【24】学院祭が来る
その知らせは、昼休みのホームルームでやってきた。
「えー、来月の帝都魔術学院祭について連絡します」
担任のグレーテ先生が、黒板に大きく「学院祭」と書いた。
教室がざわめく。
「各クラスで出し物を一つ決めてください。演劇、展示、実験披露、模擬店——なんでも構いません。ただし、来賓には帝都の貴族方もいらっしゃいますので、恥ずかしくないものをお願いしますね」
来賓に貴族。
……嫌な予感がする。
「はいはーい!」
ミーナが勢いよく手を挙げた。
「うちのクラス、模擬店やろうよ! 食べ物屋さん!」
「食べ物屋?」
「だって、うちにはリーゼがいるもん!」
全員の視線がわたしに集中した。
やっぱり。そうなると思った。
「え、いや、わたしは厨房のお手伝いをしているだけで——」
「何言ってんの! リーゼが作った朝食のパン、先週食べたけど、あれ人生変わったから!」
大げさだ。ただのパンだ。発酵時間を適正にしただけだ。
「賛成!」「俺も賛成!」「リーゼちゃんの料理なら絶対売れる!」
教室中から賛同の声が上がる。
いつの間に、わたしの料理ってそんなに知れ渡っていたのか。
「じゃあ、模擬店で決まりですね。リーゼさん、中心になって頑張ってくださいね」
グレーテ先生、あっさりだな!?
「あの、先生、わたし魔法の実技が赤点ギリギリなんですけど——」
「料理で挽回しましょう」
にっこり。
反論の余地がなかった。
* * *
放課後。メニュー会議が始まった。
教室に残ったクラスメイト十五人が、机をくっつけて円陣を組んでいる。
「じゃあ、メニュー案を出しましょう!」
ミーナが司会を買って出た。こういう時の彼女の行動力は、正直助かる。
「はい、トーマスくん!」
「えっと……竜肉のロースト」
「素材どこから調達するの」
「え、竜って学院の裏山にいるだろ」
「いないよ。いたら大問題だよ」
次。
「マリアちゃん」
「七色に光る魔法のゼリーはどうかしら? 光属性の魔法で——」
「この クラス、光属性の使い手いないでしょ」
「あ、そっか」
次。
「ハンスくん」
「巨大ケーキ。高さ二メートルの」
「誰が作るの」
「リーゼ?」
「わたし十二歳で身長一五〇センチないんだけど!?」
「脚立使えば——」
「却下」
……だめだ。全員のメニュー案が壊滅的だ。
わたしは頭を抱えた。
「みんな、ちょっといい?」
手を挙げると、全員がぴたりと黙った。
「模擬店で大切なのは、三つ。一、大量に作れること。二、提供が速いこと。三、冷めても美味しいこと。二メートルのケーキとか竜肉は、どれにも当てはまらないの」
「さすがリーゼ、プロっぽい!」
プロではない。厨房の下働きだ。
「わたしの案を言うね。メインはミートパイ。事前に仕込んで当日焼くだけだから回転が速い。サブにクリームスープ。大鍋で一気に作れる。パンは前日に生地を仕込んで当日朝に焼く。それと——デザートにクッキー。これは数日前から焼き溜めできる」
全員がおおーっと感心した。
「地味じゃない?」とトーマスが首を傾げた。
「地味でいいの。奇抜なものより、美味しいものを確実に出す方が大事。お祭りで食べて『美味しかった』って思ってもらえるのが一番でしょ」
前世で学会のケータリングを企画した経験が、まさかこんな場面で役に立つとは。
食品科学者の過去も捨てたものではない。
* * *
メニューが決まり、役割分担に入った時だった。
「あの、わたしも手伝ってよろしいかしら」
教室の入り口に、ソフィア・クラインヘルツが立っていた。
侯爵令嬢の登場に、教室が静まり返る。
ソフィアさまは隣のクラスだ。本来なら、こちらの出し物に関わる理由がない。
