【33】毒見の儀式
宮廷料理人として正式に登録されるには、「毒見の儀式」を通過しなければならない。
これは、料理人としての技量と、毒物に関する知識を試す試験だ。
百種類の食材の中から毒を含むものを見分け、安全な料理を作る。制限時間は二時間。
宮廷料理長グスタフが、ニヤリと笑いながら言った。
「この試験に落ちれば、宮廷の厨房には入れない。エレナ殿下の招きであろうと、規則は規則だ」
要するに、ここでわたしを落として追い返すつもりだ。
百種類の食材が、長いテーブルの上に並べられている。
その中に、毒物が混入されたものがいくつかある。それを見分け、安全なものだけで料理を作る。
一般的な宮廷料理人は、魔法の鑑定術を使って毒物を判別する。
だが——わたしには魔力がない。
グスタフはそれを知っている。だからこの試験を仕掛けた。
魔力なしで毒物を判別できるはずがない、と踏んでいるのだろう。
甘い。
「始めてください」
試験官の合図で、わたしはテーブルに向かった。
百種類の食材を、一つずつ手に取る。
前世のわたしは食品科学者だった。
食品の安全性を評価することは、仕事の一部だった。
毒物学の基礎知識もある。アルカロイド系、シアン化合物系、重金属系——毒の種類と、それが食材に与える影響を知っている。
鑑定魔法なんて必要ない。
五感で、分かる。
まず、色。毒物に汚染された食材は、微妙に変色していることが多い。
次に、匂い。アルカロイド系の毒は、独特の苦い匂いがする。
触感。毒に侵された植物は、表面の質感が変わる。
そして——わたしだけの感覚。
食材に触れた瞬間、「声」が聞こえる。
安全な食材は、温かい。手に馴染む。
毒を含む食材は——冷たい。拒絶感がある。まるで「食べるな」と警告しているように。
これがエッセンスの感覚なのかどうかは分からない。
でも、今までこの感覚が間違ったことはない。
わたしは次々と食材を仕分けていった。
トマト——安全。
ルーテ(人参)——安全。
ベリーの実——毒。表面に微かな紫斑がある。おそらくアルカロイド系の毒を塗布されている。
小麦粉——安全。
塩——汚染。匂いが微妙に違う。重金属が混入されている。
牛肉——安全。
魚——毒。鮮度は問題ないが、鰭の付け根に不自然な変色がある。注射痕? 毒を注入された可能性が高い。
一つ、また一つ。
百種類の食材を、四十分で全て仕分け終えた。
グスタフの表情が強張っているのが見えた。
想定より早い。
そして——仕分けの正確さに、衝撃を受けているはずだ。
* * *
残り八十分で、安全な食材のみを使って料理を作る。
わたしが作ったのは、三品。
一品目:根菜の澄んだポタージュ。
安全と判定した野菜だけを使い、シンプルながら深い味わいのスープ。
二品目:香草で包んだ蒸し鶏。
鶏肉を薬草の葉で包み、蒸し上げることで、肉汁を閉じ込めつつ香草の風味を移す。
三品目:焼きたてのパン。
いつもの、一晩発酵させた——わけにはいかないので、短時間でもふっくら焼けるよう、生地に少量のビール酵母と蜂蜜を加えた。
エッセンスは——使わなかった。
ネルとの約束だ。宮廷では自制する。
それでも、わたしの料理は美味しい。
前世の知識と、この二ヶ月で磨いた技術がある。エッセンスがなくても、十分に戦える。
試験官たちが、順番に料理を口にする。
一人目が目を見開いた。
二人目が匙を止められなくなった。
三人目が、無言でおかわりを要求した。
グスタフだけが、無表情を保っていた。
でも、さっきから三品目のパンを千切っては口に運んでいるのを、わたしは見逃さなかった。
「……毒物の判別、全問正解」
試験官が結果を読み上げた。
「百種類中、毒物混入の食材は十七種。リーゼ・ヴァイスフェルトは、十七種全てを正しく判別。なお、魔法鑑定を使用した形跡はなし」
会場がざわめいた。
「魔法なしで? 全問正解?」
「ありえない……我々でも見落とすものがあるのに」
「あの子、本当に十二歳か?」
グスタフが立ち上がった。
「……認めよう。毒見の儀式は合格だ」
その声は、平坦だった。感情を押し殺している。
「ただし——覚えておけ、小娘。宮廷の厨房は、俺の領域だ。お前がどれほど腕を持っていようと、俺の許可なく勝手な料理は許さん」
「はい」
表面上は従順に頷いた。
でも内心では——料理に許可なんて必要ない、と思っている。
美味しいものを作ることに、誰の許可もいらない。
そう信じているのは、わたしだけではないはずだ。
* * *
試験会場の外で、カイゼル殿下が壁に背を預けて待っていた。
「受かったか」
「はい」
「当然だ」
殿下はそれだけ言って、歩き出した。
わたしは殿下の背中を追いかけながら、小さく笑った。
「当然だ」。
殿下は、わたしが受かることを疑っていなかった。
わたし自身よりも、わたしを信じてくれている。
それが、どれだけ心強いことか。
「殿下」
「何だ」
「今日の夕食、特別なものを作ります。合格記念です」
「……勝手にしろ」
背を向けたまま歩く殿下の耳が、わずかに赤い気がした。
気のせいかもしれない。
でも——気のせいじゃないといいな、と思った。




