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魔力ゼロで聖女試験に落ちましたが、私の作るごはんは魔法より効くみたいです ~味のわからない皇子殿下の専属料理人になりました~  作者: 河合ゆうじ


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【1】わたし、聖女失格になりました

 この帝国には、四年に一度、聖女が選ばれる。


 光の魔力に満ちた乙女。病を癒やし、大地を祝福し、帝国に繁栄をもたらす神聖なる存在。

 聖女候補に選ばれることは、平民の少女にとって最高の栄誉であり――


 今日、わたしは、その候補から落ちた。


 理由:魔力、測定不能。

 ゼロですらない。測定不能。

 検査官は三回測り直した後、気の毒そうな顔で言った。


「機器の故障かと思いました」


 ……それ、わたしに言います?


 名前はリーゼ・ヴァイスフェルト。十二歳。

 前世は日本の食品会社で『究極のだし』を研究していた二十八歳の地味な研究員。

 今世は辺境伯家の末娘で、生まれつき身体が弱くて、唯一の取り柄は――料理が、ちょっとだけ上手いこと。


 ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ。

 ……嘘です。めちゃくちゃ上手いです。


 でも、この世界では料理なんて、魔法の前ではゴミみたいな扱いなので、誰にも自慢できない。

 だから、わたしは今日も静かに、厨房の隅っこで鍋を振るつもりだった。


 ――のつもりだったんですけど。


 まぁ、それは後の話。

 まずは、今のこの絶望的な状況を説明させてほしい。



 * * *



 アステリア帝国の首都イリスフェルトにある聖女選定の間。

 白い大理石の広間に、聖女候補として各地から集められた十二歳の少女たちが並んでいる。

 その数、ざっと三十人。


 わたしはその列の一番端っこで、できるだけ小さくなっていた。


 正直に言おう。わたしはこの場に来たくなかった。


 辺境伯家の末娘とはいえ、ヴァイスフェルト家は名ばかりの没落貴族だ。領地の収入は雀の涙で、お屋敷は壁にヒビが入っているし、使用人は料理番のおばちゃんと、庭番を兼ねた馬番のおじいちゃんの二人だけ。

 貴族と呼ぶにはあまりにも質素な暮らし。

 でも、わたしはそれが嫌じゃなかった。


 だって、厨房を自由に使えるから。


 この世界の料理は、はっきり言って発展途上だ。

 前世で食品科学を学んだわたしからすると、食材の扱い方が雑すぎるし、調味の概念が乏しすぎる。「塩をかける」か「魔法で味を整える」の二択しかない料理文化は、正直、泣きたくなるほど貧相だった。

 でも、だからこそ面白い。

 前世の知識を活かせば、この世界の誰も知らない味を作り出せる。それがわたしの密かな楽しみだった。


 お母さんが生きていた頃は、二人で台所に立つのが日課だった。

 お母さんは貴族の出身ではなく、南方の港町の商家の娘で、料理がとても上手だった。「女は厨房に入るものではない」という貴族の常識なんて鼻で笑って、毎日自分で料理を作る人だった。