「えっと、ソフィアさまは隣のクラスでは——」
「隣のクラスは魔法実演をやるの。わたしは裏方で十分だから、こちらの運営や装飾を手伝えないかと思って」
にこりと微笑む。完璧な令嬢スマイルだ。
でもわたしには分かる。あの目は「リーゼの料理の近くにいたい」と言っている。
食いしん坊令嬢め。
「もちろん大歓迎です!」とミーナが飛びついた。「ソフィアさまが手伝ってくれるなら百人力!」
「ありがとう。装飾と会計を引き受けるわ。あと——」
ソフィアさまはちらりとわたしを見た。
「仕込みの手伝いも。夜遅くまでかかるでしょう? 一人じゃ大変よ」
「……ありがとうございます、ソフィアさま」
心強い。本当に心強い。
ソフィアさまは席に着くと、さっそく装飾プランのスケッチを始めた。テーブルクロスの色、看板のデザイン、花の配置——侯爵令嬢のセンスは伊達ではなかった。
わたしは料理に集中できる。
* * *
その夜、厨房でマルクスさんに相談した。
「学院祭の模擬店で、厨房をお借りしてもいいですか」
マルクスさんは腕を組んで、しばらく考え込んだ。
「……学院祭か。何を作る」
「ミートパイ、クリームスープ、パン、クッキーです」
「ふむ。基本に忠実だな」
「はい。奇をてらうより、ちゃんと美味しいものを」
マルクスさんの口角が微かに上がった。ほんの一瞬だけ。
「厨房は使っていい。ただし、通常の業務が終わった後だ。仕込みは深夜になるぞ」
「はい! 頑張ります!」
「……来賓には、目の肥えた貴族が多い。宮廷の料理人が同行することもある。恥ずかしいものは出すなよ」
それは——プレッシャーだ。
でも、マルクスさんが厨房を貸してくれるということは、わたしの腕を信用してくれているということだ。
嬉しくて、思わず深くお辞儀をした。
「ありがとうございます! 絶対に恥ずかしくないものを作ります!」
「……ふん」
マルクスさんは背を向けた。でも、耳が少し赤い。
この人、照れ隠しが下手だ。
* * *
寮の部屋に戻ると、ネルが窓辺で丸くなっていた。
「学院祭に出るそうだな」
「うん。みんなに推されちゃって」
「大勢に食わせるのか」
「うん。多分、百人以上には」
ネルが片目を開けた。翡翠色の瞳が、暗闇の中で光る。
「エッセンスの制御は大丈夫なのか。お前の料理には、意図しなくてもエッセンスが滲む。大勢が食べれば、気づく者が出るかもしれん」
……それは、考えていた。
記憶のスープを作った時、わたしの感情が強いほどエッセンスが強く出ることが分かった。
つまり逆に言えば、感情を抑えて淡々と作れば、エッセンスは抑えられるはずだ。
「気をつける。学院祭の料理では、エッセンスは出さないようにする」
「できるのか?」
「……やってみる」
ネルは長い尻尾でわたしの手を軽く叩いた。
「無理はするな。だが——楽しめ。料理は楽しんでこそだ。エルヴィンもそう言っていた」
楽しむ。
そうだ。学院祭だ。お祭りだ。
前世では研究室に籠もってばかりで、学園祭なんてまともに参加した記憶がない。
今度こそ——楽しもう。
みんなで作って、みんなで食べて、みんなで笑う。
それが、きっと一番美味しい調味料だ。
わたしはベッドに潜り込みながら、明日からの仕込み計画を頭の中で組み立て始めた。
ミートパイの生地は三日前から仕込む。バターは冷たいうちに練り込む。クッキーの型は——そうだ、学院の紋章の形にしたら可愛いかもしれない。
考えれば考えるほど、楽しくなってくる。
胸が躍る、というのはこういうことだろうか。
「……早く寝ろ。顔がにやけてるぞ」
ネルの呆れた声が聞こえたけれど、わたしは構わず布団の中で計画を練り続けた。
学院祭まで、あと二週間。




