくれた。
ユジェルト様は制服を着ていなくて、男の人が着るような下衣の衣服を身に付けられていて――凛々しいこともあってまるで男装の騎士様みたい。
だけど私にはわかるわ! 動きの邪魔にならないように布を巻いていられるようだけど、立派な胸をお持ちだってことを!! あんな風に布でぎゅっとしたりしたら、乳には良くないってのに!
これは私が改善してあげなきゃだわ!
気を取り直して、虐げられているユジェルト様の乳を嘆く。嗚呼、なんということかしら。
「まずは自己紹介からかな。私はユジェルト、ユジィと呼んでくれ。
あそこにいるリメアとは同室でね、三年目……蕾の徒になる」
蕾の徒? 意味が理解出来ないのだけど?
それはカチュネも同じようで、疑問そうに頬に手をあてていた。
「誰が言い出したことか知らないけどね、貴族の娘たちが過ごす貴族舎に花の呼称をつけ総称して花園と呼ぶんだ。そして貴族舎を出た後に大輪の花となるよう、一年目を種子の徒、二年目を新芽の徒、それから三年目を蕾の徒と呼び始めた。
いまはそれが正式な呼び名となっている――と、いう訳なんだ」
私には理解出来ないことだけどね。ユジィ様はそう笑って肩を竦められた。
「まったくですわ。
あたくしが種子であるなど、納得の出来るものではございませんわ。こんなにも見事に咲き誇った大輪の花でありますのに」
同意するようにカチュネも面白くない表情を浮かべた。理由が全く違うのが分かるだけに、つい苦笑が浮ぶ。
余りにも気合の入ったカチュネにユジィ様が困惑してるのに気づいて、カチュネを静めるために口を開く。
「カチュネ、種子であるということはこれからもっと素敵になれるということじゃない?
違う?」
「……違いませんわ。むしろミルミラの言うとおりですわね。
あたくしはもっと美しく、華麗に! 華やかに咲き誇る大輪の花となることができるのですわ、それこそ皇太子妃にと乞われるほどの!」
機嫌を直したみたいだけど、皇太子妃とは……また大きく出たわね。カチュネ。
アジット兄様が仕えるこの国の皇太子様は御年十九歳。未だお相手が決まっていない皇太子様のお相手にと、十二歳の私たちが選ばれる可能性は無しじゃない。無しじゃないけど、近い内にお決めになるだろうと噂されているから、貴族舎で学んでいる最中の私たちは可能性は無いに等しい。
貴族舎を出て、やっと一人前と認められるのだもの。三年後じゃいくらなんでも遅すぎるわ。
「カチュネ、貴女はどうしてそう……」
「心行きの話ですわ、アルマ様」
話を聞いておられたアルマ様がため息混じりに言われると、カチュネは胸を張って言い返す。
「それに、あたくしの家は兄も弟も姉も妹もおりませんからあたくしが婿をもらって家を継ぐのですわ。例え乞われたところで、皇太子妃になるつもりなどありませんのよ。候補も決まってますわ」
無い胸をそんなに張らなくても……じゃなくて、カチュネはそこまで考えてるのね。凄いわ。それに相手も決まってるのね。
うちは兄様がふたりいるし、弟もふたりいる。だから婿をもらってなんて話にはならない。
それに父様と母様は恋愛結婚だから。アジット兄様にはそろそろと考えていたみたいだけど、姉様も恋愛結婚だし。
そうじゃないところは大変なのね。
「素敵ですわ、皇太子妃を断ってでも婚約者殿と家を守る道を選ぶ。物語のようです。
婚約者殿はどのような方なのです?」
「え? ええ。彼はあたくしの家の分家にあたる家の者で、男子がいないのであたくしと添い遂げ家を支えるべく育てられた内のひとりなのですわ」
「内のひとりということは、ほかにも候補の方がいらしたのですね」
「……まぁ、そうですわね」
意外にもカチュネの話に一番興味津々だったのは、シェシィ。目を輝かせてカチュネを促してる。
刺激の少ない貴族令嬢の皆様には、こういった恋物語は娯楽ってことなのかしら? 私としては乳が出てこない話はどうでも良いのだけれど。
「シェシミィルア、その話は落ち着いてからゆっくりと私室でしなさい。
ユジェルト、仕事の邪魔です。さっさと連れて行きなさい」
だけどアルマ様には、部屋の一角を占領したままかしましく話すカチュネとシェシィはさすがに邪魔だったみたい。
苦笑を浮かべたユジィ様に促され、挨拶をしてから私たちは連れ立って部屋を出る。追い出された……とは、思っては駄目よね。心の平穏のためにも。