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9.始めての授業とハジメテの××

 翌日。始めての授業はアルマ様のものだった。

 何が起こるのかと緊張した面持ちの新入生たちをアルマ様は少し目を細めて見回され、それからゆったりと口を開いた。

「昨日名乗りましたが、もう一度名乗りましょう。わたしの名はアルマ、この髪と瞳で家が想像つく者もいるでしょうが、ここでは貴女方同様にただのアルマです。

 家位や家の立場を理由に愚かな行動を取ることは己の立場を不安定なものとすることを再度頭に叩き込みなさい。わたしも家を理由に贔屓することなどありませんので」

 凛とした調子で言われたアルマ様に、私は心の中で感嘆のため息を漏らしていた。

 アルマ様、素敵だわ。胸は小さいけど。

 母様も姉様も、それから私の周りにいた素敵な女性は胸の大きな方が多かったけど、アルマ様のこういう姿を見てると、胸まわりが細身な意匠のものも作りたいって意欲が湧き上がるわ。

 スルジア様の衣服が認められたら、是非ともアルマ様のものもお願いしてみようかしら。

「ここで皆さんは立派な淑女となるために様々なことを学ぶことになります。卒業した後は大人とされ、人前に出る際に紗を被ることもなければ髪をひと房垂らさなければならないといった――社会的にも外見的にも大人として振舞うことを求められます。

 そして既に相手が決まっている者は卒業と同時に婚家に赴くことになるでしょう」

 この国の風習として、未成年の貴族の令嬢は薄い布を――紗を被ることを求められる。どうしてと聞いたところによると、創造神オフェニアの元に幼い女児を送り出すことを避けるためとかなんとか。建国より遥か昔の物語として、誰もが知ってる昔語りにもこの話はある。

 とはいえ、背の中ほどまである紗を被るのは労働しなくていい貴族の令嬢だけで、そうでない子は目許が隠れる程度のものを髪飾りとしてつける程度。

 それからもうひとつ。結婚前に相手の男性の家に女性は行儀見習いというか、〝同居〟する風習がある。これも昔語りにことの始まりを伝える話があって、結婚前に女性の性格を見極める必要があるからだとか。離婚をよしとしないオフェニア教の教えのためというか、なんというか。

 もっともこの習慣は今では、嫁入り道具を準備する期間のようなものになってる。姉様はいまカルッソ侯爵家の嫡男とこの状態。……姉様、ちゃんと仕度に励んでられるかしら?

 姉様……。

「……話はこの辺りにして、皆さんの感性を見せてもらいたいと思います」

 考えことをしてる間にアルマ様の話は済んでいて、サルビナ様から聞いていた〝最初の試し〟が始まろうとしていた。黙って話を聞いていた皆さんもざわついて、それでもアルマ様の言葉を聞き逃してなるかとばかりに集中してる。

 アルマ様が手を打つと、廊下から見慣れた侍女服のような格好の少女たちが籠を抱えて入ってきた。その中には色とりどりの布。

「アビヤを作っていただきたいと思います」

 一斉にざわめきが起こるがアルマ様は表情ひとつ変えないどころか、眼鏡の奥の瞳を愉快そうに細められた。

「当然、制服にあわせてもおかしくはないものを。材料はわたしが用意したこの布切れを用いてください」

 始めなさい。アルマ様のその声に殆どの人が立ち上がり布を取りに前に向かう。

 私はというと、どの程度のものを作ろうか悩んでしまったから出遅れてしまった。まあ、どんな布でも手に入れば、相応のものは作れるから大丈夫だけど。

 アビヤは切ったり裂いたりした布で作られた花飾りのことで、この国の女性なら誰でも作ることが出来るだろうもの。日常の服にちょっと飾る程度のものが主流だったのだけど、私がエーネ・ルーテを立て直すために「私」の持つ造花を作る技術を応用して――余所行きのアビヤも珍しくなくなった。

 細い針金は高価で多用出来なかったから、糊を使って固めたり工夫したのよね。

「ミルミラ、貴女なにぼさっとしてますの。

 早く行かなくては布がなくなってしまいましてよ!」

 その瞳の色と同じ鮮やかな緑の布と髪の色に似た色合いの橙色の布をいち早く得てきたカチュネが、物思いに耽っていた私にきつい調子で言う。

 その言葉の端々から私を思いやるものを感じて、つい、笑みが浮ぶ。

「ありがとう、カチュネ。これから行ってもらってくるわ」

「礼など後でいいから早く行きなさい!」

 礼を言われなれていないのか、朱に染まった顔を隠すように私に背を向けて席に戻っていく。

 ほんと、カチュネはとても可愛らしい。


 私が前についた時には他の方たちは引き上げたあとで、籠の中には地味な色合いの布が数枚残されているばかり。その布の中から適当なものを見繕って席に戻ろうとした私を、アルマ様は引き止めた。

