表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロで聖女試験に落ちましたが、私の作るごはんは魔法より効くみたいです ~味のわからない皇子殿下の専属料理人になりました~  作者: 河合ゆうじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/42

【25】試食会

 学院祭一週間前。


 わたしは放課後の厨房で、本番用メニューの最終調整をしていた。


 ミートパイ、クリームスープ、パン、クッキー。

 全てのレシピを三回ずつ試作して、分量を確定させた。


 今日はクラスメイトを集めての試食会——要するに、最終味見だ。


「じゃあ、みんな来て!」


 ミーナの呼びかけで、クラスメイト十二人が厨房に集まった。テーブルの上には、わたしが朝から仕込んだ四品が並んでいる。


 正直、緊張する。

 マルクスさんやカイゼル殿下には食べてもらっているけれど、同い年の子たちに食べてもらうのは初めてだ。


「はい、どうぞ。まずミートパイから」


 焼きたてのミートパイを切り分けて、一人一切れずつ配った。


 パイ生地はバターを三十二層に折り込んである。中の具材は、牛挽肉をゼーベルとニンジンと一緒に炒めて、赤ワインとハーブで煮込んだもの。メイラード反応を丁寧に起こして、肉の旨味を最大限に引き出している。


 みんなが一斉にかぶりついた。


 沈黙。


 三秒間の、完全な沈黙。


 そして——


「うっっっま!!!!」


 トーマスが椅子から立ち上がった。


「何これ!? 肉が、肉なのに甘い!? でも砂糖じゃない! 何この味!」


「メイラード反応による——」


「パイ生地がサクサクのふわふわ! なのに中はジューシー! 矛盾してるのに成立してる!!」


 聞いてない。


「次、クリームスープです——」


「待って、もう一切れ食べたい」


「試食だから一切れね。はい、スープ」


 クリームスープを配る。ジャガイモとゼーベルをベースに、生クリームとバターで仕上げた濃厚なポタージュだ。隠し味に、ほんの少しのナツメグ。


 ハンスが一口飲んだ瞬間、目を見開いた。


「……母ちゃん……?」


「え?」


「母ちゃんが作ってくれたスープと……同じ味がする……」


 ハンスの目に涙が浮かんでいた。


「えっ、ハンスくん泣いてる?」


「泣いてない! 目から汁が出てるだけだ!」


 それを泣くと言うのだ。


 ……まずい。エッセンスを抑えたつもりだったのに。


 わたしはスープを作っている時、「みんなに喜んでもらいたい」と思っていた。その気持ちが、ほんの少しだけ滲んだのかもしれない。

 ハンスは故郷の母親を恋しく思っていたのだろう。スープの温かさが、その記憶を刺激してしまった。


 記憶のスープほど強くはない。でも、微かにエッセンスが混じっている。


 気をつけないと。


「はい、次! パンです!」


 気を取り直して、焼きたてのパンを配った。


 シンプルな丸パン。外はカリッと、中はもちもち。小麦の香りが立つように、発酵時間と焼成温度を精密に調整している。


 マリアがパンを割った瞬間、湯気がふわっと立ち上った。


「……素敵。このパン、生きてるみたい」


「イースト菌が活発だから、焼きたてだとまだ微かに発酵の香りが——」


「リーゼちゃん! わたし、このパンと結婚したい!」


「パンとは結婚できないよ、マリアちゃん」


「じゃあリーゼちゃんと結婚する! 毎日このパン焼いて!」


「それもだめだよ!?」


 クラス中が爆笑した。



 * * *



 最後に、クッキー。


 バタークッキーに、シナモンとバニラで香りをつけたもの。型は学院の紋章型——星と月のデザインだ。


「わぁ、可愛い!」


「これ、売り物みたい!」


 みんなが手に取って、ぱくり。


 今度は——全員が黙った。


 黙って、二枚目に手を伸ばした。


「……あのさ、リーゼ」


 普段あまり喋らないエーリヒが、静かに言った。


「これ、食べると……なんか、元気出る。試験前に食べたい」


「わかる」とミーナが頷いた。「なんか、大丈夫って思える味。不思議」


 ——やっぱり、出てしまっている。


 わたしがクッキーを焼いている時、「みんなが元気になりますように」と思った。その気持ちが、微かに、ほんの微かにエッセンスとして宿ったのだ。


 科学的に説明するなら、バターの風味成分であるジアセチルと、シナモンのケイ皮アルデヒドと、バニラのバニリンの組み合わせが、脳内のセロトニン分泌を促進している——という解釈もできる。