 わたしが料理好きなのは、お母さんの影響が半分、前世の記憶が半分。

 四年前にお母さんが病気で亡くなってからは、厨房はわたしの居場所になった。


 ……そんなわたしが、なぜ聖女選定の場にいるのか。


 答えは簡単。お父さんが応募したからだ。


「リーゼ、聖女候補に選ばれれば、帝都の魔術学院に入れるんだぞ! 学費は帝国持ちだ!」


 貧乏貴族にとって、帝都の魔術学院の学費が無料になるのは、それはもう天啓のようなお話だったらしい。

 お父さんは目を輝かせていたけれど、わたしは最初から無理だと分かっていた。


 だって、わたしには魔力がない。


 この世界に転生して十二年。一度たりとも、魔法が使えたことはない。

 それは当然だ。前世のわたしは、二十八年間をビーカーとフラスコと培養シャーレに囲まれて過ごした、ただの理系女だったのだから。


 とはいえ、お父さんの期待に満ちた笑顔を前にして「無理です」と言い切れなかったのは、わたしの弱さだった。

 ごめんね、お父さん。やっぱり無理でした。



 * * *



「リーゼ・ヴァイスフェルト」


 名前を呼ばれて、わたしはビクッと肩を震わせた。

 白い法衣を纏った検査官が、手招きしている。


 わたしの前に並んでいた候補者たちは、既に全員が検査を終えていた。

 その殆どが、晴れやかな顔で結果を受け取っている。合格したのだろう。聖女候補として選ばれた時点で、ある程度の魔力は保証されているのだから、当然だ。


 検査に落ちるのは、おそらくわたしだけだ。


 小さな溜息を飲み込んで、わたしは検査台に向かった。


「では、この水晶球に手を置いてください」


 検査官が示したのは、台の上に鎮座する拳大の水晶球だった。

 魔力測定器。魔力を持つ者が触れると、その魔力量に応じて光を放つ。

 聖女候補に必要な光の魔力を持っていれば、水晶は白く輝く。一般的な魔力なら青や赤に光る。


 わたしは、恐る恐る水晶球に手を置いた。


 ――何も起こらなかった。


 光りもしない。色も変わらない。

 水晶球は、わたしの手のひらの下で、ただの石ころのように沈黙している。


「…………」


 検査官が眉をひそめた。

 もう一度。三度。

 結果は変わらない。


「あの、これ……測定不能、ですね」


 検査官は困惑した顔で記録用紙に何かを書き込み、そしてわたしに向き直って言った。


「機器の故障かと思いました」


 ……それ、わたしの前で言うことですか?


「リーゼ・ヴァイスフェルト。誠に残念ですが、聖女候補としての適性は認められません」


 分かっていたことだ。分かっていた。

 でも、こうして面と向かって言われると、胸の奥がきゅっと締め付けられる。


「ただし――」


 検査官が付け加えた一言に、わたしは顔を上げた。


「ヴァイスフェルト家からの申請書に、辺境伯位の記載がありました。貴族子女であれば、帝都魔術学院への特別編入枠がございます。聖女候補としてではありませんが、一般生徒として学院に入学する資格はあります」


「……えっ?」


「ただし、特別編入は奨学金の対象外です。学費は自己負担となりますが……」


 学費自己負担。

 没落貴族のヴァイスフェルト家に、帝都の魔術学院の学費を払えるわけがない。

 わたしが絶望的な顔をしたのが分かったのだろう、検査官は小さく咳払いをした。


「もう一つ方法があります。学院には『実務奨学制度』がございまして、学院内で働くことで学費を免除する制度です。具体的には、学院の厨房や清掃、庭園管理などの業務に従事していただくことになりますが……」


 厨房。


 今、この人は「厨房」と言ったか?


「……厨房で、働けるんですか?」


「え、ええ。厨房、清掃、庭園管理のいずれかですが」


「厨房で」


「はい?」


「厨房で働きます。厨房がいいです。厨房一択です」


 わたしは検査官の手を握りしめた。

 検査官は目を白黒させている。多分、聖女選定に落ちた直後にこんなに嬉しそうな顔をした候補者は、歴史上初めてだろう。


 帝都の魔術学院。

 それはつまり、帝国中から最高品質の食材が集まる場所で料理ができるということ。

 辺境伯領の限られた食材では作れなかった、あの料理やこの料理が……!


「あの……大丈夫ですか?」


「大丈夫です! 大丈夫を超えて最高です!」


 検査官はちょっと引いていたが、わたしは構わなかった。


 ごめんねお父さん、聖女にはなれませんでした。

 でも、もっと良いものを見つけました。


 帝都の、厨房です。



 * * *



 リーゼ・ヴァイスフェルトが、満面の笑みで聖女選定の間を出ていった後。

 検査官のノルベルトは、首を傾げながら記録用紙に目を落とした。


 測定不能。


 長年検査官を務めてきたが、こんな結果は見たことがなかった。

 魔力がゼロなら、水晶球はゼロを示す微かな灰色の光を放つ。

 だが、あの少女が触れた時、水晶球は完全に沈黙した。


 光らなかったのではない。

 まるで水晶球そのものが、あの少女の存在を「認識できなかった」かのような反応だった。


 ノルベルトは水晶球に手を当てた。

 青い光がぼんやりと灯る。正常に動作している。


「……気のせいか」


 首を振って、ノルベルトは次の候補者を呼んだ。


 あの少女のことは、すぐに忘れた。

 聖女候補から外れた無名の少女など、記憶に留める価値はないと思ったからだ。


 ――それが、とんでもない間違いだったと気づくのは、もう少し先の話である。



 * * *



 帝都を見上げるわたしの横で、猫が一匹、欠伸をしていた。


 灰色の毛並みに翡翠色の目をした、ふてぶてしい面構えの老猫。

 いつの間にか隣にいた。


「……猫?」


 猫はわたしを一瞥すると、興味なさそうに尻尾を振って、ふいっと顔を背けた。


「何だ、ただのガキか」


 ――今、この猫、喋りました?


「え、あの、今……」


 振り返った時には、猫の姿はどこにもなかった。

 後に残されたのは、灰色の猫毛が一本と、鼻先をかすめた焼き魚の匂いだけ。


 ……気のせいだ。きっと、気のせいだ。

 今のわたしには、帝都の厨房のことだけ考えていれば良い。


 わたしは前を向いて、帝都イリスフェルトの大門をくぐった。


 十二歳の春。

 わたしの、めちゃくちゃな人生が、ここから始まる。

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