「ミルミラ、積極的過ぎるのも淑女としては減点ですが、消極的過ぎるのも淑女としては減点です。積極的過ぎればはしたないとされ、消極的過ぎれば自己がないとされます。

 真意がどこにあるかなど、懇意にしていない第三者には判断つかないのです。次からは程々に行動なさい」

「わかりました、アルマ様。

 でも、今回はこのくらい譲歩してさしあげないと他の方に申し訳ないですから」

 昨日のアルマ様の驚愕具合を思い浮かべ、それから小さく首を傾げてみせる。

 縫製室の使用に関する話をした後、アルマ様と雑談のような――そんな話をする時間がとれたのよ。その時にスルジア様にどのようなものを作るつもりなのかという話になって、その場で簡単な下絵を書いて見せたのよね。

 抱きついた時に確認したスルジア様の寸法で人型を描いて、そこに作る予定の服の絵を書き込んだ。ついでとばかりに髪型も追加で書き込む。

 それを見た時のアルマ様の顔。

 本気で私がスルジア様の服を作ることが出来るなんて、思ってもみなかったって顔をされていたわ。

「……満足な布が手に入らなかったから、というのは温情の対象にはなりませんからね」

「わかっていますわ」

 腹の内を探るようなそんな意味深な視線を向けたアルマ様に微笑みを返し、淑女らしい礼をとって踵を返す。

 どうもアルマ様、私のこと疑ってるみたいなのよね。

 白百合の園と呼ばれるこの貴族舎に来る貴族の子女にしては異質な、自分で意匠を考えたり縫製してしまうことがその原因なのはわかってるけど、

「野望のためには譲れないもの」

 そう、譲れないわ。

 巨乳様は私を「私」の望む世界に転生させてくれたんだもの。心行くまでたっくさんの乳を堪能出来るように、私も努力しなきゃよね。


「ミルミラ、満足の行く布は手に入りまして?」

 決意を新たに席に戻った私を出迎えたのは、危なっかしい手つきで布を裁つカチュネ。それからどうしてよいものかと布を眺めるウェニ、まったく手につけてないシェシィと三者三様の姿。

「ええ、十分な布は手に入ったわ」

「ならよかったわ。ひとり遅れて行ったから心配していたのよ、布を手に入れられなかったのではないかと」

 欲を言えばもっと違う色合いや材質の布が欲しかったけれど、それを言うつもりはないし悟られるつもりはない。そもそも欲しい布があったかも怪しいところだし。

 私が取ってきたのは髪よりも少し明るい色合いの茶色の布と、瞳よりもくすんだ青灰色の布。茶色のそれは裏地に使うかのように薄くて頼りないもので、対して青灰色のそれは外套に使うかのように重いもの。

 はっきり言って、まともなアビヤが作れるかどうかも怪しい布地。使い勝手の良い布は先に行った方から取ったのだろうから、仕方のないことなのでしょうけれど。

「それで貴女はどのようなアビヤを作るつもりですの。

 失礼だとは思うけれど、その布では満足のいくものなど作れないのではなくて?」

 私には裁縫の経験があって、きっとアビヤなら簡単に作ってしまうだろう。そう思ってに違いないカチュネが、私の手元にある布を見ながら言う。

 カチュネの手元にはいびつに切り分けられた布が散らばっていて、私に助言を求めたのではないかって気もするけど、私を心配してのこととわかるから笑顔を返す。

「心配ありがとう。でも大丈夫よ、制服に合わせて使うのに丁度良いアビヤが出来るから。

 それよりカチュネ、貴女はどのようなものを作るつもりなの?」

「見てわかるでしょう?