 でも、それだけではない何かが、確かにある。


 わたしの「気持ち」が、味に乗っている。


 嬉しい。でも、怖い。


 大勢に食べさせる学院祭で、エッセンスが強く出たら——気づく人がいるかもしれない。



 * * *



 試食会が終わった後、わたしは厨房で一人考え込んでいた。


 ネルが棚の上から降りてきた。


「どうだった」


「みんな喜んでくれた。でも——エッセンスが出てた。抑えたつもりだったのに」


「当然だ。お前は楽しんでいただろう」


「……うん」


「楽しい気持ち、嬉しい気持ち、喜んでほしいという気持ち。全部がエッセンスの源だ。感情を殺せば抑えられるが、そうすると料理の味も落ちる」


 ジレンマだ。


 美味しく作ろうとすれば、エッセンスが出る。エッセンスを抑えようとすれば、味が落ちる。


「……本番では、感情の強度を調整する。全力で楽しむんじゃなく、穏やかに楽しむ。そうすれば、エッセンスは『美味しいな』程度の微かなもので済むはず」


「できるのか、そんな器用なことが」


「やるしかないでしょ」


 ネルは尻尾をゆらゆら揺らした。


「まぁ、少しくらい出ても問題ない。『なんか美味しかった』で済む程度なら、誰も魔法だとは思わん。問題は——」


「問題は?」


「勘の鋭い奴だ。エッセンスを知っている者、あるいは魔力に敏感な者。そういう奴の前では、どんなに微かなエッセンスでもバレる可能性がある」


 勘の鋭い者。


 カイゼル殿下は——もう知っている。ソフィアさまも。

 問題は、それ以外の「目」だ。


 学院祭には、帝都中から貴族が来る。宮廷魔術師が同行しているかもしれない。


「気をつける。本番では、本当に気をつける」


 自分に言い聞かせるように、わたしは呟いた。



 * * *



  ※


 同時刻。皇族専用棟。


 フィン・レーヴェンタールは、主人の部屋の前で固まっていた。


「殿下、もう一度おっしゃっていただけますか」


「学院祭に行く」


 カイゼル・フォン・アステリアは、窓の外を見ながら端的に言った。


「学院祭。殿下が。自ら。行くと」


「耳が悪いのか」


「いえ、その——殿下は去年も一昨年も、学院祭には一度もお出になりませんでしたので」


 カイゼルは黙った。


 去年の学院祭、フィンは殿下を連れ出そうと二時間粘ったが、「興味ない」の一言で撃沈した。一昨年は粘る前に部屋の鍵を閉められた。


 それが今年は——自分から行くと言っている。


「……どちらの出し物をご覧になるのですか」


「別に。全体を見回るだけだ」


 嘘だ、とフィンは確信した。


 殿下の耳に入っているはずだ。リーゼ・ヴァイスフェルトのクラスが食べ物の模擬店を出すという情報が。


 厨房の人間関係は筒抜けだ。そしてカイゼル殿下は、あの少女の料理だけは食べる。


「かしこまりました。当日の護衛と動線を手配いたします」


「大袈裟にするな。目立つと面倒だ」


「承知しております」


 フィンは一礼して部屋を出た。


 廊下に出た瞬間、小さくガッツポーズをした。


 殿下が、外に出る気になった。

 あの引きこもり皇子が、自分から人混みに行くと言った。


 全部——あの小さな料理人のおかげだ。


「リーゼちゃん、君はすごいよ……」


 フィンは感動を噛み締めながら、護衛の手配に走った。


 学院祭まで、あと一週間。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