 切り分けた布でテデのようなアビヤを作るのですわ」

 テデは細い花弁が幾つもある秋に咲く花で、その花の大きさや数を競う大会が開かれるほど好事家層も厚い。そのため、テデのアビヤも人気が高いのよね。だから私もテデのアビヤは何度も作ったことがあるわ。伯爵家の令嬢のたしなみとしても、エーネ・ルーテの商品としても。

 だからわかるの、アビヤでテデを作る時に一番気をつけなければらないのは均等な太さで布を裁つことだって。

「カチュネ、普通のテデのアビヤでは少し面白味に欠けるのではないかしら。

 私に良い案があるの、話だけでも聞いてくれないかしら」

 太さもまちまちで、裁ち口も綺麗とは到底言えないその布でテデを作ったなら……確実に、アルマ様が嘆かれるのが容易に想像がつくわね。

「……まぁ、聞いてあげてもよろしくてよ」

 それが自分でもわかってるのか、それでも認めたくないらしいカチュネはあくまでも高圧的に言う。本当に、カチュネは可愛らしい。

「こういうのはどうかしら?」

 その可愛らしい矜持を傷つけないように、あくまでも私からの提案という形で伝える。カチュネが苦労しながら切ったのがわかる、その不揃いな布を使って出来るものを。





「出来たわ!」

 完成したアビヤを手に喜ぶカチュネに、私もほっと胸をなでおろした。

 私がカチュネに提案したアビヤは、切り裂いた布を編んだものをたくさんつくりそれでテデの花を模したものをつくるというもの。カチュネが作ろうとした普通のテデのアビヤとはそう大きく離れてもいないし、不揃いな布がかえって味を出すだろうと踏んでのことだったんだけど……、

「おめでとう、カチュネ」

 まさか、編むだけでここまで苦労するとは思ってもみなかったわ。ここまで不器用な人がいるとは思ってもみなかったのよね。

「ありがとう、ミルミラ。

 侍女の中にはあたくしにはまともなアビヤは作れないという者もいたのよ! これを見せたら驚くに違いないわ!」

「それはよかったわ」

 侍女にまで不器用だって言われるほど不器用なのね、カチュネってば。らしいっていえばらしいけど。

 そんなカチュネとは対照的に、シェシィとウェニは危なげなくアビヤを完成させていた。可もなく不可もなく。そんな表現が似合うだろうそれは色合いとか布使いだとかを十分に考慮されていて、ふたりに似合うもの。さすがは貴族舎に入るような家の娘、ってとこかしら。

「ミルミラ、カチュネにかかりきりで自分のアビヤが出来ていないみたいだけれど。大丈夫なの?」

 シェシィと目があったかと思うと、どこか不安そうに私の手元を見ながら問うてきた。

 私の手元には、切っただけで手付かずと言っていい布があるだけ。部屋を見回せばほとんどのひとが完成か完成間際で、私と同じ進捗状況のひとはいない。

 不安になるなっていうほうが無理よねぇ。

「ええ、大丈夫。心配ありがとう、シェシィ」

 カチュネにかまけてばかりじゃなくて、私の理想の巨乳に育つシェシィにも気を配らなきゃいけないことを忘れていたわ。私としたことが!

 既に十分育ったシェシィの乳に抱きついてお礼を言いたいのをぐっと我慢して、アビヤを仕上げてしまおうと、カチュネの手伝いの合間に切った布に手を伸ばす。

 小さく切った薄い茶色の生地でまず芯をつくり、そこに帯状に切った厚手の青灰色の布を花弁となるように所々薄い茶色の生地を噛ませながら折りながら止めていく。仕上げに薄い茶色の生地で葉を模した風に折って止めれば――はい、完成。

「どう、似合うかしら?」

 ウィステラと呼ばれる秋の終りに咲く花を模したそれを胸にあてて感想を求めると、シェシィは自分のことのように嬉しそうに笑って、上手似合ってると褒めてくれる。

 だけどウェニは信じられないといった目で私を見てるし、カチュネに至っては何が起こったのかわからないといった表情をしてる。ちょっと手際がよすぎたかしら。

「似合わないかしら、カチュネ?」

 不安そうに見える表情を作り、下から見上げるようにカチュネを見つめてみる。さりげなく手で触れたら完璧なんだけど、今は出来ないから見上げるだけ。それでも十分に効いたみたいで、カチュネは頬を染めて目を泳がせた。

「似合ってましてよ!

 あまりに貴女が簡単に作るから驚いただけで、似合ってないなんて思ってなくてよ!」

 それからちょっと上擦った声で続けた。

 どうしましょう、胸がきゅんってときめいたわ。可愛い女の子も、巨乳も微乳も貧乳も好きだけど、カチュネに対するこれは母性本能に近い気がするわ。駄目な子ほど可愛いというか。

「ありがとう」

 とどめとばかりに、アビヤを置くとカチュネの手をそっと握って微笑みかえした。更に顔を真っ赤にしたカチュネに、内心勝利の雄たけびをあげたのは……絶対に内緒。

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